×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



  帰還の報せ


目が覚めてからの一週間は聖マンゴ病院で過ごした。検査入院という名目での入院だったが、実際にはそのほとんどの時間をライムは寝て過ごした。

検査自体は三日で終わったものの、体力が戻るまでに思ったより時間がかかってしまった。始めは問診や外傷の確認、脈拍を調べるなどごく普通の流れだったのだが、後半は呪いにかかっていないか調べると言われて訳のわからない器具を取り付けられたりやたら苦い薬を飲まされたりと、とにかく散々だった。

入院が長引いたのはそれが原因なんじゃないかと、ライムは密かに疑っている。

帰還早々とんでもない目にあったが、ライムはどこかホッとしていた。
慌ただしく過ごしていれば気が紛れる。考える余裕など無い方が今は楽だった。


****


検査の結果も出て、ライムは今日無事退院した。魔法省の役人からの事情聴取を受けてから退院手続きや荷物の整理などをしていたら、あっという間に夜になってしまった。今は夕食も終わって皆それぞれの談話室で寛いでいる時間帯だからか、廊下を歩いている間ライムは誰にも会わなかった。


「や、病み上がりにはキツイ……」


長い長い階段を上がりきる頃にはライムの息は上がっていた。人間とは現金なもので、こういう時ばかりはエレベーターやエスカレーターが恋しくなる。途中何度か立ち止まって息を整えて、ライムはグリフィンドールの談話室の入口を目指す。見慣れた絵画の枠の中で寛いでいた太った婦人(レディ)に挨拶すると、彼女は目を見開いて大袈裟に声を上げた。


「こんばんは、レディ」
「はいはい、こんばん……まあ、まぁぁあ!久しぶりじゃない!!良かったわ、噂は本当だったのね!」
「ええ、今日退院したの。心配してくれてありがとう。中に入りたいんだけど、いいかしら?」
「勿論よ!合言葉は?」
「“ドラゴンの翼”」
「正解よ!」


その言葉と共に開いた隠し扉を抜けて、ライムは恐る恐る中へと足を踏み入れた。


暖炉と人の熱気に溢れた談話室は暖かく、記憶にある姿のままだった。躊躇いながらも中へ入ると、入り口近くに座っていた生徒の一人がライムの方を向く。目が合った途端、大きな声が上がった。


「ライム!?」


その場が一気にざわめく。
談話室のあちこちで思い思いに過ごしていた生徒達が一斉に振り返り、口々に驚きの声を上げた。ぎょっとして後ずさったライムにも構わずに駆け寄る生徒の群れ。一目顔を見ようと集まって来た生徒に取り囲まれて、ライムはあっという間に身動きが取れなくなった。


「本当に?本当にライムなの!?」
「う、うん」
「ダンブルドアの話は本当だったのね!良かった!」
「ありがとう、ミーシャ」
「久しぶりだな!身体の調子は?もう平気なのか?」
「ええ、検査の結果も問題無かったし、もう大丈夫」


矢継ぎ早に投げかけられる質問に答えていると、人垣の向こうから聞き覚えのある声がした。


「おーい、おい!ちょっとゴメン!ゴメンったら!通してくれよ……アッ、キーラ、ゴメン!ワザとじゃ無いんだ!本当ゴメン!……失礼!だからちょっと道を開けてくれ!僕は前に行きたいんだ……!」


良く通る大きな声と、そこかしこから上がる「痛い!」という悲鳴。ライムが何事かとそちらを見ると、人混みの中にピョコピョコ跳ねる黒髪が見えた。


「ジェームズ……?」
「ライム!本当にライムなんだね!?僕だよ!君の友達、ジェームズ・ポッターさ!ほら、シリウス!君も早くこっち来いって!」
「おい、混んでるんだから引っ張るなよジェームズ!」
「もう!君って人は……!心配したんだからね、ライム!」
「ご、ごめんジェームズ」


無造作に跳ねた黒髪。見覚えのある丸い眼鏡と悪戯っぽい瞳。人混みを無理矢理掻き分けてやって来たのは、ジェームズ・ポッターだった。ライムが反射的に謝りつつもわけがわからず目を白黒させていると、ジェームズが誰かの腕を強く引く。


「っ、痛ぇ!」


ジェームズの背後から顔を覗かせたのは、シリウスだった。少し長めの髪は人混みで乱れているが見間違えようも無い。記憶にある姿より背は高く、顔立ちはより一層整って涼やかで 随分と大人びて見える。


「……シリウス」
「ライム……!ダンブルドアの話、本当だったんだな」
「シリウス、あ、あのね……わわっ!」


ライムが何と言おうか言葉を探していると、シリウスは突然ぐしゃっと頭を乱暴に撫で回した。ぼさぼさになったライムの髪を見て、シリウスは大きな声を上げて笑った。


「ばーか。何て顔してんだよ」
「だっ、だって……」
「シリウスは素直じゃないねえ〜。ライムがいなくて寂しかった、って素直に言えばいいのに」
「ジェームズ!」
「おや、本当の事だろう?」
「言い方ってもんがあるだろ!」
「そうかい?君は照れ屋だからね、代弁してあげたのさ」
「お前の場合は面白がってるだけだろうが」
「心外だな。こんな親友思いのいい友達、滅多にいないのに」


シリウスがはぁぁ……とこれ見よがしにため息を吐くと、ジェームズは人並みに揉まれて乱れた髪をさらにくしゃくしゃにした。


「ジェームズ、髪がボサボサだよ?」
「ははっ!ワイルドだろう?」
「だらしない、の間違いじゃないのか?」
「……ふふ、確かに」
「ひどいな!ライムの顔を早く見たくてあの人波を抜けて来たのに!もっと褒めてくれたっていいんじゃあないかい?」


そう言って怒るジェームズの様子に、周りで見守っていた生徒たちが一斉に笑う。離れていたのは4ヶ月程度なのに、こうして言い合うやり取りが物凄く懐かしいものに思えた。グリフィンドールのみんなは優しく、こうして突然戻ったライムを当たり前のように受け入れてくれた。そのことに、ライムは泣きたくなるくらいホッとした。


不意に、背後で入り口の扉が開く音がした。次いで聞こえた話し声に 誰かが戻って来たのかな、とライムが思っていると、ドサッと重いものが床に落ちる音がした。


「……嘘」


響いた声に、談話室は水を打ったように静まり返った。

ライムがゆっくりと振り返り、周囲の視線の先を辿ると、そこにいたのは。


「リリー」


唇はわななき、震え、引き結んだ隙間から声にならない声が漏れていた。顔は髪にも負けないくらい真っ赤で、瞳には今にも零れ落ちそうな程の涙が揺らいでいた。


「────ライム」


リリーは駆け出し、真っ直ぐライムに手を伸ばす。それを全身で受け止めて、二人は同じ影を踏んだ。

ギュッと。強く強く、渾身の力で抱きしめる。

想いは言葉にならなかった。痛いくらいに抱き寄せて、お互いの存在を確かめる。ライムより幾分高い目線を見上げると、綺麗なグリーンの瞳からぼろりと大粒の雫がこぼれた。


「馬鹿っ……!ライムの馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
「……うん」
「どれだけ心配したと思っているのよ!馬鹿っ……」
「うん。……うん。リリー、ごめん」
「馬鹿ぁっ……」
「……ありがとう、リリー」


くしゃくしゃの顔で、笑った。


「んー、なんだか全部持っていかれちゃったね」
「……まあ、いいんじゃねえの」
「おや、大人だねえシリウスくん」
「そのしゃべり方やめろ。ほら、派手に祝うんだろ?」


ニヤリと笑ってシリウスが後ろを指すと、談話室の入り口を登ってくるリーマスとピーターの姿が見えた。その二人の腕にはこぼれ落ちそうなほど沢山の食べ物が抱えられている。


「バタービールとお菓子、沢山貰って来たよー!」
「食事もあるよ!お祝いだ!」


リーマスとピーターがテーブルの上に勢い良く広げた食糧を見て、周囲から拍手と歓声が上がる。

ピュゥ、と口笛を吹くジェームズにニヤリと笑うシリウス。顔を輝かせるピーターに、優しく微笑むリーマス。真っ赤な顔のまま少し恥ずかしそうにはにかむリリー。


その全てが懐かしく、愛おしく思えた。


「お帰り、ライム」


返す言葉は、ひとつ。


「────ただいま、みんな」


prev next

[back]