×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



  シンデレラタイムの終焉


誰もが寝静まった真夜中の自室。
窓から射し込む月光に青白く染まる室内は明るい。目は冴えて、とてもじゃないが眠る気分にはなれなかった。ベッドから静かに抜け出し、窓辺に置かれた椅子に腰掛け、ライムは渦巻く疑問を繰り返す。

私は、何から逃げているのだろう。

閉じた目蓋の裏に浮かぶのは、この数ヶ月で目の当たりにした リドルの姿。

人好きのする笑顔。握ったてのひら。優等生然とした受け答え。面白がる目。探る問い掛け。人を見下す事に慣れ切った、温度の無い表情。昏い愉悦に満ちた瞳。苛立つ声。警戒する視線。拒絶の声。触れた手の熱。熱っぽい表情。優しい微笑み。

それを、知ってしまった。

何も知らなければ、本の中の知識のままでとどめて置けば、こうして心を乱すことも、迷うことも無かったのに。

リドルは生きている。生身の人間として、ライムの目の前にいる。触れればあたたかく、話しかければ答えもする。悩むことも迷うこともある。
それは人であれば当然のことなのに、あの男────トム・リドルが、そういった“人間らしい”一面を持っているという事実は、ライムを思いの外困惑させた。

共感なんてする余地も無いと思っていた。否、そんなこと思いつきもしなかった。
だって、この人は人を殺すのだ。今はまだ殺していなくとも、未来で、必ず。躊躇いも無く、己の目的の為に他者を虐げ、手を下す。その方法が直接的なものであれ間接的なものであれ、人の命を奪うことには代わりが無い。

どうして。どうして此処に来てしまったのだろう。

知りたくなんて無かった。こんな風に苦しむのなら。
知らなければ迷わなかった。知らなければ、悩まなかったのに。

自分の気持ちに素直になれたら、どんなに楽か。ダンブルドアの指摘が胸に重くのしかかる。留められるものではない。けれどこの想いは、留めなくてはならない。

────だってリドルは、リリーを殺す。

ジェームズも、セブルスも、間接的にはレギュラスさえ。シリウスやリーマスやピーター、本には出て来なかった名も知らぬ人々も、全て。全てが狂う。

全ての、元凶。
それが、トム・マールヴォロ・リドル。

寄りにも寄って、私は、その人を。

「リドルを……私は、」

唇を噛み締めて、言葉を飲み込む。
もう、答えは出ていた。ただそれを認めるのが怖かっただけで。

「……結局、ダンブルドアの言う通り、か」

自嘲とも苦笑ともつかない笑みを漏らして、ライムは椅子から立ち上がろうと窓枠に手をかける。ふと手元を見ると、窓に這わせた指先が、微かに透けて見えた。

ぴくりと、その動きが止まる。

月の光に翳して見ても、やはりその指は微かに透き通って見えた。目を凝らして見なければわからない程度の変化。でも、これは。

「───時間、か」

込み上げてきたものをぐっと抑える。喉の奥が引き攣る。泣きたいのか、嬉しいのか、自分でもよくわからなかった。ただ 鏡のような窓に映る自分の顔が、酷く情けなく見えた。


はじめから、わかっていた事じゃないか。


来たのが突然ならば、逆もまた……こうして予兆が見られただけでも、よしとしなければ。

「持って一日、かな……」

正確な時間はわからない。けれど不思議と確信していた。それ以上は、持たないだろう。

終わりが近い。

ならばひとつ、やらなければならないことがある。どうかそれだけの時間くらいは残しておいて欲しい。

「……本当に、残酷だね」

理不尽でも、どうにもならない。出来るのはただ、受け入れる事だけ。

緩やかな光を放つ月を見上げて、ライムは祈るようにゆっくりと目蓋を下ろした。


prev next

[back]