×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Short Short Log

ずぶずぶと 堕ちてゆく

38/53

 
僕にとって、過去を振り返るという行為は苦痛以外の何物でも無かった。
いつでも記憶には重苦しい影が見えた。暗い屋敷。長い廊下。会話の無い食卓。躾は厳しく弱音を吐くことは許されない。友達は作るものではなく与えられるもので、決定権は僕に無かった。
鉛のように重い過去は僕の胸をじわじわと圧迫した。苦しい、吐き出したい、息が出来ない、息の仕方もわからない。
陰鬱な過去の記憶は僕を蝕む。この色の無い毎日は一体いつまで続くのだろう。わからない。縋れるものなど何も無い。
けれど、一緒に外を駆け回ったり、転んだ僕に手を差し伸べたり、当たり前のように兄と過ごした ほんの些細な記憶がたまらなく愛おしく思えて。
────その明るさに、胸が詰まるのだ。
今の僕の置かれている状況と比べてそれは余りに穏やかで、あたたかくて。多分幸せとはああいう事をいうのだと気付いた時にはもう手遅れだった。
兄は永遠に家を後にし、僕の進む道はひとつしか無かった。

兄を認めたわけじゃない。兄を許したわけじゃない。けれど嫌いだったわけでも無いのだと、今更ながらに自覚した。
兄は母の言うことばかりを聞く僕を疎ましく思っていたようだけど、笑いかけてくれることもあったから。
もし、あの時兄に声をかけていたら。
もし、母が兄を認めていたら。
もし、兄と僕の生まれる順番が逆だったら。
もしも、もしも、もしも。
もしも ばかりで前に進めない。けれど戻ってやり直すことも出来ない。後悔しているのかすらもわからない。今に満足出来ないけれど、じゃあ何がいいのかと問われたら答えられない。間違えたとしたら何処だろう?何処で道を違えたのだろう?一体どれが正解なのか誰も知らない。誰もわからない。誰も教えてはくれなかった。
何処から直せばいいのかも、僕にはもうわからないのだ。


(ずぶずぶと 堕ちてゆく/レギュラス)


 

  back