この想いは私だけのもの
クリスマス休暇が明けて、ライムの元には一つの大きなニュースが飛び込んで来た。リリーとジェームズが、ついに付き合い始めたのだという。
「おめでとう、リリー」
ライムが祝いの言葉をかけると、リリーは顔を赤くして「ありがとう」と答えた。
「びっくりしたでしょう?まさか、あんなに嫌っていた相手とその…付き合う…なんて」
頬を薔薇色に染めて恥ずかしげに俯くリリーはものすごく可愛らしい。ジェームズが見たら何と言うだろう、と考えながらライムは口を開く。
「うーん、びっくりはしたけど…何となく、そうなるんじゃないかとは思っていたよ」
「ええっ!?本当に?」
「うん」
「そんな!」
「何でそんなにショック受けるの?」
大袈裟にショックを受けた様子にライムがクスクス笑うと、リリーは軽く口を尖らせた。
「だって、何だか恥ずかしいわ」
「いいじゃない。おめでたい話なんだし」
「それは、そうかもしれないけど…」
尚も不満気なリリーを宥めて、ライムはティーカップに口をつける。少しぬるくなった紅茶はほのかに甘く、遅れて渋みが舌に残った。
リリーが暖炉に薪をくべると、パチンと弾ける音と共に赤い炎が燃え上がる。二人きりの部屋はあたたかく快適だった。ライムはベッドから立ち上がり、暖炉の側に置いた肘掛け椅子に座ると、大きく伸びをした。
「ねぇ、ライム」
「なあに?」
「……貴女、誰とも付き合わないつもりなの?」
唐突に切り出された話題は予想外のもので、ライムは目を見開いた。
「ど、したの。突然……」
振り返った先にあるリリーの瞳は真剣だった。その勢いに押されて、ライムが問いかける声は不自然につっかえた。
「突然じゃないわ、ずっと…不思議に思っていたの。貴女は寮や生まれに関係なく誰とでも仲良く出来て、強くて優しくて、とっても魅力的で。貴女に想いを寄せる人も多いはずよ。貴女はそれを認めはしないでしょうけど、告白だってされたでしょう?」
「それは、その……」
無いわけでは無い。けれどこうして面と向かって指摘されるとは思っていなかった。一体、どうしたというのだろう。
「昔はただ単に、そういうことにあまり興味がないのだと思っていたわ。私も貴女もまだ子どもだったし、誰かと付き合わなくても毎日が楽しかったから」
「リリー……」
「でも、貴女がいなくなってから…ちょっと違うんじゃないのか、って思い始めたの。貴女は恋愛から遠ざかろうとしている。必要以上に他人が踏み込む事を恐れているんじゃないか、って」
迷いながらも言葉を続けるリリーに、口を挟む事は出来なかった。
「本当は、気付いているんでしょう?」
「なに、に?」
「シリウスの気持ち」
そう言い切ったリリーの顔は曇っていた。推測とはいえ、他人の気持ちを勝手に伝えるだなんてリリーらしくない。なのにこうして話を持ち出したという事は、リリーなりに考え抜いた末の結論なのだろう。
「シリ、ウスの?」
「そう。貴女がいなくなってからのシリウスは……そうね、見ている方が辛かったわ。イライラしていて、時折辛そうで。ふとした瞬間に視線で誰かを探していた。本人に自覚があるのかはわからないけれど……近くで見ていれば、嫌でもわかってしまったわ」
「そんな……」
「……けれど貴女は、彼を恋愛対象として好きか嫌いかって考えるより前に、友達として割り切っている。私にはそう、見えるわ」
リリーの言葉が終わると、部屋には沈黙が落ちた。聞いた話をひとつひとつ頭の中で噛み砕いて、ライムはそっと息を吐く。渇いた喉を潤すためにライムはカップを傾けて紅茶を飲み干すと、底に溜まった溶け切らなかった砂糖の欠片が、ざらりと口に残った。
「私は、シリウスにつり合うような人間じゃあ無いよ」
ぽつりとそう、吐き出した。
あの人は真っ直ぐだ。誰より苛烈で強く、自信に満ち溢れている。何時だって光の下でキラキラと輝いているその笑顔は眩し過ぎて、見つめているとライムは時折自分の事が嫌になる。
「シリウスの事は好きよ。大事な友達だもの。客観的に見たら、物凄く魅力的な人だとも思う。……シリウスがどう思っているかは、わからないけれど。…私は、シリウスが好きだよ」
「でもそれは、恋愛感情では無いのね」
「……多分、そうだと思う」
好きとは何だろう。好意ならある。尊敬する気持ちも。かっこいいとも思うし、どきりとする事もある。
けれど、違う。こうしてシリウスの事を考えていても、どうしたって忘れられない人がいる。その人に対する感情にも、私は名前を付けられない。ただどうしても気になって、苦しくてたまらず胸が掻き乱される。
「……この話は、ここまでにしましょう。ごめんなさいね、ライム。急にこんな話をして。ただ、私達はもう時期卒業しなくちゃならないわ。何時までもみんな一緒にはいられない。だからどうしても気になって……」
「ううん、いいの。私も……本当はちゃんと考えないといけない事だから…」
避け続けてはいられない。いつかは向き合わなければならない話だ。
俯きがちだった目線を上げて、ライムはリリーの目を見つめる。明るいエメラルドグリーンの瞳に視線を合わせたまま、ライムは先日から気になっていた事を尋ねようと切り出した。
「ねえリリー。私からもひとつ、聞いてもいい?」
「ええ。何かしら?」
「セブルスと、何かあったの?」
今度はリリーが口ごもる番だった。何処か辛そうに顔を歪ませて、リリーは息を吐いた。
「ええ。……でも、何て説明したらいいのか…。セブルスの事、今は……ごめんなさい。もう少し、待ってくれる?自分でも、ちゃんと整理してから話したいの」
「うん。待つよ、リリー」
「だからね、ライム。貴女も、いつか話して欲しいの。貴女が悩んでいる事を。……いつまでも、待つから」
息が、詰まった。けれど無理矢理に微笑んで、ライムはその感情を覆い隠す。
「────ありがとう、リリー」
ごめんなさい ごめんなさい。決して許される事ではないのに。こんなに貴女は優しいのに。私は貴女の信頼を裏切っている。
よりにもよって────貴女を殺す人に、惹かれてしまっただなんて。
そんな事言えるわけが無い。
「いつか、ね」
嘘を吐く事ばかりが上手くなっていく。柔らかく微笑んで躱して、本心を取り繕う事ばかりが上手くなっていく。
こんな風になりたかったわけじゃない。なのにどうして、上手くいかない。けれどもう どうしたらいいのかも、私にはわからないのだ。
「ええ。待つわ、ライム。いつまでも。私たち、ずっと友達だもの」
時間は限られているのに、それを知っているのに。ライムは結局何も言えず、再び曖昧に微笑んで誤魔化した。
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