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  かがみの、むこう


どれ程焦がれ、どれ程渇望したか。

捨て置けばいいとわかっているのに諦め切れない感情に、どれ程苛立ち藻掻き苦しんだのか。

足掻いても手の届かない未来を求めて藻掻く内に、何時しか見失ったものがある。

────それを君が知るのは、どれ程遠い未来なのか。


(見えるけれど、触れられない)


カツカツと、鈍い靴音が響く。
人影は一つ。緩やかな闇をその背に纏い、日も暮れぬ内から既に人通りの無い廊下を歩いてゆく。

昼間でも薄暗い廊下には光源となる灯りも松明も無い。天井付近まで届く程大きく、等間隔に立ち並ぶ窓から射し込む光が石畳に格子模様を描き、余計にその暗さを引き立てていた。

────カツン、カツン。
靴音は硬質で規則的に速く、何者も近寄らせず跳ね除けて行く拒絶の心のままに響く。見慣れた景色を抜け、奥へ 奥へ、ひたすらに。見知らぬ絵や扉の立ち並ぶ廊下を通り過ぎ、城の奥へと進んで行く。目的があって歩いているわけではなかった。ただひたすらに、当ても無く歩くだけ。

ぐるぐると激しく、けれど静かに。内側に消化しきれない感情が渦巻いている。気を緩めれば溢れそうになる程張り詰めた感情に、気づかない振りをして。逃れるように自然と、足は人気の無い方へと向かっていた。
立ち止まり、体の向きを変えた拍子に床と皮靴とが擦れて、きゅっと小さく音を立てる。そんな些細な音すらも、今のリドルには不快だった。


宛ても無く歩いている内に、いつしか迷い込んだ廊下。黒いドアの先にあるのはかつて自分が作り出した蔦の橋。広大なホグワーツ城の奥深くにひっそりと隠された場所。
細長い通路の向こうにある、重厚な扉。年季を刻んだそれは深くくすんだ色をして、ただ静かにそこに在った。そっと手を伸ばして取っ手に触れる。冷たい金属。手に馴染むそれをゆっくりと回せば、カチャリと小さく音を立てた。鍵はかかっていなかった。あの日の、ままに。

────ぎぃ と軋む音を立ててゆっくり両開きの扉が開く。

隙間から光が漏れる。ゆるりと流れ出す籠もった空気に目を細めて、扉が開ききるのを待った。

(何を期待しているんだ)

過ぎった疑問。それを瞬きひとつで無視して。扉を抜けて、リドルはゆっくりと踏み出した。

「っ、」

目の前に広がる、見覚えのある景色に ほんの一瞬、呼吸が止まる。
眩暈にも似た感覚が身体を駆け抜けた。数瞬躊躇って息を吐くと リドルは導かれるように一歩、踏み出した。

広い部屋の中央に鎮座するのは、あの日見た大きな鏡。
ゆっくりと、それに歩み寄る。
歩を進める度に埃が舞い上がり、毛足の長い絨毯が足音を飲み込み沈む。

「っ、これは……」

そっと、鏡に触れる。長くしなやかな指先を這わせれば、鏡に映る自分も辿るように同じ動きをした。
埃ひとつ無い鏡を何度か撫で、指を這わせたままゆるりと視線を上に移すと、金色の枠に彫られた古い文字が目に入った。

‘Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi’

異国の文字にも似たアルファベットの羅列。そのまま読んでも意味を成さない。正しくは、

“I show not your face but your hearts desire”

『あなたのこころの、のぞみをうつす。……それが、この鏡』

“のぞみ”

何時しか聞いた懐かしい声が頭の中で再生される。その言葉に導かれるように────傍らへ、目を向ければ。

そこには鏡の中の自分と、肩を並べて滲むように微笑む、彼女の姿。

「────っ!! 」

ぶわぁっ と。
感情が沸き上がり瞳孔が開く。
好意、憧憬、執着、苛立ち、渇望。封じていたはずの感情。その全てが混じり、うねり、奔流となって駆け上がる。


胸を突き破るような、激情。

────ダンッッ!! と。
力一杯、拳を振り下ろした。


ビリビリと鏡が衝撃に震える。


鈍く、痛む。
そのままずるずると鏡の前に力無く蹲り、項垂れた。
しん と、痛い程静まりかえった室内に響く荒い呼吸。

割れる事無い鏡の中で、世界から消えた少女は、なおも哀しげに微笑んでいる。

「こんな、もの……っ!! 」

何が、望みだ。
鏡の向こう側で、触れる事さえ叶わない。言葉も交わせず、指先の温度すら伝わらない。決して交わる事が無い。何もかも。こんな事、自分が望むものか。

認めない。
認めない。
認め、ない。

ぎりりと、握りしめた掌に爪が食い込み、血が滲む。抉るように深く、深く。
痛みは感じない。もっと痛む、場所がある。

こんな事を望む筈が無い。

────なのに、何故、どうして、こんなにも胸が痛い。

胸が詰まって、息が詰まって、ぐちゃぐちゃで。行き場の無い感情が身の内を食い破るように暴れ回る。


けれどそれを治める術など知らない。
こんな感情は、知らない。


────わからない。
気持ちを持て余して、酷く不快だ。


(君が変えていったもの)


鏡の向こう側に君はいない。
手の届かない、遠い、遠い、時の、向こう側。

そこに君が居るのなら、僕は。


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