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  のぞみの代償


ぐずぐずと引きずっていた風邪もようやく良くなって、ライムは自室に戻る事を許された。熱がひいたばかりの身体はまだ少しだるく、歩く足取りは心許ないけれど、薬品の匂いに飽き飽きしていたライムは喜んで医務室を後にした。

これでまた元の生活に戻れると、そう思っていた。


変化はいつもの薬を飲んだ後に起こった。身支度を整えて鏡を覗き込むと、鏡にはいつもより少し大人びたライムの姿が映っていて、眠そうな目でこちらを見ていた。ずっと医務室で寝ていたからか眠気が晴れない。チェストから取り出した大瓶の薬を飲み干して、その苦さに思わず眉間に皺が寄る。直ぐに口直ししようと水が入ったコップに伸ばした手が、空を掴んだ。

「あれ? 」

距離感が、変だ。そう思ったのと同時にライムの身体がぐらりと揺れた。咄嗟にテーブルの端を掴んで踏みとどまったが、歪んで引き伸ばされる視界に吐き気が込み上げる。せり上がって来る痛みに耐えきれず、ライムはその場にしゃがみ込んだ。

「うっ……く」

痛い。苦しい。気持ちが悪くて吐きそうだ。

飲み干した液体が針のように内側を刺す。瞑った目蓋の裏側で視界が回っている。ぎゅうっと体が縮む感覚がして、よろめきバランスを崩す。手をつこうとして前に出したが、力が入らず倒れこむ。打ち付けた肘の痛みを堪えているうちに、ライムは意識を失った。


────次に目が覚めたのは夕方だった。
日がほとんど差し込まないスリザリン寮では外光から時間を推測することは難しいが、体感でもかなりの時間が経っているように思えた。飛び起き慌てて時計を見ると、既に最後の授業が終わる時刻になっていた。

「えっ!? う、嘘……どうしよう」

さあっと青ざめる。まさか、何で。一体何が起こったのかすぐには理解出来なくてライムは混乱した。
さっきまで朝だったはずだ。なのに時計は夕方の時刻を指している。つまり、倒れてそのまま目覚めなかったのか。まさかそんなに長い間気を失っていたなんて思わずライムは慌てた。授業は? 昼食は? 誰か部屋に来たのだろうか。いや、それなら医務室に運ばれているはずだ。誰にも気付かれていないとしたら、サボりになってしまったのだろうか。

「どうしよう……何て言おう」

折角医務室を出られたのに、また倒れるなんて。まだ風邪が治りきっていなかったのだろうか。けれどそれにしては怠さや頭痛も無かったし、熱がある時特有のぼうっとした感覚も無い。上半身を起こしてみても先程のような目眩は起こらなかった。
どちらにしろ、初日からこれでは先が思いやられるなとライムは思った。

とりあえず身だしなみを整えてから教授に謝りに行こう。そう考え立ち上がろうとした途端に、ローブの裾を踏みつけてたたらを踏んだ。

「わっ! あっ、ぶない! 」

転びかけて咄嗟に膝を着く。再び立ち上がろうとして、持ち上げた足が裾を巻き込んでもたついた。

「……裾って、こんなに長かったっけ? 」

違和感を覚えながらも立ち上がり、裾の埃を払う。袖がもたついて邪魔だ。何気無く壁に掛けてある鏡を覗き込んだ瞬間、ライムはそこに映ったものを見て硬直した。

「…………嘘」

視界がやけに低いとは思っていた。服も何だか緩い気がしていた。

「縮ん、だ? 」

鏡に映っていたのは、どう見ても十一歳くらいの少女だった。

「嘘でしょ……」

信じられない。
よろよろと鏡に近寄って、恐る恐る触れる。鏡に映った少女も同じように鏡面に手を伸ばしていた。
寸分違わず同じ動きをするその少女には嫌という程見覚えがある。

「わたし、なの? 」

ぶかぶかのローブを着て、立ち尽くす少女。身長も顔立ちも、時計を巻き戻したように昔の姿に戻っている。

「何これ……何で、こんなに縮んで………… ”縮んだ”? 」

ばっ、と背後を振り返る。視線の先にあるのは床の上に転がった大きな瓶。

「縮み薬……」

この時代に来てからほぼ毎日服用していた縮み薬。蛙に飲ませればおたまじゃくしに変化するように、飲んだ者を若返らせる薬。
まさか、飲む量を誤ったんだろうか。実際飲み始めた頃よりも一回に飲む量は増えている。それは薬の効きが悪くなるにつれて徐々に増えていったからなのだが、でも、この前まではこんな事にはならなかったのに。何故急に。

「効きにくかったり、やたら効いたり……何なのよ、本当」

うんざりしたようにそう呟いて、ライムはベッドにぼすんと腰掛けた。だぶだぶのローブが邪魔で、座り心地が悪い。足も短くなったせいで床に届かなかった。

とりあえず、元の姿に戻らなくてはならない。校医かスラグホーン教授あたりに相談するのがいいのだろうが、そんな事出来るはずも無い。時間が経てば元に戻るのかもしれないが、そんな悠長な事は言っていられない。明日の朝までに戻らなかったら困るのだ。さすがに2日も姿を見せなかったら誰かしら様子を見に来るだろうし、そうなったら言い訳のしようがない。

ひとまず図書館に行って調べるしかないが────さて、どうやって行こう。
ここは寮の自室だ。寮の外に出るには談話室を通らなくてはならない。この姿で、誰にも見咎められずに出られるだろうか?

気配を薄めたり、足音を消す呪文ならばある。けれどそれは人目が少ない中でこそ有効な呪文であって、不特定多数の人間がいつどこから現れるのかわからない状況ではそこまで役には立たない。しかも今は授業終わりで談話室にも廊下にも生徒が沢山いる時間帯だ。
いい案が思いつかなくて、ライムは頭からベッドに突っ伏した。

「透明マント持ってるハリーが羨ましい……」

あれは完全にチートアイテムだ。あれが有るのと無いのとでは、出歩く難易度が格段に違う。そもそも伝説級の代物だし、主人公の特権ということか。

「夜まで待つしかないか」

それまでに元に戻るかもしれないし。
空腹を訴える胃をなだめつつ、今度から部屋に非常食を蓄えておくことにしようとライムは固く誓ったのだった。


****


「……まあ、そう都合良くは戻らないよね」

時刻は真夜中。姿は変わらず幼いまま。
かくして寮を抜け出したライムは、一目散に図書室へと向かった。

運よく今日は談話室で遅くまで粘る生徒もいなかった。念には念を入れてかなり遅い時間まで待ったから、戻る時も誰かと鉢合わせる心配はないだろう。あとは道中で見回りの教師や管理人に見つからなければ問題ないし、その点に関して言えば、ライムには自信があった。
ここにいる生徒の誰より長くホグワーツで生活しているのだ。しかもその大半をあの悪戯仕掛け人たちと過ごしていた。夜のホグワーツは謂わばライムの庭だった。

杖先に灯った明かりが、本棚に並ぶ背表紙の金文字をちらちらと照らす。所々に剥げた金箔。擦り切れた装丁。日に焼けた紙の質感。古書の匂いが充満したこの空間が、ライムは好きだった。けれど深夜の図書館は恐ろしい程静かで、昼間とは全くの別世界だった。しんと冷えた空気に満ちて、通路の先には杖の明かりで照らし出せない闇が色濃く渦巻いている。念のためにフードを深く被っているせいで視界が狭い。呪文で簡単に裾上げしたローブは少し長かったようで、ちょっとだけ引きずった。

魔法薬学に関連する書籍が置かれた一角は図書館の中でも奥まった場所にある。杖を掲げてひとつひとつの本のタイトルを見るのは予想以上に骨が折れる作業だった。背が低いせいもあって上の方にある本のタイトルは良く見えないし、一々梯子を登っていては時間がかかり過ぎる。膨大な量の書籍から目的のものを探し出さねばならないと考えるだけで頭痛がしそうだ。それでも何とか気力を振り絞って探すしかない。見上げた先に気になるタイトルの背表紙を見つけ、背伸びしようとライムが足を止めた時だった。

「はい、ストップ」

背後から聞こえた鋭い声に、びくりとライムの体がはねた。

「そのままじっとしていてね。怪我、したくないでしょ? 」

人だ。男の人の声。すぐ後ろに、立っている。一体いつの間に。

「っ……」

ごくりと唾を飲む。身が竦んで硬直した。
リドルか、取り巻きか、はたまた別の人間か。何処から見られていたんだろう。いつから後を尾けられていたのか。慣れない身体で本を探すことに集中し過ぎて、気付けなかった。

「質問に答えてくれるよね」

問いかけの形を取っていても、それが命令だということが伝わってきた。杖を突き付けられているんだろうか。わからない。ただ背後から伝わるピリピリした空気が、ライムに振り返る事を躊躇わせた。

「質問その1。ここで何をしているの? 」

────リドルじゃあ、ない。
それがわかった途端に少しだけ気が抜けた。けれど相手は違うようで、背中から緊張が伝わってくる。

「本を、探してるの」
「へぇ。質問その2。どうしてこんな真夜中に? 」
「急ぎだったから」
「ふーん……急ぎ、ねえ……ん?って、あれ? 」

怪訝そうに声を上げ、声の主はしばらく沈黙した。

「ねえ……君、もしかして下級生? 」
「へっ? えっと……」
「一年生? それか二年生? あー、だよねーうっわ……マズイ事したな」

暗さに目が慣れたのか、どうやら相手はライムの背が随分と低いことに気付いたらしい。急に声から緊張感が抜けて、軽い口調で話し出す。

「かなり小さいね……って事はまさか新入生? なーんだ、上級生かと思って警戒しちゃったよ」

あはは、と一人笑うと男は緊張を和らげたようだった。戸惑うライムとは裏腹に、一転して親しげな口調で話しかけてきた。

「こっち向いていいよ。あっ、ウソ。ちょっとだけ待って」

ごそごそと布のこすれる音がした後で、「もういいよー」と声がかかった。ゆっくりと振り返った先に立つのは、比較的背の高い青年だった。
相手も目深にフードを被っている。先程の音はフードを被る音だったらしい。

「改めましてこんばんは」
「こん、ばんは」
「いやー、驚かせちゃってごめんね。こんな時間にいるから、てっきり上級生だと思って。大丈夫? 」
「いえ、その……平気です」
「そう? なら良かった」

悪びれる様子も無く軽い調子で男は笑う。
随分と親しげというか……若干馴れ馴れしい人だ。男はじろじろと頭から足の先までライムを見ると、小さいなあ、とつぶやいた。

「一人で寮を抜け出して来たの? 度胸があるねえ」

男は腕を組んで感心した、とばかりにうんうんと頷く。どうやら一二年生くらいだと思われているみたいだ。正体がバレる心配は無さそうだし、ライムはひとまず話を合わせておくことにした。

「仕切り直そうか。君の名前は? 」
「……」
「おや、そんなに警戒しなくていいのに。そうだな……じゃあ僕も名乗らないでおこう」

その言葉にホッとしたのもつかの間、目の前の男は楽しそうに予想外なことを言い始めた。

「代わりに、僕が勝手に呼び名を付けようかな。名無しじゃ不便だしね」
「へっ? 」

完全に予想外の言葉だった。呆気にとられるライムを尻目に、男は考え込む仕草を見せ始めた。ライムは慌ててそれを遮る。

「べっ、別に、そんなに呼ぶ機会なんて無いでしょう? 名付ける必要なんて無い」
「そうかな? 案外必要になるかもしれないよ。管理人に見つかって逃げる時とか。それに、君が名前を教えてくれないんだから仕方がなとは思わないかい? 」
「……全く思わないです。あと、嫌な想像しないでください」
「君はスリザリンか……じゃあ……そうだな、サラと呼ぼう」
「サラ? 」

人の話を全く聞かない様子に、ライムは思わずぽかんとして男を見つめた。

「……まさか、サラザール・スリザリン? 」
「御名答! ああ、僕の事はゴドと呼んでくれ。ゴドリックでも構わないよ」

ゴドと名乗った男は、ライムの呆れた様子にも構わず指を鳴らして得意げにそう言った。
改めて見ると背が高い。目深に被ったローブのせいで顔はよく見えないが、口元は笑っているのがわかる。男ーーーーゴドは先ほどまでとはがらりと雰囲気が変わり、友好的とさえ言える態度でライムと向き合っていた。

「あなた、変わっているわ」
「ありふれていると言われるより数段良い」

嫌味を込めてそう言ったのに、少しも気にしていない。話が噛み合っているのかいないのか、ゴドはずんずん自分のペースで話を進めていく。それも至極楽しそうに。そんなゴドに呆れつつも、そのお調子者でキザなところに懐かしさを感じて、ライムは小さく笑った。

「で、サラは何の本を探していたの? こんな夜中に寮を抜け出す危険を冒してまで読みたい本って、何だい? 」
「何でもいいでしょう」
「気になるじゃあないか。これでは寮に帰っても気になって、全く眠れないに違いない。だからほら、教えて? 」
「……元から、眠る気なんてなさそうですけど」

質問を躱そうにもゴドはどんどん質問してくる。この様子では教えるまでしつこく追及してきそうなので、ライムは諦めて事情を話す事にした。とりあえず大事なところは上手くぼかして目的を伝える。

「──縮み薬の副作用? 」
「正確には、縮み薬をもとに改良した薬の、です」
「細かいねえ」
「大事なことでしょう」
「まあね。でも、どうしてそんなものを調べるんだい? 課題じゃあなさそうだし。サラの学年にしては難しい内容だよね。そんな緊急の用事なの? 」
「それ以上追及するなら、私は帰ります」

正体がバレたらわざわざこんな真夜中に抜け出して来た意味がなくなる。

「ごめんごめん、ならもう聞かないよ。少ない情報から推測するのも、何だか面白そうだしね」

変わった人だ、とライムは思う。フードを目深に被った訳も聞かなかった。まあ、相手も同じように顔を隠しているのだから、知られたくないだけなのかもしれないが。

「そうだね、薬の効力を消すには幾つか方法があるけれど、基本的なのは解毒剤の使用だ。大抵の薬にはその効力を打ち消す解毒薬がある。しかしこれは薬の種類によるし、原因の薬がはっきりしていなければ効果が無い。もう一つは、正反対の作用を持つ薬を使用する方法だね」
「正反対の、ですか……? 」
「そう。例えば君が調べている縮み薬ならば、逆の作用をもたらす膨れ薬がそれに当たる」

本棚に向けてひょい、と杖を一振りしたゴドの手元に分厚い本が飛び込んでくる。事も無げにそれをキャッチすると、ゴドはぱらぱらとページを捲った。

「つまり、正反対の薬の効果で打ち消す。……ただしこちらも問題がある。使用量を誤ると、今度は別の薬の効果が出てしまう。量は元の作用している薬と釣り合うようにしなければならない」

ライムがゴドが開いたページを覗き込むと、魔法薬の効果の釣り合いについての記述があった。ぱっと見るだけでも難しそうだ。

「でもまあ、サラみたいなお嬢さんにはまだ難しいかな。まだ基礎を勉強中だろうし。ねえ、スラグホーン教授あたりに相談する気は無いの? 君の寮監だろう? 秘密にしたいならそうしてくれそうなのに」
「それは……できません」
「……ふーん。まあ、事情は人それぞれだしね。どちらにせよ、この本とこの本あたりは参考になると思うし、借りていくといい」

どさどさと積み上げられる本を胸に抱えて、ライムはじっとゴドを見上げた。

「ん? なあに? 僕に惚れちゃった? 」
「違います」
「ハハッ、冗談だよ。どうかした? 」
「優秀、なんですね。こんなにすぐ本を見繕うなんて。……ひょっとして監督生なのかな、って 」
「あー……それは秘密、かな。それに答えるとすぐにバレちゃうからね。ま、成績いいのは否定しないけど」

しないのか。さらっ言うが、ゴドは随分と自信家のようだ。リドルを思い出してちくりとライムの胸が痛んだ。それを振り払うように首を降って、探り返すように質問を重ねた。

「ゴドはグリフィンドールでしょう? 」
「ああ。見ての通りさ」
「何年生か……は、聞かない方がいいですよね」
「うーん、そうだな……本来なら秘密なんだけど、君がそうまで言うのなら──」
「──いや別にそこまで知りたいわけじゃ」
「仕方ない。特別に、君にだけ教えてあげよう」
「……ああじゃあ、お願いします」
「僕は六年生だよ」

年上だ。成る程知らない訳だ。寮も学年も違えば接点はあまり無い。こちらに来てから数ヶ月経ったが、同じ学年ならば他寮の生徒の顔も大体わかる程度で、スリザリン以外の上級生はほとんどと言っていいほどわからなかった。

「サラは監督生になりたいの? 」
「えっ? いえ、そういう訳じゃ……ないですけど」

急な質問にびっくりして否定する。どうやらゴドは、ライムが監督生に興味があると取ったらしい。

「そうなの? こんな真夜中に図書館に来るくらい勉強熱心なら、見込みはありそうだけど」
「監督生になれるほど、優秀じゃないです」

リドルと同じ立場で横に立つ自分は想像あまり出来なかった。

「優秀さは確かに重要な要素だけれど、サラはまだ一年生だろ? ならまだまだ可能性はあるんじゃない? 」
「……でも、リドルみたいになれるとは思えないし」

ゴドの気安さに、ライムはつい、そう答えてしまった。あっ、と思った時には遅く、慌ててライムは口を手で覆った。しかしゴドは特に気にした様子もなく、ああ、と声を上げた。

「リドルって、トム・リドル? あれは何というか、例外だろう? 彼と同じレベルを目指すなんて、サラって結構すごいね」
「えっと……そう、ですかね」

意外な方向に話が流れたが、お陰で何とか誤魔化せそうだ。ライムは内心でほっと胸を撫で下ろした。

「トム・リドルの事、そんなに高く評価しているんですか? 」
「え? ああ、そりゃあね。学年も寮も違うけど、彼の噂は良く聞くし」
「そう、なんですか。でも、あなただって優秀なんでしょう? 」

ライムのその言葉に、ゴドは驚いたように目を見開いた。そしてふっと目を和らげて微笑むと、突然ライムの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「ちょっ、フードが脱げちゃう! 」
「サラはいい子だね」
「えっ? 」

乱れたフードを慌てて直す手が止まる。思わずゴドを見上げると、ゴドは少しだけ真面目な、どこか諦めたような声のトーンでつぶやいた。

「 彼にはまあ……敵わないね。釈だけど」
「……なんか、意外」
「なぜ? 」
「あなたがそんな謙虚な事を言うなんて、意外だなって」
「あっはっは! サラ、君って中々言うねえ」

何がそんなに面白いのか、ゴドは手を叩いて笑う。先程までの真面目な雰囲気は吹き飛び、笑いながら話し続けた。

「敵う相手がいるのなら、是非とも一度その顔を拝んでみたいものだね。あんな完璧超人そういない」

そう言ってゴドは肩を竦めた。その態度に何処か引っかかるものを感じて、ライムは思わず疑問を口にした。

「……嫌いなんですか? トム・リドルの事」

意外な質問だったのか、ゴドは軽く目を見開いてまじまじとライムの顔を見つめた。辺りは相変わらず真っ暗だし、お互いフードを被ったままなのでよくは見えないが、何となくゴドが再び真面目な表情になったのはわかった。

「……いや。好きか嫌いかじゃないよ。ただ、何となく競い合う相手とは思えないってだけで」

そう言って、ゴドはぐしゃぐしゃと頭を掻く。深く被ったフードの端からほんの少し、癖のある髪が飛び出した。

「彼は……何だろう、上手く言えないけど、完璧過ぎる気がするんだ」
「完璧、過ぎる……」

作り上げられた優等生。隙の無い完璧さ。それは魅力でもあるけれど、同時に近寄り難さも生まれる。ゴドはそれに、気付いているんだろうか。

「ま、あれだけ才能に溢れていたらそう感じるものなのかもしれないけどね。でもまあ、僕だって負けず劣らず才能に溢れているけどね。少なくとも彼は、クィディッチの選手ではないし」
「……って事は、ゴドはクィディッチの選手? 」
「あっ」

ゴドは自分の失言に口を覆った。けれど何となく、ワザと言ったのではないかとライムは思った。

「……そう。僕の正体が知りたいのなら、クィディッチの試合を観に来ればいい。観ればすぐにわかる」
「でも、私あなたの顔を知らないわ」
「そんなの大した問題じゃあないさ。一番上手く速く飛ぶのが僕だ」

不意に窓から差し込んだ月明りで、その顔が一瞬だけ照らし出される。その姿に、ライムは息を飲んだ。

「────あなた、まさか……」

くるくるとはねた黒髪に、光を反射する丸いメガネ。
にやりと笑ったその顔は、あの友人とそっくりで────「おい! お前達何をしてる!? 」

突如響いた怒声に驚いて二人は飛び上がる。声の方へ振り返ろうとしたライムの背をゴドが勢い良く押した。

「ほーら来た、走れ! 」

追及する前に手を引かれてライムは走り出す。ライムはぐんぐん加速するゴドの歩幅に着いていくのがやっとで、転ばないよう足を必死に動かした。


背後で怒り狂った管理人の叫び声がする。追いすがるランタンの灯りが揺れて壁を不規則に照らす。明滅する光で目がちかちかして、上手く足元が見えない。迫る足音に竦むライムの足を、ゴドの手が導いて行く。

風でライムのフードが脱げると、長い髪が散らばって背に流れた。直す間も無く必死に走って、目まぐるしく変わる景色に目を回さないようにするので精一杯だった。

「君の寮へはこのまま真っすぐ走って二つ目の角を左に曲がれば近道だ。捕まるなよ」
「待っ──」
「じゃあね、スリザリンのお嬢さん。良い夢を! 」

別れ道で背を押され、ライムはつんのめるように二三歩進む。慌てて振り返ると、ゴドが道を曲がろうとするところだった。

「ゴド! 」

呼ぶ声に振り返り、ウインクを飛ばしてかけ去るその後ろ姿に思わず手を伸ばして、ライムはしばし立ち尽くした。

「チャールズ・ポッター……」

ジェームズの、父親。
知っている。私は、あなたを。あなたの息子を。


息が苦しい。胸が、苦しい。
ばくばくと心臓がうるさいのは、どうやら走ったせいだけではなさそうだった。


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