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Bouquet de Faunes
烏の塗れ羽色の艶やかな髪。合間から覗く鳩の血色の瞳。
初めてそれを目にした時の衝撃を 今でもはっきりと覚えている。

ヴァンパイアの中には普通の人間では持ちえない色彩を持つ者も多い。勿論普通の人間と変わらぬ黒や茶、金の髪や瞳は圧倒的に多く傍目にはヴァンパイアだとはわからない。だがその誰もが美しい容姿をしている。
純粋な───生まれつきの───ヴァンパイアが持つ色は稀少性が高く、滅多に見られない。特に血の様な赤い色は極めて稀だ。

血色の真紅。命の源。それは王の色。

純粋種・原種とも呼ばれるヴァンパイア世界の貴族たちの中でもほんの一握りの者しか持ち得ない、紅い色。その色を持って生まれた者こそが、王になると古くから言い伝えられている。
後天的にヴァンパイアとなった者の色彩は様々に変化するが、その変化の度合いや色彩は気性や性格によるという考えが一般的だ。

淡い若葉色の瞳。
桜色のやわらかな髪。
元より白かった肌はさらに白さを増して、今では本当に雪のようだ。

鏡に映る、新しい私の姿。何度見ても、見慣れない。

「また見ているのかい」

音も無く開いた扉の先に、呆れた表情をしたリドルが腕を組んで立っていた。いつの間に着替えたのか、朝に見た豪奢な濃紺の外出着ではなくシンプルな仕立ての上下に身を包み、その姿は普段より幾らかくつろいでいる様に見える。

「───見慣れない……んだよ、ね」

つ……と鏡に映る自分の輪郭を撫でる。つられる様に鏡の中の少女が同じ動きをするのは、鏡に映るのが紛れもなく自分だという証。

「中身は全然変わって無いのに、別人みたい」
「淡い桜色の髪、透き通る若葉の瞳。付いた呼び名が桜の精────極めて珍しく、希少価値が高い色彩の組み合わせ。
───全く、奴らの君を見る目の卑しさと言ったら無いね」

じろり と恨みがましい目線を送ってみても、リドルはどこ吹く風といった様子でそれを躱す。

「僕が決めたわけじゃ無い」
「そうだけど、」

わかっている。誰のせいでも無い。
でも、誰かに不満をぶつけずにはいられない。冷静に鏡を見れば……確かに、綺麗だ。元の、人間だった頃ではありえなかった色。けれどこの姿になってから リドル以外の吸血鬼達が自分に向ける目が、酷く落ち着かない気持ちにさせるのだ。

「珍しい色は武器になる。どんなに欲しいと足掻いても、それは手に入らないものだから」
「武器……」
「そう。生まれ持った才能と同じ。それを生かすも殺すも本人次第で、利用することに引け目を感じる必要もない。それは君の一部なのだから」
「……私は、ただの子どもだわ」
「だが君は僕に選ばれた。もう無力な人間ではないし、ただの小娘でもない。君は僕の婚約者だ」

恥ずかしげも無くそんなことを言わないで欲しい。言われるたびに戸惑って、照れている自分が馬鹿みたいじゃないか。赤くなった顔を隠す為に俯く。
頭上から、堪えきれないとばかりにクツクツと忍び笑う声が落ちてくる。抗議の意味を込めてリドルの躰を遠ざけるように手のひらで押すと、それ以上に強い力で引き寄せられた。

「イヴ、どうして顔を隠すんだい? 」
「わかっているくせに」
「言わせたいんだ」
「──っ……! もう! 」

ドン、ともう一度強くリドルの胸を叩いても、ビクともしない。それどころか腕に込める力を強めてくる。

「今更だけれど、確かにその色は君に似合っているよ」
「え……? 」

驚いて顔を上げると目の前にリドルの整った顔があった。するりと耳の後ろを撫で、ほっそりとしたしなやかな指が桜色の髪を取り口付ける。

「綺麗だ」

囁く声は甘く、抗いようも無い程 魅力的だった。

「───ずるい」

息が、胸が、苦しい。意地悪で、こうして人目の無い所では気まぐれにからかって。私はいつでも翻弄されてばかりで、なのにどうしたって嫌いになんてなれない。頬まで赤く染めて俯く私をリドルは緩く抱き込んで、肩口に顔を寄せてきた。恥ずかしさを誤魔化す様にぎゅう と服の裾を握りしめると、リドルは愉しげに喉を鳴らして笑った。触れ合う所から振動が伝わって、掠める様に耳朶に触れる唇がくすぐったくて身をよじった。

「リドルはずるい。そういう言葉を言われるの、苦手だって知っているでしょう……! 」
「そうだね、知っている」
「なら、やめてほしいわ」
「でも君は、そんな僕が好きなんだろう? 」

目を細めてこの上無く美しい顔で笑う。
綺麗な綺麗な吸血鬼。私の好きな人。いつだって どんなに抗ってみたって結局、この男には勝てない。

それでも素直に頷くのは何だか悔しくて、けれど否定は出来なくて、答えの代わりに背伸びして口付けた。

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【香水名】Bouquet de Faunes ブーケ・ドュ・フォーヌ (牧神の花束)
【ブランド】Guerlain(ゲラン)
【発売年】1922年
【備考】香水瓶はルネ・ラリックが製作。噴水をモチーフとした胴の回りに、フォーン(牧神)の顔が男女交互に4人ついた美しい香水瓶。


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