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  嵐の前の静けさ


イースター休暇が明ける頃にはライムの体調も回復し、医務室から自室へと戻る事が許可された。印はまだ痛むしシャワーを浴びる度に染みるけれど、包帯は外れた。休暇中だったのは不幸中の幸いと言うべきか。
何にせよ、いつまでも落ち込んではいられない。現実はいつだって待ってはくれない。帰省から戻って来た生徒たちと共に、ライムの日常が始まった。


いよいよ始まるO.W.L.試験に五年生の緊張は極限にまで達していた。そのお陰でライムに構っている余裕が無くなったのか、以前のような嫌な態度を取られたり不躾な視線を向けられる事も最近ではほとんど無い。嫌がらせの手紙の数も徐々に減り、今ではほんの稀に届く位まで治まっていた。……と言ってもO.W.L.試験があるのはライムも同様で、周囲を気にしている余裕は無かった。

とは言え、不意打ちで痛む闇の印は厄介だった。誰かに相談する事も出来ず、幾つも文献を漁って効きそうな痛み止めを作って試してはみたけれどどれも気休めで、唐突に痛み出すその波を、ライムは息を殺して耐えるしかなかった。

泣けたらきっと楽になる。吐き出せない気持ちを抱え込んだまま何気ない顔をして当たり前の日常を過ごすのは苦しい。
そう思うけれど、泣く気にはなれなかった。泣くのは逃げのようで、自分を甘やかすようで嫌だった。

泣いてどうなる。泣いても何も解決しない。泣いて楽になるのは自分だけで、現状は何も変わらない。何より泣くのは自分自身を哀れんでいるようで、嫌だった。

こうなる事を選んだのは自分だ。例え選択の余地が無いに等しかったのだとしても、もう他の道には進めない。選んだ道には責任を持たなくてはならない。ならば今はこうして耐えるしかないのだ。そう言い聞かせて、ライムは黙々と試験勉強を続けた。

「ライム、お疲れ様」

コトリと固い音がして、ライムは教科書へ落としていた視線を上げた。そこには手にマグカップを持ったリーマスが立っており、隣にはお菓子を抱えたピーターがいた。

「リーマス……ピーター……」

談話室の片隅で勉強していたライムの元にやって来たのはリーマスとピーターだった。机の上には湯気を立てたカップが置かれていて、ココアの甘い香りが鼻をくすぐる。

「頑張っているライムに差し入れ。もう何時間もそうして勉強しているだろう?少しは休憩も必要だよ」
「ありがとう……」
「お菓子も沢山持ってきたんだ。ほら、ライムの好きな蛙チョコもあるよ」
「ピーター……ありがと」

ピーターの姿を見る度胸に渦巻く靄。それを振り払ってライムは無理矢理笑顔を作る。

「来週からだっけ?O.W.L.試験」
「うん。二週間がっつり、ね。二人もそろそろN.E.W.T試験でしょう?」
「うん。もう僕頭がパンクしそうだよ……」
「大丈夫だよ、ピーター。今まで必死に勉強していたじゃないか。後はそれを出し切るだけだよ」

情けない声を上げるピーターを宥めて、リーマスは蛙チョコレートを口にする。

ライムがシリウスと話せなくなってから、こうして悪戯仕掛け人のみんなと話す機会は随分減ってしまった。シリウスがライムを避けている以上それは仕方ない事だけれど、やはり距離ができるのはさみしかった。だからこうしてリーマス達が当たり前のように話しかけてくれた事が、ライムは何より嬉しかった。

「試験が終わったら、みんな卒業だね」
「そうだね。寂しいかい?」
「そりゃあ……寂しいよ。聞くまでも無いでしょう」
「ふふ、ごめんね、ライム。何だかそうして惜しんでくれる人がいるって、嬉しくて」
「……リーマスはやっぱり質が悪いよ。ねえ、ピーター?」
「えっ、あっ……うん」

戸惑いつつも同意したピーターに、リーマスは苦笑した。

「みんなが卒業したら、こうして他愛ないお喋りも出来なくなるんだね」
「休暇中に集まればいいさ。確かに距離は遠くなるけれど、会えないわけじゃない」
「そうだよ、またみんなで会えばいいよ、ライム」
「……そう、だね」

ライムがぎこちなく微笑むと、二人も励ますようにニッコリ笑顔を見せた。そのまま話題を変えようと、リーマスが口を開く。

「リリーとジェームズの話、聞いたかい?」
「ええ。二人共、卒業してしばらくしたら結婚するんでしょう?」
「うん、びっくりだよね。僕、まさか二人があんなにうまく行くなんて思わなかったよ」
「そこは僕もピーターに同意かな。でもジェームズも最近では随分と落ち着いたからね」
「そう?私はこうなるってわかってたけどな」
「ええっ!?」

目をまん丸にして驚く二人が可笑しくてライムが堪え切れずにクスクス笑うと、二人から不満の声が上がった。それに「ごめんごめん」と返して、ライムはなおも笑い続けた。

久しぶりに思い切り笑ったお陰か、緊張が解れた。こうして他愛ないお喋りができる相手がいる。些細な事で笑いあって、からかって、謝って。当たり前の事だけれど、それが何だか凄く嬉しかった。

「ありがと、二人とも」


例えそれが、嵐の前の静けさだと、わかっていても。


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