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その瞬間を


「こうやって雲を眺めてると人生悟れる気がするネ」

汗ばむくらいの暑さにアイスでも喰おうかと声を掛けようかそう思った時のこと。ベンチで俺の隣に腰かけ傘で日陰をつくり空を眺めるチャイナがその格好のまま呟いた。

「はァ?」
「何も考えずに心を空っぽに出来るネ」
「わざわざそんなことしなくても空っぽだろィ」
「うっさい」
「てめーが話しかけてきたんだろ、ほら行くぞ」

放っておいたらずっとそこから動きそうにないチャイナの傘をとって立ち上がるように促した。それを不服そうに睨み付ける顔はほんのり赤みが差している。この天気の下日傘だけではそろそろ限界だろう。そんなの本人が一番よくわかってるはずなのに何やってるんだかこの馬鹿は。

「もうちょっと居たいアル」
「アホかてめえは。顔真っ赤になってるのに良く言うよな」
「あ、私アイス食べたい。このままじゃ蒸発しちゃうネ」
「悟りはどこ行った悟りは。めっちゃ欲望のままじゃねぇか」
「さぁ、何ソレ」

つい数十秒前のお前の言葉なんだけど、そう言いたかったけど暑くて面倒くさくなった。そのまま傘を持ち、歩き出すとトコトコと子犬のように付いてくるチャイナをちょっと可愛いと思ってしまったことは口には出さないでおこう。
歩き出すと照りつける太陽が更に暑く、これは早いところ涼しいところに移動したほうがいいと思った。

「あっついよなァ。ファミレスでも行くか?」
「河原がいいネ」

手っ取り早く涼める場所として近くのファミレスを提案したのだがあっけなく却下されたらしい。確かに川の近くはビルが少なく涼しさを感じられる。さらに近くに駄菓子屋もあるのでチャイナのお気に入りの場所。それは俺自身にも言えることであり、お互いに待ち合わせていなくても偶然出会える場所のひとつだった。いつもならその提案に乗っていたのかもしれない。だけど今日に限っては。

「遠すぎ。ぶっ倒れんぞ」
「大丈夫ヨー」

そうは言うが普通に歩いて30分ほどはかかる場所、それでこの日差し。そこまでチャイナの体力が持つとは思えない。それを気遣ってやってるのに。今だってなるべく木陰を選んで歩いてやってるのに。健康体の俺でさえちょっと動くだけでだるいってのに。わかって言っているのかこの馬鹿は。

「や、大丈夫じゃねェだろィ」
「…行きたいアル」

やっぱりこいつ分かってねぇ。馬鹿だ馬鹿。日陰を作っているこの傘取り上げてやろうか。そう思っているとサラリとチャイナの桃色の髪が揺れてピタリと立ち止まった。それと同時にその顔がこちらに向く。その動作につられて俺の足も自然と立ち止まり、そして細い腕が絡まってくる。腕を滑り指先まででぴったりと。そしてふわりともたれ掛かってくる小さな体にはやはりと言っていいのかかなりの熱が篭っていた。

「ほら、やっぱりダウンしてんじゃ―」
「違うアル」

どうしたんだ。
普段俺からこうすることはあってもコイツからくっ付いてくるなんて滅多にない。人目がある場所なら尚更。嬉しいと思う前に体調が悪いのではという心配を先にしてしまう。
暫くしても倒れることもなくただくっ付いているだけの小さい体。少し熱いようにも感じるけども、本人が大丈夫と言うのだから暫くはしたいようにさせておこうか。だけどキラキラと葉の間から注がれる太陽の光が気になって仕方が無かった。
ひとまず傘をたたみ、細い手を引いてアスファルトの道を外れ日陰の多い木の側へと移動する。日陰が多いだけでだいぶひんやりと感じるようになった。そして今度は俺から腕を絡め、抱きしめるように背中に腕を回すと同じように腕が絡む。

「…どうしたんでィ」
「別にー」
「ふーん、ま俺は別に構わないけど」
「…」
「体、ダルくねぇの?」
「うん」

違和感を消せないまま、胸に埋める頭を撫でながらそう訊ねるとそのままの体勢でポツリと返すチャイナ。
自分がこんなに心配性だなんて思ってもみなかった。つか人を心配させすぎだろコイツ。自分の体分かっているのかよ。いや、分かっているからこそなのか?むしろ大丈夫だと言っているのに勝手に心配している俺が分かってないのか?そうなのか?

「…アイスは?」
「ん、後でネ」

そう言って更にきゅっと抱きついてくるチャイナ。いくら木陰にいるからといってもヤバい。流石にそろそろ移動したほうがいい。引きずってでもファミレスに行ってしまおうか。チャイナの為にも俺の為にも。いろんな意味で。
 
ぶっちゃけていってしまえば、もっと触れたくなってしまった。男の思考回路なんて単純な欲の塊。さっきまでの暑いとかチャイナの体とかを心配していた紳士的な俺は何処か遠くへ行ってしまったようだ。
そう思っているそばからも頭を撫でていた手は耳に滑っていく。するとチャイナは擽ったそうに体を捩らせてこちらを睨んだ。睨んでいるというのは本人だけがそうしているつもりなだけであって俺からしてみれば逆効果以外の何物でもない。うん、やっぱりやばいかも。頭の中でそう理解していても止まるものではなかった。じんわり体が熱くなってきているのはこの気候のせいだけじゃない。耳朶を中心に撫でいると小さな体が更に震えた。

「ちょッ!く、擽ったいアル!」

耳だけじゃ物足りなくなってきたところでチャイナが小さく声をあげた。腕からすり抜け、耳を両手で隠すように押さえてこちらを睨んでいるその顔。 だからその顔は誘ってるんだって、気づけよ馬鹿。良く見れば少しだけ目が潤んでいる。ああもうダメかも。

「擽ったいだけ?」
「…そうヨ、アホ!!」

そう言いながら細い指が伸びてギュッと頬をつねられた。

「って!アホとはなんでィ、アホはてめえだろうよこの馬鹿」

ここまでの流れからいって別にアホな事してないだろ。いきなり押し倒したとかいうんだったらまだしもだ。さすがに俺だって場所はわきまえるし。自然な流れだし、至って普通の男女のやりとりだし。何が不満なのこの馬鹿。
言ってしまったついでにつねってやろうと思ったが、チャイナは何も言わずそのまま俯いてしまった。俯いてしまうほど強く言ったっけ俺。いやそうだとしても言い返すのがコイツだろ。むしろ三倍くらいになって返ってくるのが普通だろ。 …普段とは違う彼女にちょっとだけ焦ってしまうチキンな俺。

「…ヨ」

何かをボソッと呟いたらしいが小さくて全く聞こえない。まさか泣く事はないだろうと思いながらもすこし屈んで耳をチャイナの口元に近づけてみた。 そして聞こえてきた言葉はやはり小さく。だけど滅多に聞けない彼女の本心。

「…ただくっついて居たいだけの時もあるのヨ…なのにお前は…」

そう言うチャイナはさっきよりも顔がちょっとだけ赤くなっていて自然と顔が緩む。

「…笑うなヨ」

そう言われても照れて俺から顔を背ける仕草さえ可愛く見えてしまうものだ。だから、と言っていいのかどうか。このチャイナをもっと苛めたいと抑えていたS心が疼いて仕方ない。

「…へぇ。だからファミレスは嫌だったのかィ、えろいなー神楽ちゃんは」

そう言ってわざとらしく強調して名前を呼んでみせると更に顔が赤くなった。
普段は「ちゃん」なんて付けて呼んだことないけど、むしろお互い名前で呼びあったりする事なんてないけど。だからこそ、その反応が楽しかった。

「違うし!えろいのはお前ダロ!?、すぐ耳とか触るの禁止!乙女心が分かってないアル!つか名前にちゃんとか付けてんじゃねーヨ、ゾワってくるネッッッ!」

そう一気にまくし立てられても照れ隠しにしか見えない。あぁ今ここが公園じゃなかったら本当にヤバい。

「確かに、俺はえろいからなァ」

そう言って手首を掴み引き寄せた身体を腕の中に閉じ込める。更に耳元に唇を寄せた。乙女心なんて知らないし関係ない。

「だよな、神楽ちゃん?」

耳朶に噛みついてそこを舐めとるとチャイナは目をぎゅっと瞑って吐息を漏らす。

「っ!…アイス食べに行くアル!」
「ん、後でな」

【終】
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