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  振り子の心


「ライム、どうしたの? 貴女昨日から変よ。何かあったの? 」 
「────へっ? 」

魔法史の授業が終わり、時刻は丁度昼食時。他の生徒たちより遅く教室を出て、ロゼッタと二人大広間へと向かうべく廊下を歩いている途中で、心配そうに顔を覗き込んでくるロゼッタにライムは間の抜けた声で返事を返した。

「ほら、今もボーっとしている」 
「あ……いや、その、何でも無いの。ちょっと考え事をしていただけだから」
「……そう? 本当に? 貴女魔法史の授業中私が指摘するまでずっと変身術の教科書開いていたし、朝食の時なんて牛乳と紅茶を間違えて飲んで火傷していたじゃない」
「うっ……それはその、寝ぼけてて……昨日あまり良く眠れなかったから」
「なら、いいんだけど……今日は早めに寝るのよ? 」
「うん。心配してくれてありがとう、ロゼッタ」

誤魔化すように微笑んで、ライムは再び歩き出す。

ロゼッタの指摘は間違っていない。昨日からずっと、気付けばリドルの事ばかり考えている。

だって、どうして、あんな────
あまりに真剣な表情をしていたから、目を逸らす事も出来なかった。

熱っぽい瞳。余裕の無い声。髪を撫でる優しい手。頭を支える手のひら。冷たい唇。
それらの意味する答えを導き出そうとして────ライムは考える事を止めた。

それ以上は、ダメだ。
その先を、考えてはいけない気がする。答えを出してしまったらきっと、取り返しが付かなくなる。

そう考えて、ライムは思考を切り離す。気が付けば前を歩くロゼッタと幾らか距離が空いてしまっていた。これではまた心配を掛けてしまうな と思い、遅れ気味だった歩調を早めようと視線を上げた、その瞬間。

「この、身の程知らず! 」

突然の詰り声と共に、バシャリ と水がぶちまけられる音がした。降りかかる衝撃に数歩、前へ進む。次いで髪を伝い落ちてきた水の冷たさで、ようやくライムは自分が水を被ったのだと理解した。

「ライム! 」

笑い声が遠ざかる。バタバタと足音を立てて走り寄るロゼッタを呆然と見つめると、ロゼッタは一層心配そうにその綺麗な顔を歪めた。ローブは水を吸って黒さを増し、重く湿って肌に張り付いている。冷たさは遅れて身体に伝わった。

「やっぱり今日の貴女はおかしいわ」

ロゼッタはライムの手を引きひとまず空き教室に連れ込むと、ライムをそこら辺にあった椅子に座らせ、ローブを脱がせて鞄から取り出したタオルで髪を拭かせた。

「……ごめん」
「謝らないで」

間髪入れずにそう返されて、ライムは口を噤む。怒らせてしまっただろうか。ロゼッタは何時だって心配してくれるのに。こんなに良くしてくれているのに、ライムは本音を話せない。嫌われたって仕方の無いことを、している。

「謝らないで、ライム。いいの。私は貴女が心配だけど、貴女が今話したくない事を無理に聞き出すような事は、もっとしたくないわ」

その表情は優しく、でもどこか泣きそうだった。胸が、ひどく締め付けられた。心からそう思ってくれているのだとわかって、喉の奥に熱いものがこみ上げる。反射的に零れそうになる「ごめん」の一言は 無理矢理飲み込んだ。今返すべきは謝罪じゃない。

「……ありがとう、ロゼッタ」

 
あなたに会えて、あなたが友達で、本当に良かった。


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