×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



  闇の彼方へ逃避行


「城を抜け出す? 」

ライムの提案を聞いたリドルは軽く目を見開いた後、賛同しかねるとばかりに顔を顰めた。

眉間に寄せた皺が普段の造り上げられた柔和さを打ち消し近寄りがたい厳しさを増すけれど、その怜悧な美貌を損なう事は無い。いつ見ても綺麗な顔だと思いながらライムがぼんやりしていると、ぱしりという軽い音を立てて頭を叩かれた。痛い。

「抜け出すって……正気かい?  誰かに見つかりでもしたら厄介な事になるよ」
「もちろん正気だよ」
「……そうは思えないけど」
「慎重だね」
「当たり前だろう。折角今まで積み上げてきた僕の信頼に傷が付く様な事はご免だ」

鼻を鳴らして少し馬鹿にしたように笑う。そんなリドルにむっと頬を膨らませてライムは小声で毒づく。

「猫かぶり」
「何とでも」
「地獄耳め……。ま、でも見付からなければいい話でしょ。夜だから城さえ出てしまえば人目には付かないもの」
「……簡単に言ってくれるね」
「あら、まさかリドル、自信無いの? 」

ライムが挑発する様に笑うと、ぴくり とリドルの柳眉が上がった。

「────馬鹿言わないでくれるかい? 僕がその程度の事、出来ないはずが無いだろう」

すぅっ と目が細められ、一瞬にして声の温度が下がった。
多少機嫌を損ねてしまったけれど、どうやら乗せる事には成功したらしい。予定通りだ。にっこりと、ライムは笑う。

「それでこそ、リドルだね」


****


闇に乗じて城を抜け出し、人影が無い事を確認して一気に駆ける。

はためく漆黒のローブ。今窓から校庭を眺める者がいたとしても、誰も二人に気付きはしないだろう。互いに掛けた目眩まし術のおかげで人目にとまる事は無いからだ。

本来高度で複雑な目眩まし術も リドルにかかれば容易い。
ライムも最初は自分で掛けたのだが、完璧主義者のリドルにすれば少し甘かったらしく、散々ダメ出しされて許可が出るまで特訓させられた。最終的にリドルの「まぁいいだろう」の声でようやく外に出ることが出来たのだ。全く、どこまでも容赦の無い男だ。

月影がはっきりと陰影を描き、闇はより深く影を落とす。風に乗って香るのは、草や土の匂い。昼間に香るそれとは違う────しっとりと濡れた夜の匂いだ。

「リドル、こっち」

指し示した先にあるのは立ち入り禁止の森。鬱蒼と生い茂った木々は濃密な草木の匂いを漂わせ、そこが人の立ち入るべき場所では無い事を告げている。指された方向を見て、リドルは僅かに眉を顰めた。

「禁じられた森に行くのかい? 本当に、一晩中に戻れるんだろうね? 」
「大丈夫大丈夫。リドルなら戻れるよ」
「僕“なら”? 」

リドルが問う視線を前に立つライムに向けても答えず、曖昧に微笑むだけだった。

「大丈夫。そんなに時間はかからないよ」

この少女は案外強情だ。それはこの数ヶ月で良くわかっている。これ以上追及してもきっと望む答えは得られないだろうと判断して、リドルは渋々口をつぐんだ。


****


「これ、は────」
 
森に踏み入って、どれくらい経った頃だろうか。ライムの先導で真っ暗な森を歩いた先に、突如として大きな青い湖が現れた。驚いてリドルが歩を止めると、ライムは振り返って得意げに微笑んだ。
湖面は月光にキラキラと輝き、時折吹く風が漣を起こす。見る角度によって色を変える水は透き通って美しく、幻想的だ。先ほどまでの刺すような冷たさも消え、春のように暖かかった。

「綺麗でしょう? 何故かは知らないけど、この湖の水は真っ青なんだよね。見る角度で色も変わるし、面白い湖なのよ」
「へぇ……よく見つけたね。貴重な動植物も多いようだし……不思議な場所だ」
「そうなの。気温も高いから、この辺りだけ季節がズレているみたい」
「成る程ね。……で、そろそろ此処に来た理由を話してもらえるかい? 」
「……知りたい? 」
「────いい加減僕だって怒るよ。まさか理由も無く僕に規則まで破らせてこんな暖かくも無い季節の真夜中に禁じられた森の奥深くまで連れて来ただなんてふざけた事、言わないだろう? 」
「……も、もちろん。ちゃんと理由ならあるよ」
「何? 」
「ちゃんと、話しておきたい事があるの」

纏う雰囲気が、変わった。

ライムはひとり浅瀬に踏み込むと、ぱちゃぱちゃと、水音を立てて歩く。靴は水に浸りローブの裾は濡れたがライムはそれを意に介さない。じわじわと濡れた染みは広がるけれど不思議と水は冷たく無かった。

リドルは止めない。警戒した、険しい表情を浮かべて じっとライムを見つめている。 

「────まずはお礼を。いっぱい迷惑かけたけど、いっぱい助けてくれてありがとう」
「……何で、急にそんな事を言うの? 」
「どうやら私は、シンデレラだったみたいなんだよね」
「……は? 」
「はじめから、リミットがあったんだよ」

煌びやかなドレスを着て舞踏会で王子様と踊ったシンデレラ。12時の鐘が鳴るまでは、自由。それまでの暮らしを忘れて一夜の夢を見ることが許される、時間制限付のお姫様。

実際には、相手は王子ではなく未来の闇の帝王だったし、夢のような時間とは遠く、すべてにおいて命がけだったけど。

でも、それでいい。私はお姫様では無いのだから。

“12時の鐘が鳴るまで”

ライムにはシンデレラの様に明確な時間制限があったわけではない。逆転時計を使ってきた訳でも無い以上、元の時代に戻れるかどうかもわからない。けれど徐々に此方に慣れゆくにつれ、離れ難さを感じてきて。リドルと接する時間が長くなると共にじわじわと生まれた、焦り。

あれ程元の時代に帰る事を望んでいたのに、何時しか迷いが生じた。

でもどちらにしろ、選択肢など無かったのだ。
起こった変化に、それを嫌という程思い知らされた。口を挟もうとしたリドルを制して、ライムは足元を見るようにと目線で示す。


揺らぐ水面。

その、先には────影が無い。つまり、

「────お別れだよ、リドル」


緩やかに、ライムは笑った。


(一方的だと、貴方は怒るだろうか)


prev next

[back]