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01 プラトニックラブ


キーン、コーン

「お、終わった…アル」

チャイムと共にペンを置き机にぺたっと突っ伏した。横目に入る半分くらい空欄の回答用紙は無かったことにして重苦しいものから開放された心地好さに浸る。

「…ッ!私は自由アルッ!」

そこから思いっきり伸びをすればなんて気持ちがいい…はず。
だけど私の心には複雑な思いが渦巻いているのである。

「いや、テストが終わったくらいで大袈裟じゃね?」

そういって振り向くのは前の席の沖田。
テスト時は出席番号順に座るのでいつもこの眺め。それが嫌なテスト中の唯一の楽しみだったりするのだけどそんなことは誰にも言えない。
長いようで短い4日間だった。今日でこの席ともサヨウナラ、また次のテストまで。

「そこッ!大事アルよ!もう私は何にも縛られることはないネ。あとは夏休みを待つのみヨ」
「補修あるとか考えてねェの?」
「…今を生きてる私にそんな先の話なんてするなアホ、めっちゃテンション下がったアル」
「随分とかるーいテンションだなァ、おい」

うん、実はあんまりテンション上がってなかったし。
むしろ下がる一方だし。

この沖田、席が離れているからといって全く話さなくなるような仲ではない。
帰りだって都合が合えば一緒に帰るし…その他大勢も一緒だけど。遊びにだっていったりする…その他大勢も一緒だけど。まあいわゆる『友達』なのであって、それ以上でもそれ以下でもない。このままでもいいかななんて思いつつも、だけどそれ以上になりたい…乙女な気持ちは私にだってある。
だけど私のチキンハートにそのハードルは高すぎて告白するなんて勇気はないのだ。
世の中の彼氏彼女という関係を作っている人たちは凄いなあ、なんて思ったりして。

そんな事はおいといて。
普段から仲が良くてみんなが居れば普通に話せるのに、いざふたりきりになってしまうとすごく緊張してしまうのだ。だけど席が隣なだけで自然に話せる不思議。だから席が近いか遠いかはかなりの重要ポインツだと思うのであって。

実際、遠くの席にいるコイツをこっそり穴が開くくらい眺めているけど近くの女子とかと話してるの見るとすっごい気になってしまっているし。今のところ誰と付き合ってるとか誰が好きらしいとかそんな話は聞いたことないけど、だからこそなのか、内心気が気じゃない。

二学期の席替えに期待するか、次回の中間テストまで我慢するか…。

「うっさい、女子のココロは複雑なのヨ」
「誰が女子だ誰が。ゴリラの間違いじゃねェの」
「…めっさ傷ついたアル」

仮にも女子に向かってゴリラとは。
先行きは真っ暗というところなのか。

「そうだ、チャイナ」

そうこうしているうちに答案用紙が回収され各自元の席に戻りはじめる。私も名残惜しく思いながら席を移動するべく立ち上がろうとすると。沖田は思いだしたかのように私を呼びとめた。

「なにアル?」
「今日ヒマ?」
「ヒマ…だけど?」
「アイス喰ってかね?今サーティーワンでアレやってんだろアレ」
「あ、行きたいッ!私も行きたいって思ってたネ!よし新八とかも誘ってくるヨ―」

アレとはサーティーワンでやってる1個おまけでついてくるアレ。この間から店の前を通るたびに食べたいなーって思ってた。今日も暑いし、テストは終わったし絶好のアイス日和。
…なんてことよりもこの後少しでも一緒に居られるのが嬉しい。ささやかな幸せ。
ニヤつく顔を必死に押さえながら新八のところに行こうとすると、沖田がぐっと腕を掴んだ。

「いや…、あいつら今日…ザキん家でゲームやるっていってたぜ、うん確かそうだった」
「そうアルか?お前は行かないのかヨ」
「そんな気分じゃねェし」
「そうアルか、ってことは…」

―!!

ってことはふたりきり?
いやいやいや、そんな展開になるなんて聞いてないし。心の準備出来てないし!
いつもみたいに皆で騒ぎながら行くのかと思っていたし。
こんなチキンな私にはいきなりふたりで出掛けるとかレベル高すぎるし。
どうしようドキドキしすぎて変な汗が出てきてるし。
ニヤつきそうだった顔は一瞬にして挙動不審のそれに変わり。そんな私を沖田は超不審そうな顔で見ていた。
どうしよう。

「?」
「あ、いや、な、なんでもないアル。じ、じゃー。お、お妙誘ってみるネ」

すごく嬉しいはずなのにそれを回避しようとしている私。滅多とないチャンスなはずなのに自分から遠ざけてしまってどうする。
でも、やっぱりふたりでとかやっぱり心の準備が―


「ちょっと待って」

そういうとポケットから携帯をとりだしてぽちぽちメールを打ち始めた沖田。

「な、なにアル?早くしないとお妙帰っちゃう―」
「じゃ、そういうことだから」

ピロロロ。

沖田がパタンと携帯を閉じてそういうと同時に鳴る私の携帯。

「はぁ?そういうってどういう事ネ!」
「じゃ先に行ってらァ」

そう言うとヒラヒラと手を振って軽そうな鞄を持って沖田は言葉通りに先に教室を出てしまう。それを私はぼーっと携帯片手にそれを見届けて。

ええと、結局なにがどういうことになったんだっけ。

とりあえず、メールが来てるらしい携帯を開いてみるとやはりといっていいのかどうなのかそれは沖田からのメールで。
ドキドキしながらぽち、とそれを開いてみた。

≪今日は二人で行きたい。昇降口で待ってる≫

絵文字もなにもなくて短くそう書かれていているメール。

「…マジでか」

思わずそう口に出してしまっていた。


今日は、とか、二人でとか意味深過ぎる言葉が頭の中がぐるぐるする。

とりあえず急いで鞄に荷物を詰め込み、教室を出てダッシュで階段を駆け降り。靴に履き替えるとメールに書いてあった通りに昇降口で待っている沖田の姿が見えた。なんてことない数分前と変わらないその姿だけどドキっとしてしまう。
私が到着したのに気付くと「おぅ」とだけ言って歩きはじめ、それに私も黙ってついて行くかたちに。

そして校門を抜けて、やっと息を吸う事ができた。だけど胸のドキドキは鳴りやまずに。
何を話していいのか真っ白なまま。
ポケットに手を突っこんだまま歩く沖田もなぜかいつもと違って口数が少ない、というか昇降口から何も話してないってのが現状。

「あのー…沖田?」
「なに」
「ど、どうしてあんなメール…送ってきたアル?」

いきなり核心をついてしまうような話題だけど、それがさっきから気になって仕方ないのだ。
じゃないと落ち着いてアイスも食べれない。折角のチャレンジザトリプルが。
いやいやそうじゃなくて。
二人で、っていうからもしかしたらそういうことなのかもしれないって思うし、違うかもしれない。何よりも凄く緊張してしまっていて苦しくて少しでも胸のモヤモヤを取り除いてしまいたかった。

「…、」
「?」
「今日は一緒にいたかっただけでィ」
「そうアルか―」

沖田は立ち止ってチラリと私の方をみると、そう小さく言った。それがあまりに自然過ぎて私もなんの違和感もなく納得したけど。
これは重大な発言なんじゃないだろうか。
さっきはメールで『二人がいい』と言い、今度は直接本人から一緒に居たいと言われたわけだ。落ち着け、落ち着け神楽。とりあえず深呼吸しよう。飛び出てきそうな心臓を丸ごとのみこもう。
ごっくん。

「え、っと…今日は、って?」
「あー、俺今日誕生日なんでさ」

「マジでか、おめでとうアル」

へー、そうだったんだ。そういえばコイツの誕生日って知らなかった。
…じゃなくて。
誕生日で一緒に居たいって。
それは…期待してしまっていいの?緊張しすぎて口が思うように動かなくなっていたけど、だけどこれはチャンスだった。

「どうして―」
「別に理由なんかない」

短くそういう沖田に張り詰めていたものがプツンと切れた音がした。夢から覚めるような感覚に襲われて。期待しちゃうような理由なんてそんな都合のいい話あるわけないのだ。
緊張が途切れてふぅと深呼吸をしようかと思ったその時。

「好きだから一緒にいてェだけだ」
「え…?」

そう言うと口元に手を宛ててふいと横を向いてしまう沖田は少し耳が赤いような気がする。
理由なんてないって言っておいてそれは反則じゃないの、ずるいんじゃないの、なんて思っていても。ドキドキが止まらなくて、顔が熱くなってきて。私が言うべき答えはもう決まってるはずなのになかなか出てこない。というか頭が真っ白になって何も考えられなくなっていた。

「まー、そういう事だから」
「…」
「…あっちーからさっさとサーティーワン行くぜィ」

そう言って歩き出そうとした沖田にはっと我に返る。
伺ってみた沖田の顔はやっぱり赤くて。でもそれ以上に私が赤くなってるのはいまここにいる沖田しか知らない事。だから今から言う事も沖田にしか聞こえてない、私の気持ち。

「ま、マジで、か…わ…わたしも好きアル…ヨ」

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