×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



  背負う覚悟を


親しい友人たちが卒業してからの学校生活は、ひどく味気ないものだった。

くる日もくる日もただひたすらに勉強して、暇な時間は必要の部屋に籠って呪文の練習。自分だけが安全な場所にいて何も出来ずに守られている事が苦痛だった。仕方ない事だと頭では理解できても心は追い付けない。気持ちばかりが焦って落ち着かず、ただ我武者羅に呪文を覚えた。

「私も騎士団に加えてください」
「それは無理な願いじゃよ、ライム」

校長室に駆け込んで、ライムはダンブルドアに嘆願する。けれどその願いが受け入れられる事は無い。

「何故です、ダンブルドア。私も皆と一緒に戦えます!」
「君はまだ学生じゃ。騎士団に加わるのは卒業してからでも遅くは無い」
「闇の魔術に対する防衛術ならば、七年生にも負けない自信があります。足手纏いにはなりません。せめて休暇中だけでも、手伝いたいんです」

猶も食い下がるライムに、ダンブルドアはゆっくりと首を振った。

「君の呪文の腕前はワシも信用しておるよ。恐らく騎士団に混ざっても、そう引けは取らないじゃろう。しかし君は未成年。まだ、保護されるべき年齢じゃ」
「でも……」

言い募る言葉を吐き出す寸前で止める。でも、だって、だけど。口を開けば否定語ばかりがこぼれ出す。子どもじみた主張だと、自分でも思う。けれどそう簡単に納得も出来なかった。

「私だけ、安全な場所にいるなんて」

リドルが残したピアスは外れない。左胸の闇の印も、焼き付いたまま。これを抱えたまま城の外へ出ればどうなるか、わからないわけでは無い。
けれど、けど、自分だけ何も出来ずに守られてばかりなんて。本当に守るべきなのはライムでは無いのに。

「君の気持ちは痛いほどわかる。────けれどどうか、堪えておくれ。君は今、最も危険な立場にいるのじゃ」

魔法省と死喰い人。そのどちらもが、ライムの脅威になり得る。今やライムにとって安全な場所は、ここ、ホグワーツだけ。

「君がヴォルデモートに捕まれば、悲しむ者が沢山いる。そういった者たちの命まで危険にさらす事にもなりかねん。賢い君ならばわかるじゃろう」
「……はい」

目線は床に落ちた。足元から濃く伸びた影がゆらゆら揺れる。

「人にはそれぞれ、役割がある。やるべき事には時期がある。それを見誤ってはならぬ。君に今出来る事は、学び、磨き、考える事じゃ。戦うことはそれからでも遅くは無い」

諭す声音は低く穏やかで、ライムの心を宥めてゆく。ライムは深く息を吐いて、静かに口を開いた。

「わかり、ました。……色々と無理を言って、すみませんでした」
「いいや、良い。友達想いな君の事じゃ。今の状態は辛かろう」

ダンブルドアは少し疲れているようだった。部屋の奥へと向かうその背筋は僅かに曲がって、いつに無く老人らしいとライムは思った。

「今、でも」

唐突につぶやいたライムの声に、ダンブルドアははたと足を止めて振り返る。

ライムはダンブルドアに背を向けたままそっと息を止め、数瞬目を閉じて、ゆっくりと吐き出した。ぎゅっと握りしめたローブの胸元に深い皺が寄る。そうしないと、空気と一緒に何もかも、吐き出してしまいそうだった。

「今でも、思うんです。……あのままあそこに留まっていられたら、と」
「ライム……」
「わかっているんです。今更後悔してもどうにもならない、って。残る術も知らなかった私が、想いだけではきっと残る事も出来なかったって事も」

割り切れなくて、何度も悔やむ。

「でも、どうしても、そう思わずにはいられない。そうすれば、少なくとも、こんなことには……」

ぎゅっと、見ている方が痛くなる程の力で握りしめられたライムの掌に、そっと手が重ねられた。ゆるゆると力無く顔を上げると、そこにはダンブルドアの明るい青の瞳があった。

「もういいんじゃよ、ライム。そろそろ君は、自分を許してあげるべきじゃ」
「……出来ません。私は、誰より私自身を許せない。……なのに、選んだ道を否定する事も、出来ないんです」

過去に行った事。リドルに会った事。この時代で沢山の友人に出会った事。その全てが大切で、捨てられなくて、だからこそ身動きが取れなくなる。

「────すみません。変な事を言いました。どうか忘れてください」

そう言って無理矢理に笑顔を作るとライムは深く頭を下げた。何か言われる前に逃げるようにドアへと向かう。
ダンブルドアの顔は、どうしても見る事が出来なかった。


急いで退室して、ライムは螺旋階段をゆっくりと降りる。

ほんの一瞬、頭に浮かんだ考え。

あそこで予言の事を話したら、未来に何が起こるかを話したら、ダンブルドアはどうしたのだろう。

話す?今更何を?
ここまで来て、何かを変えられるのか。そんな覚悟も無いくせに。……それに、何より全てを話したら────リドルを、売り渡すみたいで、嫌だ。

「けどこのままじゃ、みんないずれ……」

でも、話さないって、そういう事だ。

「────じゃあ、本当に、どうすれば良かったの」

話せば変わった?動けば変えられた?願えば救えた?結局過去には留まれなかったのに。

どれが正解なのだろう。どうしたら良かったのだろう。正解なんて、あるのだろうか。私は、何のためにこの世界に来たのだろうか。

わからない。もう、何も。

「わからない……わからないよ……」


全てを背負う覚悟なんて、どうしたって持てなかった。


prev next

[back]