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  杖を向ける先


この時代に来てからも、ライムの図書館通いは変わらない。いや、むしろ入り浸る時間は増えたかもしれない。暇な時間を見つけては図書館を訪れ 時間に関する本を片っ端から読み漁り、課題に関する本は借りて部屋や談話室へと持ち帰る日々。

今日もライムは図書館へと向かう。
カウンターの向こうにいる司書の女性はマダム・ピンズでは無かったが、見るからに厳格そうな人だった。目を付けられぬよう足音を殺してそっとカウンターの前を通り過ぎ、そびえ立つ本棚の森へと足を踏み入れた。

古い本特有の掠れた埃っぽい匂いがライムは好きだった。年季を重ねて掠れた装丁。日に焼けて黄ばんだ紙。分厚い本の重み。その全てが不思議と懐かしく、ゆるやかに心を落ち着かせるのだった。

空き時間の内にいくつか本に目を通しておこうと考えて、ライムは目ぼしいタイトルを探す。背表紙に綴られたタイトルを辿ると、『時間の概念』『逆転時計ーその可能性と限界ー』というタイトルが目を引いた。
ひとまずその二冊を手に取って、ライムは少し離れた所にある机へ向かった。


微かな囁き声の中に自分の名前が聞こえた気がして、ライムは目線を手元の本から周囲へと向けた。

少し離れた場所で数人の女子生徒が話をしている。ネクタイの色を見るに、寮はバラバラのようだった。こういった静かな空間では話し声は目立つし、潜めた声はかえって耳につくものだ。聞く気が無くとも耳が自然と音を拾ってしまう。
マダムが来たら追い出されるのでは無いかとひやひやしてライムは辺りを見回すが、幸いここはカウンターから遠く離れていて、マダムの耳には入っていないようだった。

「……で……しょう?……編入……って」
「ええっ……リドルが……」
「……ら……よ?……って、……が」
「じゃあ……は……てこと?」

距離があるせいか、会話は所々しか聞こえない。けれど時折漏れ聞こえる名前とチラチラとライムの方を伺う彼女達の態度で、なんとなくその内容を察した。

……あまり長居しない方が良さそうだ。そう思って、ライムは音を立てぬよう気を付けて席を立った。
途端に止む囁き声に反射的に振り返りそうになるのをグッと堪えて、本を胸に抱えてカウンターの方へと歩き出す。

その姿が見えなくなるまで、じっとりと纏わり付くような視線が ライムの背中に向けられていた。


****


図書館を出てしばらく歩いたところで、バッタリとリドルと会った。

「やあ、ライム」
「こ、んにちは、リドル」
「図書館で勉強かい?熱心だね」
「……貴方には負けるわ」
「相変わらず謙虚だね。…そういえば、次の授業は合同だったね。良かったら一緒に教室まで行かないかい?まだ時間もあるし、城の中で行っていない場所があったら案内するよ」
「行っていない場所……うーん、特に思い浮かばないんだけど……お願いします」
「良かった。じゃあ行こうか」

適当な世間話をしながら廊下を進む。
リドルの話は面白く、慣れてしまえば会話自体は思いの外楽しいものだった。
吹き抜けに出るとリドルは立ち止まり、ライムの方へと振り向くと 階段に関する説明を始めた。

「ここに掛かる階段は気まぐれでね。勝手に動いてしまうんだ。移動するタイミングを見計らって渡らないといけないから、急いでいる時には厄介な階段だよ」
「へぇ……面白い階段ね。急いでいる時には避けなくちゃ遅刻しそう」
「ああ。タイミングが悪いといつまで経っても渡れないからね。でも慣れればそんなに気にしなくても平気だよ。さあ、行こうか」

その言葉と共に、リドルは目の前に来た階段へ足を踏み出す。話しながらタイミングをはかっていたのか、秘密の部屋を見つけるだけあって城の中については随分と詳しいようだ。

「日本の魔法界とこちらの魔法界は随分違うんだろうね」
「うーん、多分ね。私、一応日本出身だけどあまり日本の魔法界については知らないの。両親の仕事の関係で転居が多くて、もっぱら家で勉強していたから……」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ……ッ!ライム、そこは……!」
「へっ?」

リドルの珍しく焦った声に、はた と歩みを止めてリドルの顔を見上げる。
目を見開いて、ライムが首をかしげている様子を見ると 僅かにその柳眉が寄った。

「……そこは騙し階段になっているんだけど、知っていたの?」

……しまった!

今しがたライムが通った段は騙し階段になっていて、気付かず踏むと床が抜けて足が嵌ってしまうのだ。
この4年で身についた癖まではどうしようも無い。つい、いつもの癖で無意識に避けてしまった。

訝しむリドルに慌てて苦笑いを向けて、誤魔化す。

「この前、教えてもらったの。危険だから覚えておくといいって、友達に……」

些か苦しい言い訳だが、内容自体は不自然では無いはずだ。こうなったら押し通すしかない。

「……そう、なんだ。……何にせよ、怪我が無くて良かったよ」

そう言って、再び前を向いて歩き出したリドルにホッとして、ライムも足を動かす。
誤魔化せたのだろうか。正直よくわからない。けれどひとまずこれで、追求はされないだろう。


ほんの一瞬 見えた顔は。
何処か納得いかない。そんな表情にみえた。


****


この時代の闇の魔術に対する防衛術の教授はどうやら実践重視なようで、時折代表の生徒を選んでは模擬戦を行うのだと聞いた。だからそろそろあるんじゃないかと思っていたが、ライムのその予想は見事当たったようだ。

「今日は模擬戦を行います」

開口一番、初老の教授はそう告げた。その言葉に教室がざわめく。

「今回は使う呪文に特に制限はかけません。今まで習った呪文であれば何を使用してもいいですよ。常識の範囲内でなら、ね」
「教授!それは、相手を負傷させるような呪文でも良いんですか?」
「勿論です。でなければ実戦で役に立ちませんからね。……最も、貴方の場合は自分の身を守る呪文をもっと学ぶべきだと思いますけどね、Mr.エイドル」

途端に湧き上がるクスクス笑いにエイドルと呼ばれた青年は顔を赤らめ、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「では、誰か皆の前で手本を見せてくれる者はいますか?」

教授の問いかけに、示し合わせた訳でも無く自然に周りの目がある一方を向いた。
すっ と向けられた視線の先にいたリドルは、何度か瞬いて、ゆっくりと微笑した。

「やってくれるますか?Mr.リドル」
「僕で良ければ」

湧き上がる歓声。周りの反応を見るに、いつもリドルが手本を見せているのだろうとライムは思った。

出しゃばった様には感じない。かといって、謙虚過ぎない絶妙な言葉選びと間の取り方は称賛に値する。本当に嫌味の無い受け答えだ。その優等生らしい完璧な演技は何度目にしても感心する。

「では、相手役は──」
「先生。今回は、僕が指名しても構いませんか?」

リドルの突然の申し出に教授は些か驚いた様だったが、すぐに笑顔を浮かべて「勿論ですも」と答えた。リドルはその予想通りの返事に満足した様に綺麗に微笑んだ。皆の見守る中、形の良い唇がするりと言葉を紡ぐ。

「では、僕の相手は是非Miss.モモカワに」

歌う様な軽やかさで、さらりと爆弾を投下してくれた。

「な、んで……」

どよめく生徒達を気にもせず、リドルはライムに微笑みかけた。綺麗なそれが、堪らなく恐い。

「それでは、Miss.モモカワ前へ」
「っ……、はい」

促されて返事を返す。心臓が早鐘を打つ。一番対峙したく無い人と、杖を向け合わなくてはならない。出来れることなら断りたい。けれどそれは出来なかった。リドルの前で逃げ道なんて、はじめから存在しない。

こうなったからにはもう、腹を括るしかない。
そう覚悟して、迷いの無い瞳でリドルを見据えると、背筋を伸ばして呼吸を整えた。

壇上に上がるライムの手を取って引き上げながら、リドルは小声で話し掛けた。

「ごめんね、怒っている?」
「いいえ。びっくりはしたけど」
「君の力を見てみたかったんだよ」
「……見せるほどのものじゃあないよ」
「僕だけじゃあないと思うよ。君に興味があるのは」

そう言ってにっこりと笑いかけるリドルから、ライムはどこかばつが悪そうに目をそむけた。

「勝負は3分間。危険だと判断したら私が止めに入ります。その場合は速やかに戦闘を停止して杖を下ろすこと。いいですね?」

両者が頷くのを確認して、教授は速やかに壇上から降りた。

「お手柔らかに」
「こちらこそ」

短い会話の後にお互い杖を構える。

「それでは、――――始め!」

「エクスペリアームス!」
「プロテゴ!」

開始の声と共に鋭く放たれた閃光を盾の呪文で防いで間髪居れずに応戦する。

「ステューピファイ!」
「インペディメンタ!」

飛び交う閃光。飛びすさって躱し、杖で打ち払い、続け様に呪文を飛ばす。

掠めた呪文がローブを割く。髪を焦がし皮膚を焼く。

動く度に汗が飛ぶ。不思議と気分が高揚している。何故だろう。楽しい。けれどやっぱり、恐ろしい。

一瞬たりとも目が離せない。リドルから。

無言呪文を交えながら、思い付く限りの魔法で応戦する。それでも僅かに、リドルの方が早かった。

「エクスペリアームス!」

杖が、指の間をすり抜ける。
ハッとして手を伸ばしても遅かった。

リドルの白い指が、ライムの杖を掴んで掲げる。

ゆるりとその唇が弧を描き、終わりの合図が鳴り響いた。

「僕の、勝ちだ」
「――――そこまで!!二人共、杖を降ろしなさい」

どっと歓声が湧き上がった。興奮に満ちた教室で、皆が口々に感想を言い合っているのが聞こえる。

終わったのだと実感した途端にドッと疲れが押し寄せる。ライムはすっかり汗だくで息は荒く、ローブの裾が肌に張り付き不快だった。リドルも涼しい顔をしているが その額には汗が滲んでいるのが見えた。

「いやいや……素晴らしい試合でした。これ程白熱したものが見られるなんて!スリザリンとグリフィンドールにそれぞれ15点!」

至極嬉しそうに教授がそう言うと、生徒達から二度目の歓声が上がった。
ライムは壇上から降りた途端グリフィンドール生に囲まれて、四方八方から労うように肩を叩かれ揉みくちゃにされた。人波を掻き分けて近づいて来たロゼッタは興奮気味に感想を捲し立てながら、ライムの手を握る。

「すごいわ、ライム!貴女って最っ高!!」
「私、負けたのよ?ロゼッタ」
「そんなの関係無いわ!だってどちらもすごかったもの。私興奮しちゃったわ!」

ニコニコと自分のことのように喜び顔を輝かせるロゼッタを見ているうちに、何だかライムは可笑しくなってきて、つられて笑った。

ようやく騒ぎが収まって、教授から渡されたタオルでライムが汗を拭っていると、ゆっくりとリドルが近づいて来た。

「いい試合だった。ありがとう」
「こちらこそありがとう、リドル。いい経験になったわ」
「正直、驚いたよ。まさか君がこんなに実戦に強いなんてね」
「でも、負けちゃったわ。リドルはやっぱり強いのね」
「まだまだだよ。あと少し遅かったら危なかった」

快活に笑うリドルはとても感じがよくて、話しているうちに肩の力が抜けてきた。
普段から、こうして自然に話せたらいいのに。そう思いながら会話を続けていると、遠くからリドルを呼ぶ声がした。
丁度いい。そろそろロゼッタ達のところに戻ろうか、とライムが考えていると、リドルは申し訳なさそうに一言断って、ライムの元を離れていった。

「君は面白い子だね」

離れ際にそう 小さくつぶやいた声が、やけに耳に残った。


(その瞳の奥が ギラリと赤く光ったように見えた)


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