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▼さかなのうろこ
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魚になりたい、と言ったことがある。
湖で泳いだ時の記憶が僕の脳内に強烈に焼き付いていて、息が詰まると決まってそれを思い出す。
湖の中はとても静かで、地上から差し込む光がベールのように揺らめいて青い世界を照らしていた。両手で透明な水を掻くと、ぐん と身体は簡単に前へ進む。重力も身体の重さも水の中では瑣末なことだった。上下左右何処までも、望む場所まで泳げる世界。そこで僕は呼吸が続く限りは自由だった。なめらかに肌を滑る水の感覚が心地良くて、そのまま冷たい水にとけてしまいたいとすら思った。
深く深く潜った先で、目の前を横切る美しい一匹の魚。身動ぎする度七色に輝く鱗。しなやかな尾びれ。咄嗟に手を延ばしたけれど、容易く指の合間をするりと抜けて遠ざかる。それは幼い僕の目にとても自由な存在として映って、魚のように泳げたらと、子どもながらにそう思った。
(レギュラス/さかなのうろこ)
書こうと思っていた短編の一部