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  深淵を覗き込む


三月末からホグワーツはイースター休暇に入る。
イースターは毎年春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日と定められているため年によってその日にちが違う。イースター前の金曜日を”Good Friday”といい、この日から数週間の休暇に入るのだ。

卒業前の最後の休暇ということもあって、七年生は普段よりは多めに残るだろうというライムの予想は見事に外れた。外の世界は色々と物騒だし、最後くらい友達同士で過ごすと思っていたのだが、卒業後は実家を出る者も多いから、皆最後くらいは家族と過ごす方を選択したらしい。

いつもより名前の少ない残留者リストをマクゴナガル教授の部屋まで届けに行くついでにあることを思いついて、ライムはダンブルドアへの面会を希望することにした。

「外出許可……とな?」

マクゴナガル教授に頼み込んで連れてきてもらった校長室は相変わらずで、部屋中不思議な道具に溢れていた。円形の室内は天井が高く、壁際には背の高い本棚やガラスケースにキャビネットなどが配置されている。テーブルの上には繊細な形をした銀の道具が所狭しと置かれ、それぞれにポッポと煙を上げたりくるくる渦巻いたりしていた。扉の真正面、部屋の奥には大きな鉤爪に支えられた机があり、その上でダンブルドアはゆったりと腕を組み、微笑みながらライムにそう問いかけた。

「はい、ダイアゴン横丁に行きたいんです」
「理由を聞いても?」
「リリー達はもうじき卒業します。私は一緒に卒業することが出来ませんが、せめて何かプレゼントを渡したいんです」
「モモカワ、ですがそれは……」

渋い顔をするマクゴナガル教授にライムは尚も食い下がる。

「無理なお願いだということはわかっています。でも、せめてプレゼントくらいは自分の目で選んで渡したいんです!」
「ほう……して、君はジェームズ・ポッター等に何を贈るつもりかね?」
「ええと……その、まだはっきりと決めたわけではないんですが……悪戯道具はあげるつもりです」
「悪戯道具!?」

ぎょっとして声を上げたマクゴナガル教授に慌てて首を振って、ライムは答えた。

「い、悪戯道具といっても、そんなに悪質なものはあげないですよ!ただ最近はどうしても暗い話題が多いから、その、みんなが少しでも明るい気持ちになれるようなものを贈りたいな、と思いまして……」

尻すぼみになる言い訳を何とか言い切って、ライムはたまらず俯いた。何で馬鹿正直に答えてしまったんだろう。もっと実用的で当たり障りの無いものをあげておけば良かった、と思ったがもう後の祭りだ。こぼれ落ちそうになるため息を何とか唾と一緒に飲み込んで、ライムはじっと絨毯を見つめた。すると突然頭上からクスクスと笑う声が聞こえてきて、ライムは驚いて顔を上げた。

「なるほど、なるほど……それはいい考えじゃ」
「なっ、ダンブルドア!」

マクゴナガル教授の咎める声を手で制してダンブルドアはライムに向き直る。

「ミネルバが心配する気持ちもわかる。しかし、ライムはほとんど城外に出た事がない。たまの気分転換も必要じゃろう。……あまり長い時間の外出許可は出せないが、良いかね?ライム」
「もっ、もちろんです!」
「行き方は手配が終わったら連絡しよう。今は色々と物騒な時期じゃ。行く時にはくれぐれも気を付けるように」
「はい!ありがとうございます、ダンブルドア」

校長室の螺旋階段を降りてから、ライムは嬉しさを堪えきれずに駆け出した。嬉しい。まさか本当に許可が貰えるとは思わなかった。こうして一人で外出が出来る日が来るなんて!

街に行ったら何をしよう?外に行けば城にいる時のようにじろじろと無遠慮な視線に曝される事も無いだろうし、買い物も食べ歩きもなんだってできる。
プレゼントはじっくり時間をかけて選ぶとして、まずは羊皮紙や新しい羽ペンを買おう。いつも買い物は通販ばかりだし、たまの外出には必ず教師が付き添っていたからあまり好きに見て回る事も出来なかった。上級生になってライムもようやくホグズミードへの外出許可が貰えたけれど、行く時はいつもリリーや他の友達と一緒だったから、実はライム一人で買い物するのは初めてなのだ。こうして城の外に出る機会なんて滅多に無かったから、どうしたって気分は高揚する。

「部屋で買い物リストを作らなきゃ」

久しぶりに、心の底からワクワクしていた。


****


魔法省からの呼び出しのような特例を除いて、ホグワーツから直接他の場所へは行けない。その為、今回はホグズミードの雑貨屋から漏れ鍋の暖炉に行くことになった。許可が出た翌々日、ライムはダンブルドアに教えられた店を探し、店主に断り暖炉を借りた。一人でフルーパウダーを使うのは緊張したが、ライムは噎せる事なく無事漏れ鍋に到着した。

「いらっしゃい、君がライムだね?」
「はい。ライム・モモカワです。暖炉を使わせてくださってありがとうございます」
「いやいや、それくらいはお安い御用さ。ダンブルドアの頼みだからね」

ニコニコと人の良い笑顔を浮かべる漏れ鍋の店主にお礼を言って、帰りの時間を確認する。約束の時間を過ぎればダンブルドアに連絡するよと脅されて、ライムは苦笑しながら頷いた。あまり長居は出来ないが、こうして外出出来るだけでも今は十分だった。

「人通りの少ない場所には気を付けるんだよ。楽しんでおいで」
「はい、いってきます!」

店主に案内され裏庭へ出ると、レンガの壁沿いにゴミ箱が置かれているのが目に入った。

「えーと、確か三つ上がって……横に二つ」

教えられた通りにレンガを杖で叩いてみると、突然レンガが震え出す。ライムが驚いて一歩下がると、クネクネと揺れ始めたレンガの真ん中に穴が現れ、それは見る間に広がり、大きなアーチ状の入り口を形作った。恐る恐る通り抜けると、アーチは跡形も無く消え、元の固いレンガの壁に戻った。

「すっごい……!」

街はキラキラと輝いていた。
こんな素晴らしい街並みをライムは他で見たことが無い。石畳の通りが曲がりくねって長く続き、ローブを着た魔女や魔法使いが行き交っている。店のショーウィンドウには箒やローブ、薬瓶、本の山など様々な品物が並び、人々が足を止めては食い入るように見つめている。

「思ったより人がいるのね」

時折目に付く指名手配のポスターや注意喚起の貼り紙が気になるものの、一度期待に膨らんだ胸はそう簡単には萎まない。時期が時期だけにもっと閑散としているのかと思っていたが、予想より人通りは多く、休暇中だからか子どもの姿も混じっている。ライムは大きく深呼吸すると、軽い足取りで大通りを歩き出した。


久々の買い物は楽しく、ライムは日々の不安も忘れて熱中した。マダム・マルキンの洋装店から始まり、グリンゴッツの入り口を眺め、薬問屋で薬の材料を物色してから雑貨屋に立ち寄って新しいレターセットを買った。
途中立ち寄ったイーロップのふくろう百貨店ではふわふわした羽毛が可愛らしいグレーのふくろうを見つけた。小首を傾げるしぐさがあまりに可愛らしくて、ライムはしばらくそのふくろうを熱心に眺めていたが、ふくろうは餌代もかかるし城で沢山飼われているからさほど必要無い。ライムは城の外に手紙を出す知り合いなど居ないのだ。名残惜しいがそう考えて、半ば無理矢理諦めた。
フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーでストロベリーのアイスを食べて一休みし、文房具屋と鍋屋を覗いて、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店を出た時にはもう約束の時間が迫っていた。

最後にぐるりと一回りしてから戻ろうと決めて、ライムは足早に歩き出す。日が暮れる時間だからか、周りの人々も心無しか急いでいる気がする。

小さな店の前を通りかかった時、ライムはふと足を止めた。
埃っぽく曇ったショーウィンドウには色褪せ白っぽくなった紫色のクッションが置かれ、その上に一本だけ杖が並べてある。扉には剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店──紀元前三八二年創業 高級杖メーカー』と書いてある。
「懐かしいな……」

杖を手にしたのは4年前────いや、それはライムの体感時間であって、実際にはもっと昔のことだけれど────始めて使った魔法はとても綺麗で不思議なものだった。

杖探しには思った程時間がかからなかった。七本目に差し出されたのは深い栗色の杖。それを手にした瞬間、身体中にあたたかい熱が走り、直感的に「これだ」とわかった。

ヒュッと鋭い音を立てて振り下ろした瞬間、てのひらから指の先、杖の先を伝わって鮮やかな七色の光が迸る。部屋中を満して弾け、金色の光がチカチカと瞬きながら天井から雪のように舞い降りる中で、オリバンダーは静かに涙を流して小さく拍手した。

「ギンヨウボダイジュに一角獣のたてがみ、二十四センチ。良質でしなやか。呪文学にピッタリじゃ」
「ギンヨウ、ボダイジュ……?」
「これは抱擁の樹。……この杖に選ばれた貴女はきっと、愛する者の為には犠牲を払ってでも尽くそうとする人じゃろう」

淡い色の目に僅かに涙を滲ませ、オリバンダーは独り言のようにそうつぶやいた。ライムはそれに何と答えたらいいのかわからず、戸惑って横を見ると、付き添いのダンブルドアが静かに微笑んでいた。その表情はとても印象的で、今でも鮮やかに記憶に残っている。

「懐かしいな……もう随分と、昔のことみたい」

あの頃はただ、魔法を使える事が純粋に嬉しかった。家に帰れぬ不安よりこれから始まる素晴らしい毎日に胸をときめかせていた。
今だって、あの時の興奮を忘れたわけではない。新しい魔法に触れる度、ライムの胸は驚きと興奮でいっぱいになるし、呪文を使えるようになった瞬間はいつだって嬉しい。けれど学年が上がるにつれて不安が増えてきた。どんなに呪文を覚えても足りない気がして、焦りばかりが胸に渦巻く。ああ駄目だ、せっかくこうして気分転換に来ているのにこんな事を考えるなんて。ライムは嫌な考えを振り切るように首を振ると、漏れ鍋へと戻るために歩き出した。


「――――あれ?」

人気の無い道は薄暗く、不気味に鳴くカラスが羽音を立てて空を行き交う。目の前に落ちて来た黒い羽が何だか不吉で、ライムはつい足を止めた。

「違う道、かな?」

早く戻ろうと行きとは違う角をいくつか曲がったのだが、どうやら入る道を間違えてしまったらしい。路地の先はさらに暗くなっていて、人の気配も無い。もしかしたらノクターン横丁に繋がっているのかもしれない。
だとしたら、早く戻らなくては。今は色々と物騒な時期だというし、この辺りは特に治安が悪そうだ。

そう考えて、ライムが元来た道を戻ろうと踵を返した、瞬間。


「ライム」

懐かしい、声が。

「久しぶりだな」


聞こえた。


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