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  力は誰の為にある?


今宵はハロウィン。
廊下も教室も大広間も、城中飾り付けられ、廊下を歩けば何処からともなくカボチャの匂いがしてくる。

今大広間に行けば、空にはジャック・オ・ランタンが浮かび、蝙蝠が宙を飛び交いテーブルの上はハロウィンのご馳走で溢れている様子が見られるのだろう。年に一度のハロウィンの日。けれどライムはどうしても、それを楽しむ気になれなかった。


「リドルと編入生が親しい」この噂が流れるようになってから、ライムの環境は一変した。
何処へ行っても好奇の目を向けられるばかりで気が休まる暇が無い。大広間に行けば嫌と言うほど聞こえてくるささやき声に、ライムはいい加減うんざりしていた。

一時的なものならば我慢も出来るが、今回ばかりは直ぐに収まるものでも無さそうだ。何せ噂の相手はあのトム・リドル。興味が無い生徒の方が少ないだろう。
今のところ目立つのは噂話や陰口ばかりで嫌がらせをされるとかそういった被害があるわけではない。だから大丈夫だ。そう考えて気にしないようにはしているが、こうも毎日続けばさすがに息が詰まる。

今までもこうして色々な噂を流されることはあった。しかし周りには仲間がいた。根も葉もない噂や中傷を向けてくる者には時に声を荒げて怒り、冷静に庇い制して、皆がそれぞれに守ってくれた。「一人ではない」それがとても心強かった。

こちらに来てからもうすぐひと月。仲が良い友人もそれなりに出来たけれど、ここではライムは異物だ。馴染むにはどうしたって時間が掛かる。だから余計、小さなことでも堪えるのかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていた所為か、無意識に足は人気の無い方へと進み、気付けば滅多に人が立ち入らない城の上層階まで来ていた。

「何してるんだろ……」

ため息混じりにそうつぶやいて、ライムは足を止めた。ずいぶん遠くまで来たようだ。周囲を見回しても見覚えの無い絵画や彫刻ばかりが並んでいる。

ずっと歩いていたせいか少し疲れてきた。時計を見てもまだ寮に戻るには早い時間だし、ひとまずどこかで休もう。そう決めて手始めに近くにあった扉を開けて覗き込むと、広い部屋に大量の椅子や机が雑多に積み上げられているのが見えた。使われていない物置部屋のようだ。ここならば他の生徒と会うことも無いだろうと思い、ライムは部屋の奥へと進んだ。

使われていなそうな部屋だと思ったが、中に入ると思ったほど埃っぽくは無かった。これならば魔法で綺麗にする必要も無いだろう。窓際にある机の上を軽く手で払って腰掛け、ぼうっと窓の外を眺める。ライムはそれからしばらくの間、真っ暗な森の木々が風に揺れる様子をただぼんやりと見つめていた。


****


カチャ、というドアが開く音。
続いて聞こえた話し声に驚き、ライムは咄嗟にカーテンの影に身を隠した。

「ここでいいだろう」

足音は二人分。低い声から判断するに、どちらも男のようだ。ああ、何で隠れてしまったんだろう。これでは出るに出られない。

音を立てないよう注意してそっと様子を窺うと、テーブルに腰掛けて向かい合う背の高い男子生徒の後姿が見えた。チラリと見えたネクタイから二人ともスリザリン生だとわかる。こちらを向いている男もまさか他に人が居るとは思っていないのか、ライムに気付いてはいないようだ。

「トムに報告するか?」
「“ヴォルデモート卿”だ。不用意に名前を出すんじゃない」
「ああ、そうだな。すまない」

――――ヴォルデモート。
漏れ聞こえてきた名前。その名をまさかここで聞くとは思わなかった。
そういえば、ヴォルデモートの名は学生時代から使っていたんだっけ。ならば彼らはリドルの裏の顔を知っている、取り巻きの中でも一部の人間ということか。…よりにもよって。
ここで話を聞いていることがバレたら、それは確実にリドルの耳にも入るだろう。
ああ、なんて間の悪い。ライムは自分の運の無さを呪った。

息を潜めてじっと話が終わる時を待つ。緊張で手のひらには汗が滲み、心臓はバクバクと煩い。ぎゅっと目を瞑って、ライムは静かに耳を済ませていた。

「……一度意見を仰ぐ必要があるな」
「そうだな。では、続きはまた後日」
「ああ」

ようやく話が終わったのか、二言三言言葉を交わした後、片方の男が先に部屋を後にする。
思ったほど話が長引かなかったことにホッとしてライムはそっと息を吐いた。もう一人はまだ部屋にいるが、その内居なくなるだろう。そうしたら急いで寮に戻ろう。そう決意して身じろいだ瞬間、ローブの裾が窓枠に引っ掛かって、

カタン、と音を立てた。

――まずい!

「誰だ!?」

はじかれたように男が振り返り、鋭く誰何の声を上げた。その目はまっすぐにこちらを見ている。
隠れ続けることはもう出来ない。逃げ場も無い。そう観念して、ライムは隠れていたカーテンの影から姿を表した。

「お前は、編入生の……」
「あ、あの……」
「どこまで聞いていた?」
「いえ、私、ここには来たばかりで」
「来たばかり?そんなはず無いだろう。後から入ってきたのなら音で気付くはずだ」

誤魔化し様が無い。聞こうと思って隠れていたわけではないが、そんなことを言ったって信じてはくれないだろう。
言いよどむライムの様子に、警戒心剥き出しで睨みつけてくる男の顔が徐々に険しいものへと変化していく。

「名前を、聞いたな」
「っ、何のこと?」
「恍けたって無駄だ!どこまで聞いた?何を知った?答えてもらうぞ……!」

相手が杖を取り出すのに応じてライムも咄嗟にポケットから杖を取り出し構えた。相手は冷静さを欠いていて、話が通じる状況では無い。入り口は遠くて逃げることも出来ない。

駄目だ、早く、何とかしないと。逃げなければ。でもどこから?隙を作ればいい。どうやって?
……そうだ、失神させれば、でも。

「ペトリフィカス……」

やらなきゃ、やられる。

「っ……!!ステューピ」
「ステューピファイ」

赤い閃光が走る。

ライムの横を走り男の身体を突き抜けた数秒後、ドサリ 重い音を立てて崩折れるようにその場に倒れた。

目を見開くライムの背後から、耳慣れた低く落ち着いた声がした。

「迷いは人を弱くする」

一瞬の躊躇いも無く失神呪文を放った杖を長い指でなぞって、リドルは短く言い放った。

「それを知らないのかい?」
「――リ、ドル」

カツン と音を立てた足元の石畳に暗い影が踊る。
リドルは倒れた男をチラと見ると、興味無さ気に目を細め「失神しているだけだよ」と静かに言った。その声に、温度は無い。

「僕が、手にかけると思った?」

クツリと喉を鳴らして嗤う。
反応を愉しむように目を細めるリドルは普段の姿とは別人のようで、ライムは無意識に一歩退いた。

リドルは闇を纏っている。どんなに上手く取り繕って完璧な笑みの下に押し隠しても、じわりと滲むような、闇。でもそれは自然と漏れ出てしまうものなのか、それとも既にリドル自身がライムの前で隠すつもりが無いからなのか、判断することが出来なかった。

「力も 知識も、持っていて嬉しい“コレクション”じゃあない。活用する為にある。……使わないのなら、無意味で、無価値だ」

「持っているのに、何故使わない?」

瞳の奥が深紅に光る。ビクリと跳ねた身体を抑え、ライムはゆっくりと口を開いた。

「私は、リドルとは違う」
「何処がだい?」
「自分の都合で一方的に他人を傷付けるなんて、嫌。……力を使うなら、誰かを、守る為に使いたい」
「なら、君はさっきの状況をどう乗り切るつもりだったの?自分を守る為には力を使わない?守る“誰か”に自分を含めないって?
……笑わせるね。自己防衛の手段を持ちながら それを行使しないなら、それはただの愚か者と同じだよ。第一、自分ひとり満足に守れない人間が他人を守れるの?」
「、それ、は……」

言葉に詰まる。弱さを見抜き甘さを容赦無く突いてくる。確かに、これは理想論だ。

「ふぅん……」

リドルは値踏みするように目を細めて、その端正な口の端を吊り上げた。白い肌が僅かに翳る。

「思った以上に、君は甘いみたいだ。この短期間で僕の本性をある程度見抜いた洞察力は認めよう。けれど いくら真実に近づくことが出来たとしても、肝心な時に躊躇うようじゃあ……結果は目に見えているね」

迷えば判断が鈍り躊躇いが生まれ、それは僅かな隙になる。その一瞬の隙さえ 時には命取りになるのだ。
それは目の前の相手にこそ 当て嵌まる。

「君は、少し知りすぎた」

ザッ と一瞬にして血の気が引いた。
――感付かれている。どうしよう、どうしたら。
気絶させる?記憶を消す?でも そんなこと、

「ほらね」

杖を構えたまま、何も出来ないライムを見て、リドルは嗤う。

「杖を向けることは出来ても、僕を攻撃することは出来ない。力も度胸も十分に持ちながら、肝心なところで躊躇う。傷付けることを恐れる。――その甘さが何時か、君を殺すよ」

歌うようにそう告げて、リドルはあっさりと杖を下ろした。くるりと杖を回してローブに仕舞うリドルを見つめながら、ライムは一歩も動けなかった。

「今は見逃してあげるよ。僕もあまり目立ちたくはないからね」

足音も立てず滑るようにドアへ近づき、背を向けたまま、ひとこと。

「死にたくないのなら、立場を弁えておくべきだ」

それはゾッとする程冷たい声だった。

リドルの姿が見えなくなっても、ライムはしばらくその場から動けなかった。口の中はカラカラに渇き、その表情は唇を噛み締めたまま強張っている。

ライムはだらりと力なく下がる己の杖腕を見る。こちらの世界に来て、手に入れた力。授業以外で使う機会なんてほとんど無かった。だから、考える必要も無かった。

――何も、言い返せなかった。
認めたくない。けれど反論も出来ない。自分の甘さを、嫌というほど思い知らされた。

「“持っているのに、何故使わない?”……か」

倒れている男に杖を向け、唱えた。

「オブリビエイト」

緩やかに銀色の煙が身体から吹き出し、杖へと収束してゆく。
ここで起こった、ライムに関わる出来事全ての記憶を消し去る。一方的な記憶の修正。

「ごめんなさい」

もしかしたら関係無い記憶も一緒に巻き込んで消してしまうかもしれない。それはこの人にとって、大切なものかもしれない。けれど、私は自分の安全の為に、力を使う。
気持ちを固めきれないまま 私は自分の為に記憶を奪う。

これは私の弱さが招いたこと。

「……ごめん」

彼の力は 行使し他者を従える為にある。

ならば私の力は、何の為にある?

どんなに自身に問いかけてみても、その答えは見つからなかった。


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