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  立ち込める暗雲


寝不足でうまく働かない頭を振って、ライムはいつもよりゆっくりと螺旋階段を降りて談話室へと向かう。ハロウィンの日にリドルと対峙して以来、どうも夢見が悪く どんなに眠っても思うように疲れが取れないのだ。眠気と怠さを振り払うように軽く頭を降って伸びをする。階段を降り切って談話室へと足を踏み入れると、そこには既に多くの生徒がいた。

階段から少し離れた場所でジゼルやリタ達と話をしているロゼッタを見付けて、ライムは「おはよう」と声を掛けた。するとロゼッタはぱっと弾かれたようにこちらを向いて、一目散に駆け寄ってくる。何事かと目を丸くするライムの手を取って窓際のテーブルへと引っ張ってゆくと、近くにあった椅子を引き寄せてライムを座らせた。目を白黒させるライムに ロゼッタは声をひそめて尋ねる。

「ライム、貴女最近変わったことはない?」
「ど、どうしたの、急に」
「いいから、答えて!」
「無い、と思うけど……」
「本当に?何にも?」
「ええと……噂話はされるけれど。いろんなところで」
「それだけ?」
「うん…今のところは」
「……そう。ならいいけれど…」

何事かを言おうとして逡巡する。
いつもハキハキしているロゼッタの珍しく煮え切らない態度に言いようの無い不安を感じて、ライムはロゼッタの名前を呼ぶ。するとロゼッタは困ったように微笑んで、安心させるようにライムの頭を撫でた。

「ごめんなさい、ライム。急にこんなことを言われたら不安になるわよね」
「……何かあったの?」
「いいえ。――いいえ。何かあったわけじゃないの。……上手く言えないけれど……少し、気を付けなさい。あまり一人にはならないでね」

思えばこれが前触れだった。


――――それに気付いたきっかけは、些細なことだった。

いつものように図書館で調べ物ををしている最中、ほんの少し席を外した。近くの本棚をいくつか見回って目ぼしいものを探す。しばらくして追加の本を2冊抱えてライムが席へ戻ると、そこに置いてあった羊皮紙や教科書がインクでぐちゃぐちゃになっていた。

「嘘……」

予想外の光景に唖然としていると、本棚の裏からクスクス笑いが聞こえてきた。ライムが勢いよく振り返ると、バタバタと走り去る足音がして、咄嗟に追いかけようとして――やめた。

もう追っても遅いだろう。少しの間とはいえ、私物から目を離すべきではなかった。

嫌がらせを受けたのはこれが初めてでは無い。元の時代でも呼び出しはたまにあったし、嫌がらせも多少はあった。けれどやっぱりショックは受けるもので、机の上の惨状を見回し ライムは小さく嘆息した。

黒のインクが撒き散らされて、羊皮紙は斑に染まり、テーブルには黒い水溜りを作っている。
ポケットから取り出した杖で机に零れたインクを消し、教科書や羊皮紙に染み込んだものは吸い出す。足元の絨毯にたっぷりと染み込んだインクを消すのも忘れずに。
これでひとまず元通りにはなったが、インク瓶の中身はほとんど残っていなかった。インクの予備は無いから早めにふくろう便で頼まなくてはならない。
ライムの学用品は補助金で賄っているため自由になるお金は少ないから、大した額では無いとはいえ、これは痛い出費だった。

「これ位で済めばいいけど…」

この前のロゼッタの言葉が気になる。
……恐らく、そう上手くはいかないのだろう。

その予想は当たった。

「またか……」

甲高い笑い声と慌ただしく走り去る足音が廊下に響く。
その後ろ姿を見送りながら、ライムは裂けて取れかかった自分のローブの袖を押さえていた。

連日続く嫌がらせにライムはいい加減うんざりしていた。
教科書や鞄などの私物が狙われるのは勿論のこと。最近ではどんどんエスカレートしてきて、直接ライムに危害を加えようとしてくる者すらいる始末。
曲がり角や廊下の鎧の影から狙い澄ましたように呪文が飛んでくるから、何処を歩いていても気が抜け無い。大概は咄嗟に身を屈めたり杖で打ち払うことで躱せるが、複数で不意をつかれるとそうもいかなかった。

どれもひとりでいる所を執拗に狙ってやってくるから質が悪い。ロゼッタや、彼女の友人でライムとも比較的仲の良いジゼルやリタ達は気を遣って一緒に行動してくれているが、四六時中一緒にいる訳にもいかない。五年生ともなれば選択科目も多いし、残念な事にライムの取った科目はロゼッタたちとは違うものがほとんどだった。

徐々に掠り傷や小さな火傷が増えていくライムを心配する者も多いが、それを黙って見ている者も同様に多かった。

この嫌がらせの発端は間違い無くトム・リドルに関わったことなのだろうが、ライムが自分から関わろうとした訳では無い。むしろ出来る限り接触は避けてきたつもりだ。これ以上、どうしろと言うのか。
初めは先日のリドルに関する会話を聞いてしまったことが原因かとも思ったが、あそこにライムがいたことを知っているのは今やリドルだけだし、リドルが他人にわざわざ話すとも思えなかった。あれは忠告。これ以上踏み込むなという警告。

あれからリドルとは会っていない。

別にリドルの言葉に従ったわけでは無い。ライムは元々関わるつもりは無かったのだ。

嫌がらせに関しては、恐らくリドルに好意を抱く生徒が勝手に動いているのだろう。
リドルがそれを知らないとも思えないが、わざわざ止めたりはしないだろう。ライムにそこまでの関心も義理も無い。

自身に火の粉が降りかからない限り きっとリドルは動かない。

「勝手ね、みんな……」

裂けたローブを抱えて、つぶやく。

人気の無い廊下は静かで、寒くて、ライムはそこに独りで、何だかいつもより 少しだけ 胸が苦しい。


こんなところで、泣いたりはしない。
私は必ず、戻るのだ。

仲間がいる、あの時代へ。


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