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  扉の先にあるもの


午後一番の薬草学の授業が終わり、教授に礼を述べてから ライムは温室を後にする。なんとなく一人になりたくて、「教授に質問があるから」と尤もらしい理由を付けてロゼッタ達には先に行ってもらった。

沢山の教科書で重くなった鞄を胸にしっかりと抱えると、凍えそうに冷たく身を切る風にさらされる校庭を早足に抜けて、ライムは城の中へ駆け込む。休み時間は残り少なく、行き交う生徒は皆足早に歩いている。石造りの建物だから隙間風は吹き込むものの外に比べればまだあたたかい。寒さに強張った身体の力を抜いて、ライムは地下へと歩き出した。

次はスリザリンと合同の魔法薬学だ。思い出すだけで重くなる足取りを何とか速めてライムは廊下を進む。肩に掛け直した鞄の紐が重さで食い込み、少し痛んだ。

「ライム」

地下への道程を半分ほど歩いた頃、前方から名前を呼ぶ声がした。
ライムはゆっくりと、落としていた視線を徐々に上へと上げていく。削れておうとつの薄れた石畳。古いけれど手入れの行き届いた革靴。皺の無い制服。見慣れた黒のローブ。

「珍しくギリギリだね。次は合同授業だろう? 行こうか」

何事も無かったかのように、いつも通りの態度で話し掛けてくるリドルに、思いの外、動揺した。ダンブルドアの言葉が頭から離れない。返事を返すタイミングを逃し、不自然な沈黙が落ちる。

「ライム? 」

聴こえていないのかと、首を傾げたリドルが近付いてもう一度名前を呼ぶと、ライムはびくりと身体を震わせた。リドルは咄嗟にその手首を掴む。すると大袈裟に体を強張らせた。やはり今日のライムは様子がおかしいと、リドルは確信した。

「な、に? リドル」
「……何かあったの? 様子がおかしいよ」
「別におかしくなんか無いわ。気のせいじゃない? 」
「じゃあ、どうして目を見ないんだい? 」
「見てるよ」
「見て無い」
「どうして、そんな! 」
「ムキになるんだい? 」
「っ……! 」
「ほらね、やっぱり変だ。何かあったんだろう? 話してご覧」
「────嫌! 」
「ちょっ……ライム! 」

腕を掴む力が緩んだ隙を突いて、するり と指の間から抜け出した。

「待って! 」

止める言葉に振り返る事無く身軽に駆け出し、ライムは行き交う人の波を擦り抜けてゆく。見る間に遠ざかるその背を、リドルは一拍遅れて追いかけた。


バタバタと反響する足音。呼び止める声には押し殺した緊迫感が滲む。
その場に似つかわしく無い騒々しさに周囲の人間は一体何事かと歩みを止めて振り返るが、その声の主がトム・リドルだとわかると皆一様に目を見張った。

途中、左右から引き止めるように掛けられる声に短い謝罪を返しつつ走り続けるも、廊下は教室移動で行き交う生徒で溢れているため思うようには進めない。見る見る離れる距離に苛立ちを募らせ、その表情は険しくなっていった。

「っ……くそっ! 」

そして遂に、吹き抜けまで来た辺りでリドルはライムを見失った。

「……っく、はぁ……」

リドルは立ち止まり、壁に手を着き荒い息を整える。

滅多に見られないその様子に困惑と好奇心の入り混じった目が向けられる。ヒソヒソと囁かれるその内容までは聞き取れ無くとも大体の予想はつく。噂好きなホグワーツの生徒の事だ。明日には学校中に知れ渡っているだろう。その前に手を打たせなくては。

面倒だと内心舌打ちしつつ、リドルはその場を離れるべく早足に人気の無い方向へと向かった。先程よりは歩調を緩め、けれどそのまま歩みは止めずに考える。

先程の発言。状況。走り去った方向。ライムの性格。
それら全ての情報から、可能性が高い行き先を瞬時に弾き出す。

寮に戻った?
いや、負けず嫌いで無駄にプライドが高いライムの事だ。しばらく一人になりたいと考えるはず。ならば寮や教室、大広間は除外される。
禁じられた森はどうだろうか?
身を隠すにはもってこいの場所だが、人目につきやすい昼間からわざわざ遠い森には行かないだろう。咄嗟に身を隠すなら、人気の無い上階へとまず向かう可能性が高い。

そこまで分析して、瞬時に浮かんだ幾つかの候補を頭に、リドルはゆっくりだった歩調を速めた。


****


城の八階。馬鹿のバーナバスのタペストリーの前。
何の変哲も無い石壁に、見慣れない────いや、リドルにとっては見慣れた扉があった。

『必要の部屋』

彼女はそう呼んでいた。
ホグワーツの事には精通している自分ですら見つけるのには時間がかかった部屋。編入して間もない彼女がどうやってこの部屋を見つけたのかは大いに疑問だが……それは追々聞けば良い。恐らく此処が一番可能性が高い場所だろう。

だが、開くだろうか?
この部屋は先に入った人間の望みを反映する。彼女が誰も入れたくないと願えば いくら自分でも中に入る事は出来ないかもしれない。ドアを破壊するなら話は別だが、音で誰かにばれる恐れもあるし 何より便利なこの部屋は何かと有用だ。その方法は出来れば避けたい。

ゆっくりと、力を込めて扉を押す。
するとギィ……と石の擦れる音と共にゆっくりと扉は開いた。

驚きと共に一歩踏み入ると、そこには予想外の光景が広がっていた。

目の前には、ドア。
それを開くと、真っ直ぐに続く廊下と、左右にびっしり配置された様々なデザインのドア。

「成る程、ね。…………一筋縄ではいかないか」


****


ドアを開けて、また開けて。入り組んだ廊下を進み、鍵を解いて奥へと歩く。その構造の複雑さに比べ、最後のドアは酷くシンプルなものだった。

ドアの先にあったのは小さな部屋。
簡素なベッド。小さな本棚。小さな机。棚の上に飾られた写真の中身は動かない。可愛らしい雰囲気の部屋は魔法界のものとは程遠く、窓の外には夕暮れの見慣れない街並みが広がっている。

不思議な形の椅子に腰掛け、窓の外を眺める見慣れた後姿に、リドルは足音を消さずに歩み寄る。

「────いいの? 優等生が授業さぼって」
「気分が悪そうな君を医務室へ連れて行くと、此処へ来る途中に伝言を頼んだからね。サボりにはならないよ」
「相変わらず悪知恵は働くのね」
「心外だな。君の事もフォローしてあげたのに」

ライムは窓の外を見ている。その横顔を射し込む夕陽が朱色に染め上げる。いつに無く、大人びた表情だった。視線を動かさないまま、ライムは口を開いた。

「よく、此処へ来られたね」
「それは、君が此処にいるとわかった事? それともこの部屋にたどり着けた事かい? 」
「両方、かな」
「……迷宮みたいだったよ」

複雑な迷路。来る者を拒絶するか受け入れるか、迷った心がそのまま反映された道。それを創り出したのは、ライム自身だ。

「本当は、見付けて欲しかったんだろう? 」

その問いに、返事は無い。探るように一歩、リドルはライムに歩み寄る。

「君が本当に拒否していたのなら、僕はこの部屋に入る事が出来なかったはずだ。けれど、ドアは開いた。その先がどんなに複雑な作りの迷宮になっていたとしても、一度招き入れれば僕は必ず此処へ辿り着く」

息を吸い直して、言葉にする。

「────君は僕に惹かれている」
「違う」
「否定しても無駄さ。現に僕は此処にいる」

肩を竦めて、リドルは部屋を見回す。ホグワーツとはかけ離れた雰囲気の部屋。リドルが知っているのは、生まれ育った孤児院とホグワーツ城だけだが、ここはそのどちらにも似ていなかった。

「この部屋は君の部屋? 」
「そうよ」
「マグルのもの……にしても、違和感を覚えるんだけど」
「……でしょうね」
「君は一体、何者だ? 」
「それを聞いて、どうするの? 」
「質問しているのは僕の方だ」
「でもそれに答える義務は無いよ」
「ならば拒否すればいい。此処は君のフィールドなんだから。僕を排除しようと思えば可能なはずだろう」
「────知って、それが何になるの?私が何者かわかったら、貴方はそれで何か変わるの? 」
「“変わらない”と言って欲しいのかい? そんな気休めの言葉に意味があると? …………馬鹿馬鹿しい」
「……違うわ。ただ、」
「君は何を恐れている? 変わること? 」
「わからない」
「嘘だね。わかっているくせに。君は、自分の気持ちを認めることが恐いんだ」
「違う」
「違わない。もう、待たない」
「リド、ル」
「ライムは僕の事が」
「それ以上言わないで……!! 」

言葉の続きを叫びで遮る。認めたも同然だった。けれど言葉にするわけにはいかなかった。だって、言葉にしたら、もう誤魔化せない。認めたら、駄目なのに。

「……お願いだから、言わないで……」

俯いた顔を長い髪が覆い隠す。声は情けないくらい震えた。それでも、これだけは譲れなかった。

「逃げても 無駄なのに? 」
「……逃げる? 」
「現実から逃げて、君は何処へ行くつもりだい?目の前の事から目を逸らして、どうしたいの? 」

現実。
ここが、私の。私にとっての、現実。
元の世界でも、元の時代でも無く、今この時間が。

「……やはり君は、肝心なところで躊躇うね。僕が前に君に言った言葉を覚えている? 」
「……ええ」
「“迷いは人を弱くする”特に、君の場合は。……見逃してあげるのは、今日で最後だ」

その言葉を置いて、リドルは立ち去った。ローブを靡かせ踵を返す、その背中に……何も言う事が出来なかった。あの日と関係性は変わっても、答えは未だ見つからないまま。

「……馬鹿みたい、私」

現実から逃れて来た先で、こうしてまた現実に捕われる。

思うように生きたいのに、思うように生きられない自分が無力で歯痒くて、たまらなくもどかしかった。


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