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  薔薇の棘が刺さっても


こちらへ来てから早一ヶ月。スリザリン生として暮らす内に、幾つかわかったことがある。

リドルの夜間徘徊率の高さと、寮からの抜け出し難さだ。

リドルは夜毎寮を抜け出しているようだった。ちゃんと確認したわけではないが、ほぼ毎晩リドルは寮から出ているらしい。秘密の部屋を探しているのは知っていたが、正直こんなにも熱心に探索しているとは思わなかった。

リドルの手口は巧妙だった。談話室に取り巻きを残して自身は早くから自室に戻り、談話室から最後の一人がいなくなったところで素早く寮の外に出る。談話室に比較的多くの生徒が残っている日などは、自分の取り巻きの上級生を使って徐々に人を追い立てた。恐らくルームメイトもリドルに協力しているのだろう。一般の生徒がリドルの行動に気付いている様子は無い。

そして、この取り巻きが厄介だった。スリザリン寮は地下にあるから抜け出すには談話室の入り口を通るしか無い。なのにその談話室に常に取り巻きの誰かがいるものだから、身動きが取りにくい。グリフィンドールなら最悪窓から箒で抜け出す事が出来たが、ここではそれが出来ない。これは大きな問題だった。

「……どうしようかな」

いずれリドルの手で秘密の部屋が開けられるのは確実で、それを無視しているわけにはいかない。かと言って、下手に手を出せば殺されかねない。まだバレてはいないが、ライムはマグル生まれだ。バジリスクの獲物になる可能性は高い。

「場所がわかってても、意味が無いし」

蛇語が話せない以上、入り口を知っていても中には入れない。入ったところでバジリスクをどうこうできるとも思えないし────ああ、本当に厄介だ。

寮が同じという事もあって、リドルとの接触自体は以前より増えた。けれど同時に、周囲とのややこしい関係も増えたように思える。

スリザリンには何と言ってもブラック家出身の生徒が多い。オリオン、ヴァルブルガ、ルクレティア、シグナス、アルファードにアンドロメダ。自らを王族と考えていたブラック家の他にもマルフォイ、レストレンジなどなど家名を挙げればキリが無い。

どうやら純血の家系の中にも序列があるらしく、談話室の暖炉付近などは一部の生徒専用席となっている。他にも寮内では暗黙の了解が無数にあるし、それを誰かが一々説明してくれるわけではないから気が抜けなかった。ここで長く暮らすのだから、厄介ごとは出来るだけ避けたい。というか、今のライムにはそんなものに関わっている暇など無いのだ。

唯一良かったのは、授業で学ぶ内容が全て習ってあるところだろうか。課題も量こそ多いがそんなに時間はかからないし、ちゃんとやれば中々いい成績が取れる。
教師の評価は高い方が何かと有利だ。誰だって出来のいい生徒は可愛いと思うものだし、そこに熱心さが加わればいう事無い。リドルには勿論敵わないが、トップを取る必要は無いのだから構わない。

「……案外スリザリン向きかもね」

グリフィンドールは勿論楽しかったが、スリザリンでの生活も悪くは無い。個人行動をとる生徒も多いし、そういった面では気楽だった。

「まあ、しばらくは図書館で調べるかな」

わからない事があればまずは図書館へ。長い学生生活で身に付いた習慣通りに、ライムの空き時間は図書館通いで埋め尽くされた。


****


腹が減っては戦はできぬ。
……というわけで、まずは腹ごしらえだ。

大広間の巨大な扉を開けると、焼き立てのパンの香ばしい匂いがライムの鼻をくすぐった。次いでカリカリに焼けたベーコンとスクランブルエッグの甘い香りが流れ込み、空腹の胃がきゅうっと縮んだ。

既に朝食を済ませた者が多いのか、はたまたまだ自室でぐっすり眠っているのか、各寮のテーブルには空席と空っぽの皿が目立つ。軽く辺りを見回してから、ライムはスリザリンのテーブルの端に向かった。

「おはよう」
「あら、おはようライム。良く眠れた?」
「ええ。みんな早いのね」
「まあね。でもまだ寝ている人も多いわよ」
「そっか。休日だもんね」

近くに座っていた生徒達に挨拶して、ライムはするりと座席に滑り込む。足音を忍ばせて入ったお陰か、ライムの姿に気づいた者は少なく、軽い雑談の後で皆すぐに食事に戻った。まだ頭がぼんやりしているからその方が都合がいい。

黄金色のスクランブルエッグをたっぷりとスプーンで掬い、真っ白なお皿に取り分ける。焼きたてのパンとバターを端に乗せ、隙間を埋めるように新鮮なサラダを盛り付ければ朝食プレートの完成だ。最後にカボチャジュースをコップに注ぐと、ライムは静かに食べ始めた。

とろりと甘いかぼちゃジュース。しゃきしゃき口の中で弾ける新鮮な野菜。イギリスの料理は美味しくないと言うが、ホグワーツの料理は美味しいと思う。夕食は確かに胃もたれするメニューが多いけれど、朝食は比較的マシだ。ミルク色のバターを贅沢にたっぷり塗り付けたパンを頬張りながら、ライムはぐるりと大広間を見回す。

休日の朝特有のゆったりとした空気の中で、生徒達は思い思いに寛いでいる。その中で一際目を引くリドルの姿を見つけて、ライムはフォークを動かす手を止めた。

「トム・リドル……」

ライムとは丁度反対側のテーブルの端に、リドルが座っていた。窓から差し込む朝日を浴びて、周囲と談笑している姿は目に眩しい。柔らかな表情を浮かべて、愛想良く振舞うリドルはとても綺麗だった。ざわめきの中でもリドルの声は良く通る。耳に甘く、何処か遠い。

大広間にリドルがいる光景は、かつては見慣れたものだったはずなのに、今ではそれが奇跡のように思える。

リドルは薔薇だ。惹きつけるけれど寄せ付けず、触れるもの全てを傷つけてもなお、美しく咲き誇る薔薇。

薔薇は綺麗だ。香り高く美しい花。触れれば棘が刺さるけれど、ライムはもうそれを恐れない。手を伸ばす事を躊躇わない。
棘が刺さったら抜けばいい。傷がついてもいつかは治る。跡が残っても気にしない。大事なのはそんな事じゃない。

今度こそ、貴方の心に触れてみたい。
どんなに時間がかかってもいい。怒ってもいい、泣いてもいい。ぼろぼろになっても構わない。ただ、また貴方に笑って欲しい。前とまるっきり同じ関係性は築けなくても、一からまた、貴方と向き合いたい。────そのために、私は動く。


いつかその薔薇の棘ごと包めるように。


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