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  辻褄合わせの共同戦線


ぴたりと据えられた杖から、目が離せない。首筋を汗が伝う。しんと静まり返った廊下で、リドルは油断無くライムを見据えたまま答えを待っている。逃げ場は無く、打開策を探したが見つからない。

「っ……! 」

ごくりと、唾を飲む。握り締めた手が汗ばんだ。下手な誤魔化しは逆効果だろう。少なくとも、リドル相手に騙し通せるとは思えない。

「わかっているとは思うけど、誤魔化して切り抜けようとしても無駄だよ。僕はそう甘くない」

考えを見透かすように釘を刺すと、リドルは一歩踏み出した。詰まる距離。杖先はブレない。目が逸らせない。

「さあ、教えて、ライム」

甘い声が纏わり付く。獲物を追い詰め、嬲る獣の目。優位を確信したリドルは生き生きとしているようにさえ見えた。

「私……」

反射的に一歩下がった拍子に、密かにローブの袖に忍ばせておいた杖を、指先が探り当てた。そっと、柄を握る。
 
「────私は」
 
その時。
覚悟を決めて、口を開いたライムの言葉を遮るように────一つの足音が聞こえた。
 
「────静かに」
 
鋭い声が先を遮る。
ピクリと肩を震わせ背後に目をやるリドルの気魄に押されて、ライムは口を噤んだ。誰か来る? こんなところへ、一体誰が。

耳を澄ますとその足音は真っ直ぐにこちらへ向かっているようだった。
咄嗟に杖をしまったリドルに倣って、ライムも即座に杖から指をはなす。その数秒後に、足音の主は判明した。

「────おやおや、トムにライムじゃあないか。一体こんなところで何をしているのかね? 」
「ダンブルドア、教授」
 
曲がり角から姿を表したのはダンブルドアだった。思いがけない人の登場に驚いて、ライムはつい声を上げた。
 
「もうすぐ授業が始まる時間のはずだが、移動中かね? 」
「いえ、彼女が怪我をしているようでしたので、手当てを」
「なんと! 平気かね、ライム?」
「あっ、はい。大した怪我でもありませんし、大丈夫です」
「それは良かった。……して、この惨状について、誰か説明してくれるかな? 」
 
その一言に、ぴたりと動きが止まった。

────まずい。すっかり忘れていた。

今更確認するまでも無く、床には男子生徒達が倒れたままだし、天井も壁も、言い訳の仕様も無い程に壊れている。どう考えても異常事態だ。
 
どう切り抜けるか、ライムはぐるぐると凄まじい勢いで考える。「わかりません」では無理がある。「事故です」も逆にあやしいし、かと言って「丁度通りかかったところなんです」と答えるのも……何だか微妙だ。どれも白々しい。


そんな危機的状況を救ってくれたのはやはりと言うか、リドルだった。戸惑いがちに辺りを見回した後、控えめに口を開く。
 
「実は、僕も先程通りかかったところなので、良くわからないのですが……そちらに倒れている生徒達が廊下で揉めていたようで。どうやらライムは、運悪く喧嘩に巻き込まれたようです」
 
不自然で無い程度にすらすらと、何処か困ったような表情でそう言うリドルに、ダンブルドアはほう、と声を上げ、確かめるようにライムの顔を見た。
 
「喧嘩に? 本当かね、ライム」
「あっ、はい。……移動中、言い争う声が聞こえたので様子を見に来てみたら、急に呪文が飛んで来て……何とか避けて隠れていたら、相打ちになって倒れてしまったみたいです」
 
戸惑いながらもライムがリドルの話に合わせると、ダンブルドアは暫し考え込んだ後で深く頷いた。
 
「成る程、成る程……それは災難だったね、二人共。後の処理は私がやっておくから、トムは先に戻りなさい」

そう言ってダンブルドアが杖を振るうと、砕けていた柱が元どおりに直った。

「わかりました、ダンブルドア」
「うむ。遅刻せんようにな。ライムはまず、医務室に行った方がいいだろう」
「はい」
「では、スラグホーン教授には僕から説明しておくよ。心配しないで、しっかり手当てしてもらっておいで」
「あ、ありがとう。お願いします」
 
拍子抜けする程あっさりと解放されて、ライムは少々戸惑った。どうやら危機的状況は何とか切り抜けられたようだ。二人の本心は読めないものの、ここに長居する理由も無い。促されるまま、ライムは一人医務室へと向かった。
 
 
****


「薬が、効かない? 」

校医のマダムが告げた言葉を、ライムはゆっくりと反復する。
 
その頬には先程の騒動でついた傷が生々しく残っている。出血こそ止まっているが場所が場所だけに放置しておく事も出来ず、こうして医務室に足を運んだのだが……そこで思いがけない事実が判明した。

「一体、どうしてこんな怪我をしたのですか? 」
「えー、転んで階段の角にぶつけてしまって」
「頬をですか? 」
「頬をです」
「それで、切れてしまったと? 」
「はい」
「……」
「……」
 
さすがに無理があったのだろうか。
気まずい沈黙が流れた。専門家相手に誤魔化せるとも思っていないが、素直に話すわけにもいかない。
暫しの沈黙の後、
マダムは追及しない事に決めたようだった。
 
「……確かに、質の悪い呪いや毒では無いようですね。でも、ただの切り傷ならばすぐに治るはずなのに……貴女、今までにもこんな経験が? 」
「……いいえ。何度か怪我はしましたが、薬で治らなかった事はありません」
 
困惑しながらもそう答えると、マダムは考え込むように眉根を寄せた。ぶつぶつと小声で薬の名前を列挙しながら薬棚を見て回っている。不安な気分になりながら、ライムは大人しく座ったまま見守る。
 
「薬が合わないのかもしれません」
「そんな事もあるんですか? 」
「ええ、まあ、珍しい事ですが。一人一人体質は違いますからね。そう強い薬でもないので、合わないにしろ悪化はしないと思いますが、油断は禁物です」

マダムは戸棚から濃い紫色の小さな瓶を取り出すと、ライムの向かいに座った。

「ひとまず今回は他の薬をつけておきます。治るのに時間はかかりそうですが、それまで定期的に薬とガーゼを取り替えに来る事。治るまであまり触らないように」
「わかりました。あっ、そうだ。シャワー浴びるのは……? 」
「傷口を避けて洗うのであれば構いません」
「ああ、良かった」 
 
ホッとしたライムに、マダムは釘を刺すように「ガーゼを濡らしてはダメですからね」と返した。

手当てを受け、幾つか注意を受けてから、ライムは医務室を後にした。
  
 
****

 
医務室から戻り、魔法薬学の授業を終え────授業には途中から参加したのでスラグホーン教授にはリドルの調合を手伝うようにと言われたのだが、必死に断って一から自分で調合したから色々と大変だった────くたくたになりながら、ライムはスリザリン寮へと戻った。
 
授業が終わった後の談話室には人が溢れていた。夕食まではまだ少し時間がある。ライムはひとまず休もうと寮に帰って来たのだが……周囲の視線がいつもより多い気がして、正直落ち着かない。どうやら顔に貼られたガーゼは随分と悪目立ちしているようだ。

とりあえず、根掘り葉掘り聞かれる前に自室に逃げよう。そう考えて踵を返した瞬間、タイミング悪く通りかかった人とぶつかった。
  
「わっ!? 」
「っ、すみません、大丈夫ですか? 」

ライムは転びそうになったが踏ん張り、何とか踏みとどまった。体勢を整えると、ぶつかった相手に自分も謝罪しようと顔を上げた。 
 
「いえ、こちらこそすみません……って、あれ、オリオン? 」
「……貴女でしたか」
 
僅かに緊張を解いた様子で、オリオンはそう返した。 
 
「顔、どうされたんですか」
  
抑揚の無い声でオリオンは尋ねる。その視線はやはりと言うかライムの頬に向けられていて、思わず苦笑した。

「……ああ、ちょっと階段でぶつけちゃってね。やっぱり目立つかな? 」
「まあ、女性の顔ですし。医務室には行ったんですか? 」
「さっきね。治るのにちょっと時間がかかるみたい」
「そうですか。お大事に」
 
相変わらず淡白な反応だ。けれど初めは取っ付き難く思えたそれが、今は返って好ましく思える。
 
「オリオンはさっき何の授業だったの? 」
「魔法史です」
「へえー。…………魔法史の授業って、やっぱりオリオンでも眠くなったりするの? 」
「……まあ、多少は」
「ああ、そうなんだ。ちょっと意外だな。でも確かにあの声のトーンは眠気を誘うよね」
「ええ、まあ。……内容は興味深いんですが」 
 
何となく立ち去り難くてライムが他愛ない話題を振ると、オリオンは困惑しながらも答える。

オリオンは淡白だが、冷たくはない。話しかければ律儀に答えるし、最近は多少の雑談くらいならば応じてくれるようになった。……だがこれはライムに心を許してくれたからではなく、リドルがライムの世話係だからという理由だろう。寮が同じという事も勿論関係はしているのだろうが、オリオンがそう簡単に他人に気を許すとは思えなかった。現に時折、オリオンはあの目をしている。初めて会話した時と同じ、あの冷え切った目を。
 
「そっか」

でも、それには気が付かないふりをする。時間がかかる事もある。今はまだ急がなくていい。
そう考えて笑ったライムの顔を見ていたオリオンがふと、何かに気付いたように動きを止め、談話室の入り口の方へ目を向けた。

「オリオン? 」
 
どうしたの、と続ける前に理由は判明した。突然談話室の入り口が開いたかと思うと、次の瞬間聞き慣れた声がライムの耳に飛び込んできた。
 
「────ライム」
 
入って来たのはリドルだった。入り口付近にいた生徒との挨拶もそこそこに、リドルはライムの姿を見つけると名前を呼んで近付いて来た。一瞬で周囲の注目が集まるのを感じて、ライムは内心げんなりしていた。

「えーと、何かな? リドル」
「ちょっと話があるんだけど、いいかい? 」
「……ええ」
 
断りたいが、断れない。いずれ話しに来るとは思っていたが予想より大分早い。どうせこのまま逃げ続けるわけにもいかないのだからと諦めて、ライムは承諾した。 
 
「じゃあまたね、オリオン」
 
そう言ってライムが手を降ると、オリオンはびっくりしたように目を見張った後で、小さく手を上げて返してくれた。……ちょっとかわいいかもしれない。
 
 
****
 
 
「怪我の具合はどうだい? 」

人気の無い空き教室に入ると、リドルは開口一番そう切り出した。 
 
「手当てしてもらったから平気よ」
「なら良かった。跡が残ると大変だからね。治るまでに時間がかかりそうなのかい? 」
「まあね。でもそんな大した怪我じゃあないわ。お気遣いありがとう」

そっとガーゼに触れると、指先にざらっとした感触が伝わる。僅かに走ったか細い電流のような痛みを飲み込んで、ライムはリドルを見上げた。相変わらず、本心の読めない顔をしている。 
 
「そんな話をしに、わざわざ呼び出したわけじゃ無いでしょう? 」
 
必ず来ると思っていた。リドルが話を中途半端なままにしておくとは思えない。
その一言で、纏う空気ががらりと変わる。リドルの目が蛇のように細まり、ライムを値踏みするように見下ろした。 
 
「話が早くて助かるよ」
 
そう言って笑うと、リドルは声のトーンを僅かに落とした。 
 
「────提案があるんだ」
「提案? 」
「そう。色々と考えたんだけどね。……君、僕の話し相手にならないかい? 」
 「え? 」
 
デジャヴだ。あの時と同じ申し出。だけど随分話をすっ飛ばして来たものだとライムは少し意外に思った。 
 
「急に、何? 話ならいつもしていると思うけど」
「本音を隠した、当たり障りの無い話をね。人前じゃあ、君はこんな風に本音で話してくれないだろう? 」
「それは貴方だって、同じじゃない」
 
今だって、口にする言葉は本音とは程遠い。それをわかっていて、どちらもれ以上には踏み込まない。踏み込めば此方も踏み込まれると知っているから。
手の内を全て明かす愚行を犯すつもりは無いし、リドルもそれは良くわかっているだろう。 
 
「それを理解している君だから、僕は興味を持ったんだよ。少なくとも君となら有意義な話が出来ると期待して」
「随分と買ってくれているのね。そこまで言われるような大した話をした覚えは無いんだけど」
「一ヶ月。君と知り合ってからの時間は確かに短い。けれどそれだけあれば、判断するには充分さ」 
 
相変わらず、自信家だ。自分の判断を少しも疑っていない。断わられるとも思っていないだろう。 
 
「勿論、ただ話し相手になれとは言わないよ。勉強の相談ならいつでも乗るし、僕にできる限りの協力はしよう。君にとってもそう悪い話では無い筈だよ」
 
リドルはあくまで友好的な態度は崩さない。ライムはじっとリドルを見つめると、疑問をそのまま口にした。

「どうして私が、その話に乗ると思うの? 貴方の事を良く思っていないとは考えないの? 」
「君がもし、本当に僕を嫌って避けようと考えていたならば、ここには来なかっただろう。そもそもあの時、有りのままの真実をダンブルドアに話せば良かったはずだ。君はただ一方的に攻撃されただけなのだし、それを話しても君に不利益は無い。ダンブルドアならば、君の話を信じる可能性も高かった。────なのに君は、話さなかった」
「……それだけで? 」
「十分な理由だと思うけれど? それに君はもう、一度とはいえ僕の話に合わせた。ダンブルドアに、嘘を吐いたんだ。……言わば共犯だろう? 」

リドルは言葉で相手を揺さぶる。罪悪感を突いて引き込もうとする。そうして相手の優位に立つ。立ったと、そう思っている。
 
「────わかった。私で良ければ」 
 
ならば今はそれに乗ろう。少しでもリドルに近づくために。共犯だと言うのならそれでいい。

「契約成立だね」

リドルは笑う。何処までも美しく。
差し出された手のひらを、そっと握る。冷たい手。冷たい瞳。冷たい笑顔。


本当に優位に立っているのはどちらなのか、それはまだ誰にもわからない。


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