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  予感は着実に


試合前の談話室はいつにも増してがやがやと騒がしい。
向かい合ってフェイスペイントを描き合う者、旗をマントのように羽織ってみせる者、賭けをする者。試合前の時間を皆思い思いに楽しんでいた。
漆黒のテーブルにはスリザリンの旗やタペストリーが広げられ、生徒がかけた魔法でキラキラと輝いている。魔法をかけられた紋様の蛇はまるで生きているように動いてとぐろを巻いた。

その様子を横目に見ていたライムは、探し人の姿が何処にもないことを確認すると足早に談話室を抜けた。

「ねえ、リドルは観ないの? クィディッチ」

早朝の図書館はいつもより格段に人が少なかった。それも当然だ。今日の試合はグリフィンドール対スリザリン。因縁の対決を見逃す者などこのホグワーツにはそういない。
背の高い格子窓からは、皆一様にクィディッチ競技場へ向かう背中が見えた。

「観るよ。結果だけね」
「そういうの、観るって言わないと思うんだけど」

顔を上げもせずに答えたリドルに、ライムは呆れたようにそう言った。

クィディッチはホグワーツ生にとっての一大イベントだ。ホグワーツ生は年間の大半の時間を城で過ごす。勿論テレビやパソコンなんてここには無いから、休日にする事といったら本を読むか友達と過ごすかホグズミードに行く事くらいだ。娯楽が限られている生徒は勿論、教職員にとってもクィディッチは特別なものだった。そういうライムもかつては友人達と応援に熱を入れたものだ。

「観に行くのかい? 」
「うん。ちょっとだけ覗きに行こうかなって」
「……へえ」
「どうしたの? 」
「そういう君こそ、どうしたの」
「え、何が? 」
「クィディッチなんて、今まで全く興味無かったじゃないか」

鋭い指摘に一瞬詰まった。……そう。ライムはこちらではまだ一度も試合観戦には行っていなかった。

「別に、クィディッチに興味が無かった訳じゃないよ。ただ……知り合いもほとんどいない状態で観ても、そんなに楽しくないってだけで」
「へえ、じゃあ今日の試合には知り合いが出るんだね」

思いがけないリドルの言葉に驚いて、ライムは振り返る。はらりと本のページを捲る音がする。視線は手元の本へ向けたまま、リドルは喋り続けた。

「スリザリンチームの選手と君との間に、応援に行くほどの接点があるとは思えない。今まで全く観に行こうともしていなかった君が急に試合を観に行くと言い出すってことは、ごく最近選手と知り合ったと考えるのが自然だ。けれど僕の知る限りでは、君はスリザリンチームの誰かと仲良くなってはいない。……グリフィンドールに友達でも出来たのかい? 」
「……知り合いなら、元から出ているわ。オリオンがいるじゃない」
「知り合い、ね。それにしては最近あまり話していないみたいだけれど」

オリオンとライムは元からそんなに会話する仲ではない。けれどあの図書館の事件以降全くといっていいほど話していないのは事実だった。

「……だからこそ、観に行きたいんだよ」

考えてみればライムはオリオンの事をほとんど知らない。シリウスとレギュラスの父親である事、ブラック家の当主になる事、リドルを支持している事。自信を持って言えるのはそれくらいで、あと皆噂で聞いた事ばかりだ。

リドルは視線を上げると、じっとライムの目を見つめた。

「本当に? 」

嘘を見抜くような目に、ライムはグッと目を細めた。けれど目は逸らさない。
オリオンをまだよく知らない。けれどそれは、リドルにも言える事だ。リドルと過ごした時間はまだ、一年にも満たない。

だから知りたいと思った。他人の目を通した姿ではなく、自分の目で見たオリオンを。かつてのリドルを知った時のように、直接言葉を交わして。そして、もっと、リドルの事も。

「そもそも君は病み上がりだろう。医務室を出てからもしばらく休んでいたし、外で観戦なんかしたらまたぶり返すんじゃないの? 」

あの縮み薬の事件から、まだあまり経っていない。
あの日、チャールズ・ポッターと深夜の図書館で奇妙な出会いをした後、ライムは参考にと渡された本を徹夜で読み漁り、何とか縮み薬の効果を打ち消す薬を調合した。しかしそれは残念ながら不完全な出来で、思ったほど年を取る効果は出なかった。しかし運がいい事に、リドルは監督生の仕事で忙しくライムと話す機会が無かった。元々ライムがリドル以外とあまり話す事はないので、どうやらバレずに済んだようだった。……正直、あまり自信はないが。

それ以来恐ろしくなって、ライムは前より縮み薬の量を減らしている。お陰で何とか日常に戻る事ができたのだが、薬の量を減らしたせいで、少しずつ見た目が本来の年齢に近付いてきている気がする。

「……大丈夫よ。もうすっかり治ったもの」
「どうだか」

何故、こんなにも反対するのだろうか。もしやリドルに本当の歳のことがバレたのではないかとライムは不安になったが、それを追及する気になれなかった。日本人は元々こちらの人と比べたらかなり幼く見えるというし、幾ら鋭いリドルとはいえ、まさかライムが年上だなんて思うまい。そうであって欲しい。
あまり話題を引き延ばすとこちらも尋ね返される。藪蛇はごめんだし、今はまだ、踏み込んで欲しくはなかった。

「でもまあ、僕もクィディッチは好きだよ」
「え? 」

思いがけない答えに、ライムは瞬く。リドルはその口元に美しい笑みを浮かべて、軽やかに続けた。

「試合の日は人が出払う。静かな城内はいつもより過ごしやすいからね」
「……そういうの、好きじゃなくて都合がいいって言うのよ」
「僕にとっては大差ない」
「本当に、貴方に心酔している人達が可哀想」

深いため息を吐いたライムに構わずに、リドルは再び読書に戻った。その口元には笑みを残したまま。

「気づかない方が悪いのさ」

変わらぬ態度に、つい何度目かの溜め息が漏れる。仰ぎ見た天井には、格子窓から差し込む朝日に照らされた埃がきらきらと瞬いていた。

こういうやり取りにももうすっかり慣れてしまった。小さなハプニングこそあるものの、日々はまだ穏やかで。

この先に待つあの事件へと、時間は着実に進んで行くのだった。


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