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Hypnotic Poison
天蓋付きの豪奢なベッドの端に二人の男女が向かい合って座っていた。
白いシーツは皺一つ無く折り込まれ、上に掛かるふかふかの羽根布団は二人の体重を受けて柔らかく沈む。
女は男が伸ばした手を拒まない。男は女の後頭部に置いた手のひらを何度か上下させてゆるく髪を撫でると、そっと胸元に引き寄せた。
薄い胸板から伝わる鼓動は人ではありえないほど遅く響く。その音を聞き漏らさぬように、女──イヴ・ノアゼットは目蓋を下ろした。震える長い睫毛の色は淡い桜色。風呂上りでまだ少し湿った髪は僅かに色に深みを増して、珊瑚のような桃色をしていた。

リドルの指先が優しい手付きで髪を払う。こくん、とイヴの喉が動いた。

「っ、う……」

つぷり と、音を立てて肌に飲み込まれる鋭い牙。イヴが反射的にリドルの服を掴むとより強く抱きしめられた。布団は乱れ、シーツに深い皺が寄る。イヴは鋭い痛みに思わず声を漏らし、次いで息を詰める。痛みが徐々に薄れて代わりに感じた事の無いような快感がじわりと広がってゆく。

「リド、ル……」

声が掠れた。喘ぎにも似た声が漏れる。肌の下をざわざわと何かが駆け抜ける。全身が総毛立つ感覚にきゅうっと瞳孔が細まる。

それは目が眩む程の快感だった。
言葉にならない。息が上がる。こんな感覚を他に、イヴは知らない。ぞくぞくと肌が粟立ち吐息が漏れる。自分を見失いそうだった。
同時に危険だとも思う。理性の箍が外れそうな程の強いそれは抗いようが無い。少しでも気を抜けばたちどころに流されそうで、それがこわくて、無意識にローブを掴む力が強くなる。

「――――悪くは無いだろう? 」

笑み混じりの声音。ぞくりと脊髄を駆け抜け腰に響くそれは甘い。開いた口元から覗く白い牙は鋭く、赤い鮮血が滴っていた。ぽたりと垂れ落ちて下唇を濡らすそれを、リドルはゆっくりと勿体ぶった動きで舐め取った。

「何時に無く、色っぽい顔だ」
「……変態」
「どちらだか」

喉を鳴らして笑うリドルは上機嫌だ。恥ずかしさを隠すよう、寄せていた体を素早く離すとイヴは乱れた髪を撫で付けた。

余韻は中々抜けない。麻薬のようにじわじわと広がり回数を重ねる毎に増してゆく。中毒性の高いそれはさながら毒のようで、少し恐ろしい。
イヴはそっと自分の首筋に触れた。白い肌に穿たれた牙の痕のあった場所。ぷっくりと盛り上がってくる赤い血をぺろりと舐め取った後には傷ひとつ残らない。

「これは、生きる為の行為だ」

真っ赤に濡れた唇と青白い肌との対比は禍々しくも美しい。
リドルの瞳はいつにも増して赤く、爛々と輝くその色は血のように生々しかった。

「僕たち吸血鬼は、人間のように動植物を殺して摂取せずとも生きていく事が出来る。けれど結局、その人間から生きる上で欠かせない血を奪うのだから…同じ事なのかもしれないな」
「リドル……」

血を啜った後のリドルは何処か気怠げな空気を纏っていた。白いシャツの襟元を寛げて流し目を送るリドルに誘われるように、イヴはゆっくりとベッドの上を這い寄った。リドルはそれを面白そうに見ているだけで、その場から動かない。
左手をリドルの肩にかけ、右手をその胸に置く。トン と力を込めて押すと、拍子抜けする程あっさりリドルは後ろに倒れた。

「僕が、欲しい? 」
「欲しいわ」

迷いは無かった。イヴはこの美しい吸血鬼を、ただひたすらに求めていた。リドルの上に跨って、じっくりと見下ろす。蝋のように白い肌、ぬばたまの黒髪、真赤な唇。美しい獣。計算し尽くされた美貌。それが今、目の前にある。

イヴがリドルの少し長い黒髪を払って、顕わになった首筋に唇を這わせると、薄い皮膚の下を流れる血がざわめいた。静かなそれは潮騒だ。身の内を巡り、流れ続ける波の音。イヴがそっと目蓋を下ろし目を伏せると、長い桜色の睫毛が目元に淡い影を落とした。

「僕が化け物だと言うのなら、君も既に化け物だ」
「ええ」
「それを選んだのは君だけど、選ばせたのは僕だ」
「……そう」
「それを知っても、君は僕についてくるのかい? 」

答えなんて、ひとつだ。

「当然でしょう。私は私でこの道を選んだの。例えそれがリドルの狙い通りの結末だとしても、選んだのは私」

だから後悔なんてしていない。化け物にだってなってやる。この人が一緒なら、私はどこにでも行く。何にだってなる。
人間だった私は、もうとっくに死んだのだ。

「私はイヴ。ただのイヴ。貴方と同じ、吸血鬼よ」

凛とした声でそう言い放って、その白い首筋に、牙を立てた。

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【香水名】Hypnotic Poison ヒプノティック・プワゾン (催眠効果のある毒)
【ブランド】C Dior(クリスチャン・ディオール)
【発売年】1998年
【備考】妖しいオリエンタル・ウッディ。ジャスミン、ウッドコンプレックス、姫ウイキョウ、アーモンド、バニラ、ムスクなどが同時に香るシンクロノート。媚薬的な妖しい香りとバニラのお菓子のような甘さが溶け合って、幻惑の雰囲気を醸し出す。


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