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  見通す人と拒む人


コポコポと、紅茶を注ぐ落ち着いた音がする。

ふわりと辺りに立ち籠める茶葉の香り。落ち着いた光沢を放つマホガニーの机には二組のティーカップと、籠にぎっしり詰め込まれた色とりどりのお菓子が置かれている。
端に追いやられた羊皮紙の束は魔法が掛けられているのか、不自然なバランスを保っており、積み上げられた分厚い本たちと共に大小様々な塔を形作っている。

初めて訪れたダンブルドアの私室は暖かく、見慣れぬ不思議な道具に溢れていた。


緊張しながらふかふかの肘掛け椅子に腰掛けていると、授業ではないのだからそんなに緊張しなくても良い、と笑われてしまった。ライムはそれに曖昧に笑って返すも、やはり緊張はする。

何で呼ばれたんだろう。特に問題は起こしていないはずだ。編入してきた事情が事情だけに目を付けられてしまうのは仕方のないことだろうが、別段不自然な行動はしていない。
単に近況報告をしろ、ということかもしれないけれど、相手はダンブルドアだから緊張する。何にせよ、うっかり未来のことを必要以上に話してしまわないように気をつけなくては。

「今日は呼び出してしまってすまなかったね。何、そんなに緊張することは無い。君がここに来てから大分経ったが、学校生活はどうか聞いてみたくてね。さぁ、遠慮せずに好きなだけ飲んで食べて欲しい」

ありがとうございます、とライムが礼を述べて受け取ると、ダンブルドアは嬉しそうにニッコリと笑って自らのカップに口をつけた。

軽く息を吹きかけてカップを傾けると、程よい渋みが口いっぱいに広がった。マスカットにも似た香り。ああ、これはダージリンだろうか。あまり紅茶には詳しくないが、こちらの世界に来てからはよく飲むようになったから、多少の区別ならばつくようになった。あまり自信はないけれど。

「どうかね? 」
「美味しいです、とても」
「そうか、それは良かった。このクッキーも絶品なんだよ。お一つどうぞ」
「はい、いただきます」

問われるままに答えて、笑って、質問して、合間には紅茶を飲んで。そうして続いた他愛のない雑談のおかげか、数十分も経つ頃にはすっかりライムの緊張は解れていた。

会話の内容は授業についていけているか、とか友達は出来たか、とか、そういった他愛のないもので、ダンブルドアなりにライムを心配してくれているようだった。

「ところで、ライム。トムと君は、随分と仲が良いようだね」

まっすぐに向けられた水色の瞳。唐突に出てきた名前に、ライムは無意識に呼吸を止めていた。

「は、い。特別親しいわけではないですけど、スリザリンとは合同授業が多いですし、何かとお世話になっています」
「そうかそうか、それは良かった。最初にトムに君の面倒を見るよう頼んでしまったが、君とは寮が分かれてしまったからその後も仲良く出来るか少し心配していたんだよ」
「リドルは……面倒見もいいですし、スリザリン生ですが、寮に関係なく接してくれます」

探るような質問に、ライムもつい慎重に当たり障り無い言葉を選んでしまう。何故急に、こんなことを聞くのだろう。

真意が、読めない。

「ライムは、トムのことをどう思っているのかね」
「……どう、とは? 」
「異性として、好ましく思っていないかね? 」

ドキリ、と心臓がはねた。
何故。何故、そんなことを、ダンブルドアが?
疑われているのだろうか? それとも、感づかれているのだろうか? リドルを、嫌えないということを。そんなまさか。外からわかるはずがない。いや、そもそもライムは、リドルのことをそんな風に見ているわけではない。

違う、違う。そんな風に見てはいない。

────見てはいけない。

「あはは、何を言うんですか。違いますよ。確かにすごい人だな、とは思いますけど、私は、別に。そんな風には」
「すまない、不躾な質問だったかね……少し、聞き方を変えようか。……君は、気付いているのではないかね。リドルの、本性に」
「本、性」

何を、言い出すのだ。この人は。

「私はトムがホグワーツに入学する前から、彼を知っている。トム・リドルは眉目秀麗、品行方正、才色兼備。寮の内外からの評価は高く、教師からの信頼も厚く、ホグワーツ始まって以来の秀才と言われている。そんな彼に好意を寄せる者は多いしそれに多少なりとも答えることもある。けれどトムが本当の意味で他人を信じたり、その心の内をさらけ出すことは無い、と言っていいだろう。しかし、君に対しては違った。先日君が吹き抜けから落ちた時、トムは形振り構わず君を助けた。……トムがあそこまで必死になった姿を、私は見たことが無い」

言葉を区切って、ダンブルドアはライムの目を見つめる。

「あそこまでトムに近づいて、トムをただの優等生だと信じているとは思い難い。知った上で傍に居るのなら、君はトムを好いているのではないかと、そう思ったのだ」
「……違う。違いますよ、ダンブルドア。私は……いえ、確かに、私はリドルが皆の言うような優等生ではない事を 知っています。けれど、だからこそ、リドルを好きにはならないんです」
「……そんな顔で言っても、説得力は皆無じゃよ、ライム」

泣きそうじゃ、と。眉を寄せて困った顔でダンブルドアは言った。

差し出されたハンカチは受け取らず、ライムはローブの裾で乱暴に目じりを拭う。泣いてはいない。泣きたくなんか無い。

「酷い質問だったかもしれん。でも、知っておきたかったのじゃ」
「知って、どうするんですか」
「……君は恐らく、トムの将来に影響を与えるだろう」
「……影響? 」
「良いか悪いかはわからぬ。しかし、トムに影響を与えることが出来る人間は、酷く少ない。心を動かす人間となればさらに希少だ。君ならば……トムを変えられるかもしれん」

変えられる? 私が、リドルを?

そんな、馬鹿な。

あの人がそんなに容易く変わるものか。他人を変えるなんて、そんな考え、傲慢じゃないのか。

「君はどうして、トムへの想いを否定する? 」

再び否定しようとして、息を吸って、やめた。
否定しても、もうきっと意味が無い。この人は確信を持って聞いている。推測を確かなものにするために、今日此処へライムを呼んだのだ。

「────全部、お見通しだってことですか」
「いや。全てではない。私はただの人だよ、ライム。君よりほんの少しばかり長く生きておるが……万能ではない。しかし、見ていればわかることもある。推測にすぎんがの」

伏せた目を、真っ直ぐに向けて、ダンブルドアは問いかける。

「君はトムを慕っておる。違うかね? 」

確認のように、問うてくる。真正面から見つめてくる瞳にはどこか哀れみのようなものが見える気がして、見ていたくなくて、ライムはそっと目を閉じた。

ゆるゆると、息を吐く。

「……その質問には、答えられませんよ、ダンブルドア」
「なぜ、と聞いても? 」
「認めてしまえば、真実になる。私の頭の中でぐるぐると悩んでいる時点では、まだ何も決まってなんかいないんです。けれど、口に出して、認めてしまえば、その言葉は真実になる。私はそれが、恐いんです」
「人は生きていれば必ず誰かを好きになる。それが友愛であれ恋愛であれ、自然な感情じゃよ。恐れる必要が何処にある」
「けれどリドルは違います。今、人並みの愛情を欲しがってもいない人に、そんなことを言って何になるんでしょうか」
「欲しがっていないと、どうして言える? 頑なに心を開かぬトムが、君を受け入れようとしている。それがどういうことかわからぬ君ではないじゃろうに」
「それでも、出来ません。
……それに、私、何時まで此処にいられるのかもわからないんですよ? たとえ、想いが通じ合ったとしても、私がいなくなったらどうなるんです」
「人は誰でもいなくなる。生き物である以上誰もが死を迎えるし、明日いなくなるかもしれないのは、君だけではないのじゃよ、ライム。この世に確かなことなど一つも無い」
「……わかっています。けれど、けど、私はそのことをリドルに話せない。未来から来たことも、何時戻るのかわからないことも、全て。あの人に知らせることが、出来ないんです」

告げたら未来が変わってしまう。
原作には存在しなかった私が此処にいる時点で、既に変わってしまっているのかもしれない。けれど、告げたら確実に変わってしまう。
死なずに済むはずだった人さえも、死んでしまうかもしれない。

それが、たまらなく恐いのだ。

「……ライム」

確かに、人は皆いずれ死ぬ。前兆なんて無く、あっさりと。それは私も他の人も皆同じだ。たしかにそうだ。私がいなくなることも、それと同じなのかもしれない。けれど、

「一度手に入ったものを失うことほど、つらい事は無いのに」

初めから持っていないのと、持っていたものを失うのとでは意味が違う。

手のひらの上にあったものを失う。それはどれ程つらいだろう。

あれだけ頑なに他者が自分の心に踏み込むことを拒む人が、一度でも心を開いてくれたのに、それを踏み躙るような事が出来るはずが無い。

「“未来で会えるから、どうかそれまで待っていて”とでも言うんですか? ……そんなこと」

言えない。
言えない、言いたくない。

約束も無いのに、待たせるのか。待った所で、叶えられるかもわからないのに。

叶わない約束なんてしたくない。そんな残酷なことが出来るはずが無い。
確証の無い言葉ひとつで、あの孤独な人を、何十年も待たせるのか。

────独りきりで。

それはあまりに、惨い。

「だから私は、リドルのことを好きではありません。好きになれない、なっちゃいけないんです」

視界は滲んでぼやけて、上手く見えなかった。それでも泣かない。泣いたって、どうにもならない。

噛み締めた唇が痛む。
いつの間に移動したのだろう。テーブルを挟んで向かい合っていたはずのダンブルドアが、ライムの横に立っている。優しく背を撫でるその手のひらのあたたかさに、胸が詰まった。

「……それほどの想い、言葉で留められるものではない、と私は考えているよ」
「そうだとしても、私はそれを留めなくてはならないんです」


****


「君の“のぞみ”は何かね」

失礼します、と小さく退室の礼を告げて踵を返したライムの背中に 投げかけられた問い。

それに歩みを止めて振り返らないまま、「平穏です」と答えた。

「私ののぞみは、今あるものを、これ以上失わないことです」


だから、これ以上は望まない。


(望めない)


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