×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



  はじまりの砂時計


城の奥にある一室。必要最低限の家具と私物だけが置かれた部屋の床には割れた食器の破片が散らばり、書籍は乱雑に投げ捨てられたままだった。
荒れた室内には明かりひとつ無い。窓から差し込む月の光が唯一の光源で、部屋の至る所で砕けた鏡の破片が鈍く輝いていた。一番奥にあるベッドの上は闇が渦巻くように真っ暗で、そこに蹲るようにしてライムはいた。

「何も食べていないのかね?」
「……ダンブルドア」

項垂れたまま、ピクリとも動かなかったライムがようやく動いた。のろのろと顔を上げ、ライムが憔悴し切った顔を向けると、ダンブルドアは僅かに顔を歪めた。

「少し、痩せたようじゃの」
「……っ」
「退院して以来、部屋から一歩も出てこないとミネルバが心配しておった」
「……どう、したんです?校長自らこんな所にいらっしゃるなんて。……私を、責めにでも来ましたか」

自嘲混じりにライムはそう吐き捨てる。失礼な態度だとわかっていたが、今はもうどうでも良かった。

こうなると知っていて、話さなかった。変わるのが怖かった。けれど失くすのはもっと恐かった。全ては無理でも、結末くらいは変えられると思った。それがこのザマだ。

「いいや」
「ならばどうして、来たんですか」
「……君に渡さねばならぬものがある」

ダンブルドアの口調は静かで穏やかだった。その表情には責める色も怒る様子も無い。それがライムを苛立たせる。

ヴォルデモートの消滅をみんな喜んでいる。リリーもジェームズも死んだのに。シリウスは無実なのに。リドルは────ヴォルデモートは、あんな姿になってしまったのに。

知っている。それが普通の反応だ。わかっている。私にそれを責める権利は無い。けれどどうにもならなかった。気持ちは波のようにうねり、口を開いたらもう、制御が効かなかった。

「やめてください」

声は、震えた。

「やめてください!私は、私が悪いんです……!私が、全部、全部悪いんです!」
「ライム」
「私はっ……リリーを!ジェームズを救えなかった!ピーターを止められなかった。止めようともしなかった。シリウスだって、みんなみんな……っ、……こうなると、知っていたんです……私が殺したも同然です!」

声には悲壮感が溢れていた。それはあまりに悲痛で聞いている方が辛くなるような、そんな声だった。

「────なのに、私が生きている……」

吐き出すように声を振り絞る。なのに涙は一滴も出なかった。それが一層苦しくて、心臓が引き絞られるように痛む。喉が、胸が、焼き付くようだ。その痛みを誤魔化すように、ライムは手のひらを強く握り締めた。

「君まで死んでしまえば、リリーやジェームズは哀しむじゃろう」
「慰めないでください!そんな事……そんなの、もう、どうだっていい!」
「君が命を削ってまで守ろうとしたものを、どうでもいいと?」
「守ろうとしても、守れなかった!今更何を言ったって、二人は生き返らない!」

叫び声は小さな部屋に反響した。
青白い月光に照らされたダンブルドアの白い髭がキラキラと輝いて見える。しんと静まり返った部屋に、パキリとガラスを踏む音がした。

「────そう。人は蘇らない。死は誰にも等しく訪れる」

ひゅっ、と喉が鳴った。ライムはダンブルドアの瞳を見て言葉を失った。表情は変わらない。いつものように穏やかで、何処か悲しげで。けれど青い双眸は真っ直ぐにライムに向けられていた。その瞳に浮かぶ感情を、言葉で言い表す事は出来ない。

「どうか、聞いて欲しい」

これはワシの懺悔じゃと、続いた声は狭い部屋にやけに響いた。

「君を、初めて────いや、ワシにとっては二度目じゃな。君が初めてこの世界に来た時に、本当は君はもう一つ、持っていたものがある」
「持って、いた?」

そんなの知らない。目覚めた時には既に医務室のベッドにいて、元の世界から持って来た私物はほんの僅かなものだと言われた。来た原因も、帰るための手掛かりさえわからないと、そう教えられていた。隠し事があるなんてライムは思いもしなかったし、そんな素振りさえ、ダンブルドアは今まで全く見せなかった。

「君の私物が入った鞄の他に、君は右手にしっかりとこれを握り締めていた」

しゃらり、と軽やかな音を立てて鎖が揺れる。目の前に差し出されたそれを見て、ライムは目を見開いた。

「砂、時計……?」
「そう。これこそが君をこの世界に連れて来た魔法の原因」

小さなガラス製の砂時計がダンブルドアの手のひらの上に乗っていた。親指程の大きさの砂時計の中には金色の砂が揺れていて、古くくすんだ色をした長い鎖がついている。

「古い、大層古い魔法具じゃ。これを使えば君を、望む場所へ導いてくれるじゃろう。そうじゃな……砂の量からして……あと、一度だけ」
「望む、場所」
「これを、君に返そう」

ダンブルドアは茫然としているライムの手を取り、その小さな手のひらに砂時計と折り畳んだ羊皮紙を乗せると、しっかりと握らせた。なぜ、と問う視線には答えずに、ダンブルドアは柔らかく微笑んで立ち上がった。

「決心がついたら、ワシの部屋へおいで。合言葉は“逆転時計(タイムターナー)”じゃ」

パタンとドアが閉まる音が響く。足音が遠ざかる。再び静かになった部屋で、ライムはただ呆然と手のひらに乗った砂時計を見つめていた。月光に透き通るガラス。渦巻く金色の砂。それは何処か見覚えのあるもの。

「金色の、砂……」


ダンブルドアが立ち去った後も、ライムはその場から一歩も動けなかった。


prev next

[back]