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  時代の流れの中で


ヴォルデモートが失脚した。
その報せは瞬く間にイギリス中に広がり、家の中で息を殺し身を縮めて暮らしていた魔法使いや魔女達を鬱屈とした日々から解放した。報せを受けた人々は挙って家の外へと飛び出し、花火を打ち上げふくろうを飛ばし、互いの無事とヴォルデモートの失脚を喜んだ。長く続いた暗黒時代を抜け、魔法界はまさにお祭り騒ぎだった。
 
 
魔法省大臣アドルファス・バート・オルブライトは執務室の革張りの椅子に深々と腰掛け、深い深いため息を吐いた。
 
ヴォルデモートが失墜してからの魔法省は大混乱だった。ヴォルデモートが消滅したのは本当かと関係各所や一般の魔法使いや魔女達から問い合わせが殺到した事に始まり、新聞からの取材が押しかけるわ記者会見では質問攻めに会うわ果ては海外からも連絡が来て対応に追われるわと、オルブライトは目が回る程忙しかった。しかしそれがヴォルデモートが失脚した故の忙しさならば苦では無い。
 
ひっきりなしに飛び込んで来た手紙の山も粗方片付け終えて、この書類に判を押せばようやく一息つける。終わったら紅茶を持って来るように言おうと考えた所で、ドアの向こうから人の言い争う声が聞こえてきて、オルブライトは書類を捲る手を止めた

「シリウス・ブラックは無実です! 」

バターンと、勢い良く開いた扉の向こうから血相を変えた様子の女が駆け込み、開口一番にそう言い放った。その後ろでは女を止めようとして失敗したのか、息も絶え絶えでローブを乱した役人達が床に手を着いて息を整えている。
あまりに突然の出来事に唖然としていたオルブライトだったが、そんな事にはお構いなしに女は言葉を続ける。

「私は彼が、シリウスがそんなことをする人間ではないことを良く知っています! 親友の、よりにもよって、ジェームズ・ポッターを裏切るだなんて、ありえない……! そんなことをするくらいなら、自らが死んだほうがマシと考える人です! 」

良く見れば女は病院の患者用の服を身につけていた。目覚めてそのまま飛び出して来たのか上に羽織っているのはボロボロのローブで、所々裂けて変色している。その姿と口にした内容で、オルブライトは目の前に立つ女が件のライム・モモカワであると判断した。

「ライム・モモカワかね? 」
「そうです、大臣」
「君はまだ病院にいるはずでは……」

報告では意識不明のまま聖マンゴ病院に入院している筈だ。
 
「お願いがあって来ました。直ぐにシリウス・ブラックをアズカバンから解放してください。犯人は彼では無く、ピーター・ペティグリューです! 」
 
予想外のその言葉にオルブライトは目を泳がせ何と答えるべきか暫く迷った後、言葉を選びつつ答えを返した。

「あー……君は知らないだろうが、ピーター・ペティグリューは殉死した。君が入院している間にね」
「ピーターはまだ死んでいません! 死んだと見せかけているだけです! 」
「死んだふりを? そんな馬鹿な!どうしてそんな事をする必要がある? 」
「シリウスに罪を被せる為です」
「……君は混乱している。友人を殺人鬼だと思いたく無い気持ちはわかるが、あの場所に目撃者は大勢いたし、あの爆発の中で生き延びられる筈が無い」
「ピーターは……動物もどき(アニメーガス)です。ネズミの姿になれば、下水から逃げられる」

ぽかん、としばらく惚けた後、オルブライトは声を上げて笑った。

「ピーター・ペティグリューが動物もどき? そんな馬鹿な! 動物もどきは複雑でそう簡単に使える呪文ではない。彼の在学中の変身術の成績が良くなかった事は聞いている。全く、荒唐無稽な作り話だ! 」
 
全く取り合う気も無い様子に苛立ち、ライムはさらに言い募る。
 
「確かに動物もどきは複雑な呪文ですが、努力次第で何とでもなります。ピーターは在学中にそれをマスターしていました」
「在学中に? 益々あり得ない話だ。一体、何の為に動物もどきになる必要があったのかね? 」
「それは……」

ライムは言葉に詰まった。言えない。リーマス達の事までは話せない。じゃあ、何と説明すればいい。

「シリウス・ブラックは殺人犯だ」
「けどっ……! 」
「なによりダンブルドアが証言しているのだ。ポッター夫妻の秘密の守人は紛れもなくシリウス・ブラックが引き受けたのだ、と」
「ですからそれは、」
「そして! 何より残念なことに、君自身にも共謀の疑いがかかっているのだと言う事を忘れてはいませんかな……? 」
「共謀? 私が? 」

唖然として問い返すライムにオルブライトはゆっくりと頷いた。その瞳は冷ややかだった。

「ライム・モモカワ。君は、行方不明だった間のことは『覚えていない』そうだね」
「はい。それは、既に尋問で認められた筈です」
「確かに、認めた。形式上は君は無罪だ。けれど疑惑というものは根深い。ダンブルドアが無罪を主張するからこそ君の疑惑が公にはなっていないだけで、残念ながら君に不信感を抱く者は未だ少なく無いのだよ」
「そ……んな、私は! 」
「実は、以前君の名前は魔法省のごく一部で話題に上がった事があるのだよ。君と同じ名前の少女が、過去にホグワーツに在籍していたという情報もある……。その少女は寮こそグリフィンドールだったが、闇の陣営の者たちとも深く関わっていた と。……ほんの短い間ではあったようだが」
「過去、に? 」

ざあっと血の気が引く。青ざめた顔で立ちすくむライムに追い打ちをかけるようにオルブライトは話し続ける。

「ただの噂の域を出ないし、はっきりと証言するものもいない。何より私個人としては、馬鹿げた話だと考えている。過去に遡る魔法の存在は不明だし、逆転時計ですら厳重に管理されていて一生徒の手に入るものでは無く、例え手に入れられたとしても何十年も遡ることはできない。そんなことはありえないのだ。……が、しかし。君がその過去のライム・モモカワと同じ名前ということは、何らかの接点がある可能性もゼロではない」
「そんな、馬鹿な……! 」

吐きそうだった。怒りで目が眩む。

「疑わしきは罰せず。しかし、僅かでも疑いのある者は警戒されるものだ。……特に、このような時代においては」
「では……私の証言は、何の力も持たない、と? シリウス・ブラックが死喰い人では無いことも、聞き入れてもらえないと……そういうことですか? 」
「あー……まぁ、非常に残念だが……そう、取ってもらっても構わない」
「そんな……そんな、馬鹿なことっ!! 」

違うのに、シリウスは。無実で、陥れられただけだ。
当たり前じゃないか。あんなに仲が良くて、親友で、大切に思っていて、そんなかけがえの無い存在のジェームズを、彼の家族を、シリウスが売るはずがないのだ。嵌められただけだと知っているのに。結末も、全て。このままだと誰が死に世界がどうなるのかも全部。知っているのに、私は。

そんなひとつの事実すら、証明できないほどに、私は無力なのか。

ならば何の為にここにいる。何の為に、知識があるの。
何で私は、この世界に来た。何で、何で、何で……!

流されてばっかりで、でも必死にやってきて、ここにいるのに、どうして何にもできないの。

過去が捕らえる。足を引っ張る。
けれどそれを否定したら、私は私でいられない。今の私があるのは、今に繋がる過去があるからで。リドルのことも何もかも、無かった方がいいだなんて、どうしたって言えないのだ。

────なのに、それが理由で、友達一人救えないだなんて。

時代の流れは残酷で、世界は無常で、理不尽で。でもそういうものだった。
その流れの前では人一人の力など容易く吹き飛ぶ程度のものでしかない。

「君の主張は聞き入れられない。そうして生き残れただけでも良しとして、早く病院に戻る事だ」


私はどこまでも小さくて、無力だった。


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