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Short Short Log

月を追って

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走っても月は追いかけてきた。

真夜中にふと目が覚めた。時刻を確認するまでも無く、朝は遠いとわかった。眠りの余韻は跡形も無く、けれどこんな夜中にする事も無いのでどうにかもう一度眠りにつこうと目蓋をぎゅっと押し付けてみた。眠気は少しも訪れずすぐに無意味だと諦めた。
ベッドから足を下ろすと冷気は即座に這い上がってきた。反射的に眉間に皺が寄る。けれどそれを見咎める者もいないから、僕は気にせずそのまま立った。靴の所まで裸足でぺたぺたと歩く。足裏に触れるやわらかな絨毯はほんの少しくすぐったかった。靴を履きながら上着を探してぐるりと部屋を見渡す。一瞬、クリーチャーを呼ぼうかと思ったが、すぐに思い直してクローゼットから自分でコートとマフラーを取り出した。


そろりと屋敷の外に抜け出してから、指の先が冷たい事に気がついた。そういえば、手袋の事をすっかり忘れていた。寒さにかじかむ指先は放っておいたら霜焼けになりそうだったが、手袋を取りに戻るつもりは無かった。ドアに背を向けて歩き出す。マグルの姿はどこにも無くて、僕は少しだけ安堵した。

空にぽっかりと浮かぶ月は一部の欠けも無くまん丸で、綺麗な白い光の固まりだった。その美しさを恐ろしいと思った。月は落ちてきそうに大きく、そのイメージは僕の頭に焼き付いて離れなくなった。
気付いた時には走り出していた。

マグルの町並みが飛ぶように後ろへ流れてゆく。石畳は見た目はいいがごつごつと粗く走りにくかった。けれど僕は構わず走った。風がぶつかって頬が痛む。走る速度を上げると景色が溶けて色が混じった。

ハアハアと、息が切れる。喉がヒリヒリして肺が痛む。わき腹が徐々に引き攣れるように痛み出したが、僕はそれでも走ることをやめなかった。やめたら月が追いついてしまう。

どうして走っているのだろう。握り締めた手のひらが汗で滑る。額に髪が張り付き、風に煽られた後ろ髪はぼさぼさだった。するりと解けたマフラーが背中で尾を引く。僕は止まらない。止まれない。誰かが尾を引いて、止めてくれたらいいのにと思った。けれど誰も来なかった。当然だ。だってここには僕しかいない。


こわかった。それは得体の知れない恐怖だった。
月が恐いのではないと今更ながらに気付いたけれど、それは気休めにしかならなかった。どちらにしろ、走っても逃げられない事には変わりない。

恐怖は僕の内側から湧き出した。泡のように次々と、大小さまざまな恐怖はごぼごぼと音を立てて僕の身体を駆け上がった。口を開いて吐き出しても、あふれ出す。止まらない。息が苦しい。でも止まれない。泡も止まない。ああこのままでは、死んでしまう。


(レギュラス/月を追って)

思い立って一気に書いた話。不安に押し潰されそうでただひたすらに走って逃げるけど不安は自分の内側から生まれるものだからどこにも逃げ場なんてないよっていうよくわからない話。


 

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