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  巡り巡って行き着く先


その部屋はいわゆる倉庫のようなもので、色も形も用途も様々で 見渡す限りに雑多な品々がうず高く積み上げられ、ちょっとした迷路になっていた。
がらくたとしか言い様の無いものから見るからに高価なものまで、乱雑に混じり、重なり、それでいて、時が止まったような静けさをたたえていた。ひっそりと 時間の流れから切り取られた場所。

「う、わー……思っていたより広いな」

高い天井。見渡す限り物の山が続き、一体どれ程広いのか見当も付かない。閉めきられた部屋独特の匂いとほこりっぽさが鼻につく。

ポケットから取り出したのは、折り畳み式の携帯電話。シンプルなデザインで手のひらに乗る程度の小振りなもので、元の世界からライムが持って来ることが出来た数少ない私物だ。
捨てるには惜しく、しかし持ち続けるのはつらい。見れば嫌でも思い出す。家族や友人、過去の思い出。その度心が掻き乱されて落ち着かない。戻れる保障も無く、既にこちらの世界に来てから4年以上もの月日が経っている。確かにライムはこの世界へ来ることを望んでいた。しかし、だからといってそれまで持っていた全てを簡単に切り捨てられる程薄情では無く、割り切れる程大人にはなれなかった。携帯をぎゅっ と強く握りしめる。

嫌がらせは徐々に過激になってきている。
今やどこへ行っても気が抜け無い。リドルに好意を抱く生徒は性別だけでなく寮も問わず城中にいるのだから、どれだけ自衛していても防ぎきることは難しく、遂には談話室の中ですら嫌がらせは起こるようになっていた。

覚悟はしていたが、談話室に置き忘れた教科書にまで手を付けられたというのは思った以上にショックだった。寮内にこれをやった人が居る。もう城の中に ライムが安心していられる場所は無いのだ。
部屋には施錠がしてあるが、そんなものいつ破られてもおかしくは無い。携帯電話なんて、本来この時代には存在しないはずのもの。見てもそれが何かなんてわかるとは思えないが、見つからないに越した事は無いだろう。

何より、これを失くすわけにはいかない。
元の時代に戻る時に持っていなかったらこの時代に置き去りになってしまう。そうすればきっと 部屋にしまってあるものは処分されるだろう。それだけは避けたい。
この必要の部屋に隠しておけば、誰かに見つからない限りは元の時代まで残っているだろうと考えて、ライムは今日ここへ来た。

「それにしても、この部屋って本当に何でもあるのね…」

古い教科書が積み上げられた山の横にはズラリと古い箒が並んでいる。中にはまだ使えそうなものもあって、少し勿体無いようにも思える。
携帯の隠し場所を求めてしばらく辺りを調べていると、がっしりとしたテーブルの上に置かれた小ぶりな箱が目に着いた。近づいてよく見てみると、さほど大きくは無い 古びたアンティーク調の木箱だった。
くすんだ鈍色の留め金を押し上げて開くと、中は深緑色の天鵞絨張りになっていて 空っぽだった。小物入れといったところだろうか?何にせよ、丁度いい。

「よし!これにしよう」

そう決めると ライムはポケットから取り出した携帯をそっと箱の中に置いて、ゆっくりと蓋を閉める。杖で留め金を叩いて施錠すると 箱を元のテーブルの上に置き、近くにあったタペストリーを掛けて隠した。かなり広い部屋だが、目印の呪文を掛けておけば後で探すことも出来るし少々わかりにくい場所に隠しても平気だろう。そう考えて、どの呪文をかけるか思案していると。

「ねえ」

聞き慣れた 声がした。思いの外近く、背後から。

「こんなところで何をしているんだい?」
「っ、!?」

弾かれたように振り返る。ライムが向けた視線の先、10歩ほど離れたところに、リドルが立っていた。

闇色の艶やかな髪に縁取られた顔は薄暗い中でもわかる程白く、目鼻立ちの整った様はゾッとする程美しい。
声の主を探す必要も無く一瞬で視線が惹き付けられるのは、その存在感故か。しかし幾ら考え事に集中していたからといって、この距離に近づくまで気配に気が付かなかったことが恐ろしくもあった。

「忠告を、しておいたはずだけれど」

リドルはゆったりとした笑みを浮かべていた。そこに敵意は見られない。あるのは余裕。ライムに対する興味と、ほんの僅かの警戒。

「私は、貴方の邪魔をするつもりも、目立つつもりも無いわ」
「その割には、目立っているね」
「誰かさんのファンの所為でね」
「へぇ……それが、君の本性?ずいぶん最初の頃の印象とは違うけれど」
「本性?そんなんじゃ無いわ。初めは誰でも緊張するものでしょ」
「そうかもしれないね」
「それに、印象が違うのは貴方も同じでしょう?」
「けど、君はあまり驚いていないみたいだね」

ライムは目を眇めた。

「――――やっぱり 君は面白い」

何処か嬉しそうにそう言うリドルが何を考えているのかはわからない。口調はあくまでやわらかく、問い詰めるというよりただ純粋に疑問を投げかけているようだった。だからと言って、油断するのは馬鹿げているけれど。
ライムはきゅっと口元を引き締めた。

「よく、この部屋を見付けたね」
「たまたま、ね。――此処は一体 何の部屋なの?」
「見ての通り、物置さ。がらくたから危険なものまであらゆるものが眠っている。打ち棄てられ、忘れ去られた物達の行き着く場所。気が遠くなる程の昔から恐らく多くの人間が利用してきた部屋だよ」

スラスラと述べられる説明はライムの知るものと大きくは違わない。本当に、リドルはこの城の中に詳しいようだ。秘密の部屋を探しているのだから、これ位知っていて当然なのかもしれないが。

「…そう。詳しいんだね」
「長年この学校にいると、様々な情報が耳に入ってくるものさ」
「こんな隠された場所の話が、自然と?……それとも貴方の取り巻きの人達が集めてくるのかしら」
「随分警戒しているんだね」
「身に覚えがあるでしょう?」
「さあ?」
「はぐらかすのは上手いのね」
「それは君も同じだろう」

簡単には尻尾を掴ませない。本当に、食えない男だ。どうしたらこの歳でこんな受け答えが身に付くのだろうか。生い立ちを知っていても不思議でならない。

見る限り、リドルに害意は無いようだ。
他に人がいるわけでも無い様だし話すくらいならば平気だろうと判断して、ライムは少しだけ肩の力を抜いた。

正直、ずっと気を張り続ける生活に疲れてきていた。取り繕ってもあまり意味が無いだろうと考えて、ライムは深く息を吐いた。

「ここに来たということは、君も何かを手放しに来たのかい?」
「……そうかもしれない」
「迷っているの?」
「どうだろう」
「此処に来ることが出来る人間は恐らく二つ。何かを捨てにきたか、捨てられたものを探しに来たか、だ。
…………君はどっちの人間だい?」
「その理論に当てはめるなら、リドルもどちらかの目的のために此処に来た、と考えられるんだけど いいの?」
「ご自由に」
「そう。でも残念ね、私はそのどちらでも無いわ」

嘘は吐いていない。隠しに来ただけで、捨てるつもりなんて無いのだから。なのに痛い所を突かれた気分になるのはどうしてだろうか。

「そう…。ああ、もうこんな時間か。あまり遅くならない内に戻った方がいい。君との言葉遊びはなかなか面白かったよ」

引き際を心得ているのか リドルはそれ以上追求して来なかった。あっさりと切り上げた事にライムが拍子抜けしている間に、ローブを翻して立ち去ってしまった。

遠ざかる足音と共に、ゆっくりと 辺りに静寂が戻って来た。

「捨てる、か…」

覚悟も、まだ決まっていない。

これからどうするのか。
この世界で生きるのか。元の世界へ戻るのか。

未来を変えるのか、何もしないで見ているだけなのか。

どちらにしろ、どこで生きるか決めなければ動けない。
けれど決めるという事は、選ばなかった方を捨てるという事だ。

家族 友達 故郷 過去。

その全てが大切で、秤に掛けても計れない。捨てられない。

捨てられないから、こうして足掻く。


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