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  ギンガムチェックの昼下がり


空はどんよりとした曇り空。見慣れた英国の空模様。今日は何時にも増して寒く、吐く息は白く煙る。空気は冷たく張り詰めて今にも雪が降りそうだった。

「……雪、か」

何時の間に、そんなに時間が経ったのだろう。この時代に来た時はまだこんなに寒くは無かったのに。

元の時代に戻れる気配も無く 日々はただ淡々と過ぎてゆく。幾ら文献を漁っても、手がかりすら一向に掴めなかった。
いつまでここでの暮らしが続くのだろう。この世界に来てから4年。元の世界に戻る術もわからず、それどころかさらに過去にまで来てしまった。理由も切っ掛けも、何ひとつとしてわからない。

まさか本当に、戻れないのだろうか?

「そんなはず無い」

言い聞かせるようにつぶやく。
そんなはず無い。来る事が出来たのだから、帰る事だって出来るはずだ。大丈夫、大丈夫。ただそう信じるしか無い。

本当は何度も、ダンブルドアに相談しに行こうと思った。けれど未来の事はこれ以上話せない。相談しようにも肝心な部分を伏せなければならない状態で 解決法なんて見つかるのだろうか。話せば気持ちは楽になるのかもしれないが、リスクが高過ぎる。
未来について話す訳にはいかない以上、接触する機会は最低限にしておきたかった。


****


「城に残る!?」

ロゼッタ達が荷物の整理をしている様子を眺めつつ、ひとり本を読むライムの言葉に信じられないとばかりに声が上がった。数日後に迫ったクリスマス休暇に向けて皆が準備に追われている。休暇中はほとんどの生徒が帰省する為か 寮の中はいつも以上に人の出入りが多く慌ただしい。すっかり寒くなった外とは対照的にあたたかい部屋の中は快適で、熱気に窓はうっすらと曇り始めていた。

「ええ、そのつもりよ」
「でも……こんな状況なのに。私やリタ達も休暇中は家に戻る予定だし、一人で平気なの?」
「そうよ、ライム。城に残る生徒は少ないとはいえ、ずっと一人じゃ危ないわ」
「やっぱり私も残りましょうか?」

ロゼッタと同室のリタやジゼルが口々に声を上げる。その親切な申し出にゆっくりと首を振ってライムは微笑んだ。

「大丈夫よ、みんな。折角のクリスマスだもの。家でゆっくり楽しんできて」

不安そうに眉を下げたものの、念を押すように大丈夫よ、と言えば 皆渋々ながら納得してくれたようだった。

「……それにしたって、一体どうしてそんなに大荷物なの?鞄がはち切れそうじゃない」

再開した荷造りを見守りながら、先程から抱いていた疑問を投げかける。すると皆一様に荷物を詰めていた手を止めて顔を見合わせると、意味ありげにニヤリと笑った。

「わかってないわね、ライム。久々の実家なのよ?色々と要り用なの」
「リタは幼馴染とデートだからでしょ。そんなに沢山服ばっかり持って行ったってしょうがないのに」
「う、うるさいわね!いいでしょ別に。着る服が決まらないんだから、持って行けるだけ持って行くの!」
「幼馴染はマグルだっけ?手紙が良く来るとは言え、よく続いているわねぇ」
「あーあ、リタは幸せ者ね。私もいい人見つけたいわ」
「もう!みんなからかわないでよ!」

クスクス笑いが部屋に満ちる。気の置けない者同士の優しい空気がそこにはあった。
噂話も嫌がらせも未だ続いていて 先は見えない。気が抜け無いのは変わらないけれど、今この空間はあたたかく穏やかで、幸福だった。


****


「なるべく人目のあるところにいるのよ」
「そうそう。油断しちゃダメよ!まだ城に残っている生徒も多いんだから。見送りが終わったら、まっすぐ寮に帰る事」

いよいよやってきたクリスマス休暇。
一足早く寮を出たロゼッタ達の見送りに来たライムに次々と投げかけられる忠告。ここ数日で耳にタコができそうなほど言われたそれに苦笑混じりに頷いて出発を促す。

「行ってらっしゃい、気をつけてね!」

あたたかそうなコートに身を包んで パンパンに膨らんだバッグやトランクを手にしたロゼッタ達は、ライムに手を振り返して門へと歩いて行った。

「……ふぅ。とりあえず、寮に戻ろうかな」

三人の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、ようやくライムは城へと足を向けた。周囲には荷物を持った生徒がパラパラと集まり始めているが、その数はまだ少ない。ホグワーツ特急の発車時間まではまだ大分あるから、寮や大広間でゆっくりしている生徒が多いのだろう。

ロゼッタ達の言う通り まだ生徒が残っている今日はあまり出歩かない方がいいだろう。幸いにも図書館で借りた本はまだ手を付けていないものが残っていたから一日くらいならば時間を潰せるだろうし、課題もOWL試験に向けた復習ばかりだから一人でも出来るはずだ。図書館に行くのは明日にしよう。部屋に引きこもるのならば、ある程度食糧を調達しておいた方がいいだろう。ならば向かう先はひとつだ。


****


玄関ホールの階段の横にあるドアを抜けて、石段を降りた先に広がる石の廊下。スリザリンの地下牢がある陰気な通路とは対照的に、松明に照らされた明るく清潔なそこを進むと、食べ物がたくさん描かれた楽しげな雰囲気の絵画が並ぶ一角に出る。その中のひとつ、巨大な銀色の皿にたっぷりの果物が飾られている絵の前に立つと、ライムはサッと周囲に視線を走らせ誰もいないのを確認してから梨をくすぐった。すると梨はくすぐったそうに身をよじってその姿を大きな緑色のドアノブに変える。ライムはノブを掴み、ドアを開けるとすぐさま中に滑り込んだ。

「あの」

広い広い厨房中を数えきれない程多くの屋敷しもべ妖精達が忙しなく動き回っている。そのどれもが揃いのホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトガー風に身体に巻きつけていた。
ライムはキョロキョロと辺りを見回すと、丁度手が空いているしもべ妖精を見付けた。近づいて控えめに声を掛けると、しもべ妖精はヒャッ!と短い悲鳴を上げて飛び上がった。

「ごめんなさい、驚かせるつもりは無かったんだけど……」
「とんでもございません!お謝りにならないでくださいませ!こんな所に何の御用でございましょう?お嬢様」
「忙しい所ごめんなさい。ちょっとお願いがあるんだけど…」

ためらいがちにそう切り出すと、途端に周囲を忙しなく動き回っていた他のしもべ妖精たちが声を上げた。

「何なりとご命令なさってください!」
「さあさあこちらにお座りくださいませ!」
「あたたかいココアはいかがでしょう?」
「焼きたてのビスケットもご用意されてございます!」

わらわらと集まってきたしもべ妖精達に押され、ライムはあっという間に厨房の隅に設置された椅子に誘導され座らされてしまった。目の前には小さなテーブルが設置され、大きな銀の盆には皿に盛られたビスケットが湯気を立てて置かれていた。

「あ、ありがと。あのね、食べるものをいくつか部屋に持って帰りたいの。バタービールをもらえるかな?あと、できれば日持ちするお菓子と軽食を」
「もちろん!よろこんで用意させていただきましてございます!」
「すぐにお持ちさせていただきます!お嬢様!」

嬉しそうにそう答えて準備に勤しむ屋敷しもべ妖精達を眺めながら、ライムは用意されたココアに口をつける。甘ったるい液体がゆっくりと胃に落ちていく感覚に身体がぶるりと震えた。

「……リドルも残るのかな」

ぽつりと湧いた疑問。英国ではクリスマスは家族と過ごすものだから クリスマス休暇中はほんの一部の生徒しか城に残らない。
秘密の部屋の回想では夏休みも城に残りたいと言っていたのだっけ。リドルが孤児院に帰りたがるとは思えない。ならばきっと リドルも城に残っているのだろう。
帰る場所が無いから。

────リドルも私と同じじゃないか。

「何考えてるんだろ。……やめよ」

同じ、だなんて。
違うのに。そんなことは無いのに。どうしてそんな風に思ったのだろう。
第一、リドルはそんな風に思われたくも無いだろう。

胸に渦巻いたもやを押し込めるように、冷めたココアを飲み干した。ああ、なんて甘ったるい。


****


「お、重い……!」

屋敷しもべ妖精達が用意してくれた食糧は予想よりも多かったようで、手に持ったバスケットはずっしりと重く持ち手は徐々に手のひらに食い込んでいく。これをもって、階段を上るのか。寮までの長い道のりを思うと少しだけ気分が滅入った。

「休暇中だし……誰も見ていないよね?」

ライムはキョロキョロと辺りを見回し、こっそりと杖を取り出す。本来廊下での魔法使用は硬く禁じられているが、見つからなければいいのだ。ならば使わない手は無いだろう。小声で唱えた呪文はばっちり効いたようで、一瞬にしてバスケットの重さは消えた。

「ん、上出来」

これで楽に運べる。折角便利な魔法を覚えたのだから使わないなんて勿体無い。満足気に頷くと、ライムはグリフィンドール寮へと歩き出した。


****


ギンガムチェックのテーブルクロスの上にティーポットとカップ、揃いのお皿にバスケットから取り出したサンドイッチとスコーンを乗せ シュガーポットを並べる。砂時計で時間をきっちり測り茶葉を蒸らしてお気に入りの紅茶を淹れる。光に透ける琥珀色の紅茶。美味しいお菓子。こうして気ままに食事を取れるのはひとり部屋の特権だ。

スコーンは手に取るとまだほのかにあたたかい。砕いてしまわぬように注意深く力を込めて半分に割るとふんわりとバターの香りが鼻をくすぐった。ミルク色のクロテッドクリームを銀のスプーンでひとさじすくって小さく割ったスコーンに優しく塗る。最後に甘いジャムをたっぷりのせて、パクリとひとくち。

「んー!おいしい」

外はサックリ中はしっとり。理想的なスコーンだ。さすが本場イギリス。

久しぶりに心の底からおいしいと思った。人目が無い場所。生徒のほとんどいない城。しばらくは授業も無いから安心して羽を伸ばすことが出来る。

「やっぱり緊張しっ放しって疲れるのね……」

大きく伸びをして、深呼吸。広い部屋に満ちるのは昼下がり特有のどこか気だるげな空気。
明日は部屋で本でも読みながらゆっくりしよう。それに飽きたら図書館くらいならば行っても平気だろうか?

何にせよ時間はたっぷりあるのだ。


これまでの生活をしみじみと思い返しながら、ライムはもう一度大きく伸びをした。


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