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  一夜の逢瀬


(それは何処までも優しくて、何時までも痛む、夢だった)


細くしなやかな指先が緩やかに頬を撫でる。
紅い瞳がとろりと溶けて、愛しげに細められた。リドルはライムがぴくり と身体を震わせる様子を愉しむかの様に喉を鳴らせて笑うと、やんわりと頬を包んでいた指先が唇をなぞり、そのまま首筋を辿って鎖骨に触れた。


────口を開けても声が出ない。

こんなこと、あるはずが無いのに。
この時代に、リドルがいる訳が無い。これが現実なわけが無い。わかっているのに。気付いているのに。なのに、どうして。

どうしてこんなに、苦しいの。

唇を噛みしめて見上げた先で、視線が交錯する。誘うように細められた瞳に促されるままにライムが一歩近づくと、リドルの口元の笑みが深まった。

そっと、おそるおそる手を伸ばす。触れたら消えてしまうんじゃないかと思った。それがこわくて。これが現実なわけが無いと、ただの真相心理の現れだと。わかっているのに、知っているのに、夢でもいいから消えて欲しくは無くて。触れた頬は予想に反して温かかった。

じわり 胸の奥が熱くなる。そんなライムの胸の内を見透かすように、リドルは悠然と微笑んだ。

「おいで」

考えるより先に身体が動いた。その言葉を耳にした次の瞬間にはもう、ライムの体はリドルのローブに包まれていた。

リドルの香り。リドルの声。

焦がれて焦がれて、水の中で酸素を求めるより強く切望し続けていたものが、此処にある。泣きたいくらいに愛しくて、叫び出したいくらいに狂おしい。

「ライム」

名前を呼ぶ声。ああ、そうだ。こんな声だった。低くて甘い。離れていた時間は短いはずなのに、記憶は思いの外遠くなっていたらしい。
きゅっ とローブの胸元を掴む手に力がこもり、皺が深くなる。頭上で小さく笑う気配がして、ライムがそっと顔を上げれば至近距離で視線がぶつかる。

「相変わらずだね」

変わらぬ姿。記憶のままの声。

「……そっち、こそ」

喉をせり上がって来るものを抑えて、ようやく絞り出した声は思いの外擦れたものだった。ふ とリドルの表情が和らぐ。親が子供を見るような、優しい瞳。ただそれだけでライムは泣きそうになる。

「酷い顔だ」
「……リドルだって、ひどいよ」

違う。多分本当に今のライムは酷い顔をしているのだろう。泣くのを堪えて、ぐしゃぐしゃで、それでも嬉しくて堪らないような。

「強情だね」
「悪い?」
「……いいや。それがいい」
「リドルって趣味悪い」
「それを自分で言うのかい?」
「だって事実だもの」

顔を隠すようにぐりぐりとリドルの胸に頭を押し付けると、リドルが宥めるようにライムの髪を梳く。優しい手つきは心地良く、触れた場所から聞こえる鼓動にライムはそっと目を閉じた。

「ピアス、付けているんだね」
「……うん」

透き通るエメラルドグリーンの石。アレキサンドライト。光源によって色が変わるその石は、陽光に透かせば美しいグリーンに見えるが、蝋燭や松明の明かりの下では鮮やかな真紅に輝く。それはあの、リドルの瞳のようで。

「気に入ってもらえたかい?」
「やっぱり、これはリドルが残したものなのね」
「君ならきっと、見付けるだろうと思った」

耳朶に触れた指先は冷たくて、緩やかにピアスを撫でる手の感覚が何だかくすぐったい。リドルがいる。ここにいる。ただそれだけで良かった。他の何もいらないとさえ、思うほどに。

「そんなに、僕に会いたかった?」

その言葉に、ライムの瞳が揺れた。

「────“会いたかった?”……っ!会いたかったに、決まってるでしょう!!」

焼け付く様な、激情。

「っ、けど」

ぎりり と、奥歯を噛み締める。口に広がる血の味を飲み込んで、ライムは声を振り絞る。

「けどっ……!これは、違う!どんなにリアルでも、これは、現実じゃ、ない」

喉が痛む。引き攣るように痛む。けれど本当に痛むのは、別の場所だ。

「これは、夢だわ…………貴方も、この世界も、すべて、私の……願望」

ぴしり と、亀裂が入る、音がした。

夢の世界。偽りの空間。歪に繋げられた理。それは容易く移ろい壊れゆくもの。こうして言葉にしたら終わってしまう程、儚い。

「──ああ」

逢瀬の時間の終わりを悟って、リドルは何処か哀しげに、微笑った。

「そうだね」

ゆるり と、溶けだす。世界は滲み、全ての色が混じり合う。

「それでも僕は、会えて嬉しかったよ」

滲む世界。夢の終わり。そう、これは夢。夢には果てがある。夢は何時しか覚めるものだ。

「──たとえそれが、一夜の夢でも」

掠める様な口付け。目を閉じる暇も無く奪われ、熱すら残さず一瞬で離れゆく。声も出せず引き留める事も出来ずに手のひらをすり抜けてゆくだけ。瞬いた目蓋が開いた先に、もうリドルの姿は無かった。

「──、ばか」

『それでも僕は、会えて嬉しかったよ』

「そ、んなの……わたしだって」

目頭が熱い。喉が痛くて息が出来なくて胸が苦しくて、内側から焼け付くようだ。

「────リドル」

顔を覆ったてのひらから、一筋の光が、伝い落ちた。


この痛みが消え去る日など、来るのだろうか。

夢なんて、永遠に覚めなければいいのに。


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