×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



  取り戻せない時


叶わない夢など見たくは無かった。
夢は嫌いだ。必死に押し隠している気持ちを暴いて、目の前に突きつけるから。夢はしあわせであればある程傷口を抉る。叶わないものをほんの一時、叶ったように見せかけて、目覚めと共に突き落とす。

「……見たく無かった」

あんな夢。自分の願望が作り出したもの。押し込めていた感情を容赦無く暴き出す夢。じわじわと胸に広がる絶望感。

俯いた顔に髪がかかる。長いそれはシーツの上に散らばり、黒い模様を描く。ライムはしばらくそれをぼうっと見つめてから、ゆっくりと顔を上げた。

早朝の室内は薄暗く、閉ざされたカーテンの隙間から漏れる弱い光が外の天気の悪さを伝えている。クリスマス休暇に入り、同室の生徒は皆実家に帰っている。ライムもリリーから一緒に来るよう何度も誘われたが、丁寧に断った。嫌がらせの手紙はまだ続いているから、行けば必ず迷惑がかかる。家族の団欒を邪魔したくはなかったし、何より今はひとりになりたかった。

夢の余韻は、まだ抜けない。

「……夢は残酷だね」

どんなに否定しても、意味が無いから。


****


遅い朝食を取るためにライムはひとり廊下を歩く。吐く息は相変わらず白い。石造りの城には容赦無く隙間風が吹き込み、廊下は凍える程寒かった。

「……あれ?」

その姿を一目見た時、最初はそれが誰なのかわからなかった。
顔色の悪い細身の青年。黒いローブを着た背の高い外見はやせ細ったコウモリのようで、長めの黒髪が顔の横でゆらゆらと揺れていた。

「セブルス?」

小さな呼び掛けは相手の耳にも届いたらしい。コウモリのような青年――セブルス・スネイプはバッと勢い良く振り返り、そこにライムが立っていると知ると、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「ああ……やっぱり、セブルス!」
「……ライムか」
「ええ、そうよ。久しぶりね」

立ち止まったところにライムが小走りで駆け寄ると、セブルスはやや逡巡した後 唸るように低い声で問いかけた。

「休暇なのに、帰らなかったのか」
「ええ。セブルスも?」
「……ああ」
「セブルスにとっては最後のクリスマス休暇だもんね」
「……そうだな」

話をしていてもセブルスの表情は固く、必要最低限の言葉しか返さない。その余所余所しい態度にライムは少しだけショックを受けたけれど、久しぶりに会えた喜びの方が優った。つれない態度にもめげずに話しを続ける。

「ああ、リリーは今帰省中よ。ご両親が帰ってくるようにって手紙を寄越したらしいの。そういえばこの前……」
「――関係無い」
「……え?」

驚いて、ライムはぱちりと瞬く。短く切り捨てた言葉は鋭く、拒絶の響きを含んでいた。

「関係ない、と言ったんだ。……もう、エバンズの話をするな」
「どうして……?だって、今までは普通に……」
「昔の話だ」

セブルスは言葉の先を苛立ったように遮る。眉間の皺が深まり、眼光が鋭くライムを射抜く。

「今更、お前と話すことなんて無い」
「今、更……?」
「――そうか、お前にとってはついこの間の事だったな」

口元に薄っすらと浮かぶ笑みは暗い。言葉を選ぶようゆっくりと、皮肉めいた口調でセブルスは答えた。

「二年もあれば、人は変わる」

セブルスが纏う空気は冷たく、まるで知らない人のようだった。拒絶と嘲笑。纏う空気はあまりに暗く、過去の不器用ながらも優しいセブルス・スネイプの面影は何処にも無かった。
ギュッとローブの裾を握り締めて、ライムは震える声を振り絞る。

「何が、言いたいの?」
「過ぎた時間は戻らない。もう、あの時とは違うんだ」

それは明確な拒絶だった。声が、目が、表情が、全てがライムを跳ね除ける。過去のセブルスと余りに違うその雰囲気に、ライムは言葉を無くして立ち竦む。信じられなかった。どうして、という言葉ばかりが繰り返し頭の中をぐるぐる回る。

何も言えぬままのライムをチラと見やって、セブルスは話は終わりだとでも言うように背を向けた。

「お前も諦めて、早く今に慣れることだな」


遠ざかるその背中に、掛ける言葉は見つからなかった。


prev next

[back]