×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



  零れ落ちてゆくもの


乾いた雷鳴が轟く。開いたままのドアの隙間から雷光が鋭く差し込み眩しく目を焼く。生ぬるい風が吹き込み肌を撫でる感覚が気持ち悪くてライムは小さく身震いした。喉は既にカラカラで握り締めた手のひらにはじっとりと汗が滲む。
左胸の闇の印がずくずくと痛み出し、体中がこの場から“逃げ出したい”と叫んでいるけれどヴォルデモートからは一ミリも目が離せない。こうして真正面から向き合うのは二度目だ。見れば見るほどリドルとの違いをまざまざと見せ付けられるようで、胸が苦しい。

「“止めに来た”……?お前が、私を?」

口元に浮かぶ微笑は残忍だった。嘲るように鼻で笑うとヴォルデモートは一歩前へ踏み出した。応じて下がるライムとジェームズの表情に焦りと緊張が浮かぶ。

「身の程を弁えろ」

低い声に空気がビリビリと震え、窓ガラスがガタガタと音を立てて揺れた。気を抜けば飲み込まれそうだった。杖を握る手に力を込めて、ライムは負けじと声を振り絞る。

「二人は……殺させない」
「私に勝つつもりか?そんな震えた手で何ができる?今更力を行使した所で、お前は私には勝てない。そんな事も分からぬほど愚かではないだろう」
「そんなの、やってみなきゃわからないでしょう……!」

強く睨み付けるライムを見下ろすヴォルデモートの双眸が、ギラギラと赤く光る。

「何処から聞き付けて来たのかは知らないが……どうせあの老いぼれが手引きしているのだろう。忌々しい。そこをどけ」
「嫌よ。私は私の意思でここにいる。……それにハリーに手を出せば、貴方だって無事では済まない」
「たかが赤ん坊に何ができる?」
「その赤ん坊を執拗に狙う貴方が、それを言うの?」
「……話すだけ無駄だな」

空気が変わった。
苛立たしげに目を細めて腕を掲げるヴォルデモートを見て、ライムは素早く武装解除呪文を放った。けれどそれは一瞬で防がれ閃光は四散した。杖を構えてからのヴォルデモートの動きは速かった。立て続けに繰り出される呪文はひとつひとつが重く強力で、防ぐだけでライムは精一杯だった。失神呪文を盾の呪文で弾いてすかさず呪文を放つがそのどれもが届かない。壁が抉れ、窓が割れる。巻き上がる埃。霞む視界。力の差は圧倒的だった。ただひたすら、ジェームズを背に庇い防御に徹する。

「────っ!?」

ズキン、と一際鋭く印が痛む。ライムの動きが止まったその一瞬を、ヴォルデモートは見逃さなかった。
押し寄せる風圧にライムの身体が吹き飛ぶ。壁に勢い良く叩きつけられ息が詰まった。手のひらから転がり落ちた杖がカランと高い音を立てる。

「ライム!」
「っ、ジェー、ムズ!来ちゃ駄目!」

駆け寄ろうとしたジェームズを咳き込みながらも叫んで止める。

動け、動け動け動け動けうごけ……っ!

ぎしぎしと悲鳴を上げる身体を叱咤して、ライムは震える手で杖を握る。ヴォルデモートに反応しているのか胸の印は鋭く痛む。打ち付けた左肩は熱を持ち、動かそうと力を入れる度ずくずくと痛みに脈打ち最早使い物にならない。けれどそんなの関係無い。どうなってもいい。今動けなかったら後で死ぬ程後悔する。

「まだ……だよ、」
「────本当に愚かだな」

ぐらぐらと揺れる視界。身体中傷だらけでローブはぼろぼろ。そんな状態でもなお杖を向けてくるライムを、ヴォルデモートは苛立ちも顕に睨め付ける。

「無意味に傷を増やすなと言っただろう」
「無、意味……なんかじゃ、」

無い。意味はある。守れるのなら、助かるのならなんだってする。二人を失くす事に比べたら、傷も痛みも何の問題でもないのに。身体が上手く、動かない。

「ライム!もういい無茶だ!」
「下がって、ジェームズ!」

押し留めようとするジェームズを遮って叫ぶ。ジェームズは杖を持っていない。ヴォルデモートに太刀打ちできる状態では無い。ならばせめて、ライムが時間を稼いでいる間に杖を手に入れて、リリー達を連れて逃げて欲しい。

「嫌だ!君だけじゃ無理だ!!」

真剣な瞳。本気なのも心配してくれているのも痛い程伝わってくる。けど、駄目だ。此処から逃げて、生き延びてもらわなければ意味が無い。

「────貴方には、リリーとハリーがいるでしょう……!まず守らなくちゃならないのはそっちの方だよ!」
「此処で君を見捨てたら、後で死ぬ程後悔する!!」

叫ぶ様に返された言葉に、胸が詰まる。

「僕が、君を────大事な親友を見捨てる訳が無いだろう……!」

言葉が出ない。こんな場面なのに、嬉しさで泣きそうになる。

────嗚呼、ジェームズ

私は、あなたを、あなた達に裏切ったと言われても仕方がない事をしたのに。
まだ、親友と言ってくれるの。

「っ、ジェームズ、私……」
「────茶番はもう良い」

遮ったのは、酷く醒めた声だった。

叫ぶ間も無かった。

旋風と共に耳の横を通り過ぎたのは、眩しいくらい鮮やかな緑の閃光。


……ドサリ
重いものが倒れる音がした。背後にいたはずのジェームズが、足元に横たわっている。

「……え?」

驚愕に見開かれた目。薄っすらと開いた口元。ハシバミ色の瞳からは急速に光が失われてゆく。

「ジェー……ム、ズ……?」

呼びかけに、答えは無い。躯はぴくりとも動かない。さっきまで、ほんの数秒前まで動いていたのに。

嘘だ。こんな、こんな事って、

「────嘘」
「ヴォルデモート卿に楯突こうなど無駄な考えを持つからだ」

埃を払うように軽く、ヴォルデモートは命を奪った。

「……っ、ステューピファイ!」

声にならない声が喉の奥から漏れる。獣のような咆哮が、怒りに任せた衝動が、ライムを突き動かした。

「っ……!!なんでっ!?予言なんかがそんなに大事なの?そんな不確かなものの為に殺すの!?」

どうして、どうして、どうして!!
ジェームズが、なんで、こんな!

「ねぇ、答えてよ!!」

それは殆ど悲鳴だった。叩きつけるような叫びに喉が裂けそうに痛む。燃え上がるような怒りが杖を通して迸る。

「ステューピファイ!ステューピファイ!!っ、─────クルーシ」
「シレンシオ」
「─────っ?!」

声を、奪われた。口を開けても掠れた息が漏れるばかりで音にならない。速く正確無比な攻撃に、ライムは太刀打ちすることもできない。

怯んだ瞬間を狙って、再びピタリと向けられた杖の先から放たれた閃光に包まれてライムの体がぐらりと傾ぐ。倒れながら見た上げた先で、ヴォルデモートは薄く笑っていた。

「直ぐに終わる。それまでそこで寝ている事だな」

体中の力が抜けていく。支えきれない。床に崩れ落ちたライムの横を、ヴォルデモートが通り過ぎて行く。待って、と声にならない声で叫んで引き止めようと伸ばした指の合間を、黒いローブがすり抜けた。

ヴォルデモートが遠ざかる。伸ばした手は届かない。こんなに近くにいるのに、声も言葉も指先さえ、その心には触れられない。止められない。

何で、どうして、いつも、いつも……!!

急速に重くなった目蓋が視界を遮ろうとするのに必死に抗って、ライムは思うように動かない体を引きずり声のする方へと急ぐ。

お願い、待って、間に合って。その人を殺さないで。私の声を聞いて。
こんなの、こんな結末、誰も望まない。

足が縺れて床を這う。腕から力が抜け、身体が崩れ落ちる。頬を強かに打ち付けて呻いても、進む事はやめない。後少し、階段を登り切れば辿り着くのに。開いたままのドアの向こうから、リリーの悲鳴が聞こえる。涙が零れる。血の味がする。身体はもう、動かなかった。

ねえ神様、嘘でしょう?
こんなのって無い。これを、こんな風に見ている事しか出来ないなんて。


『どうか、どうかハリーだけは!!』
『どけ!どかんか、小娘!』
『お願い!ハリーは殺さないで!』



リリー、ハリー。
助けなきゃ、守らなきゃ。
死んでしまう。みんな、みんな、失いたくない大切なものが。


いやだいやだいやだ嫌、だ。


零れ、落ちて。


『アバダ・ケダブラ』


閃光

絶叫


意識は焼ききれて、胸の印の痛みは燃えるように全身を包んだ。抗う術も力も気力も失ったライムは、ゆっくりと、緑の光が明滅する闇の中へと堕ちていった。


prev next

[back]