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06 夕暮れ時は恋色に


「…干からびちゃうネ」

襖を開けるとひゅぅっと冷たい空気が入ってきた。どうやら思っていた以上にこの中は暑くなっていたらしい。
押し入れから降りて台所に向かい、コップに水道水を注ぎ一気に喉に流し込んだ。ひんやりと食道から胃に落ちる感覚が堪らなく気持ちいい。そして今まで火照っていた体が徐々に冷えてくる。

「ぷはぁーっ」
「水じゃねーの無いの?」

いつのまに付いて来たのかそう背後から声を掛けられた。

「水かお茶しかないアル、冷蔵庫のイチゴ牛乳は銀ちゃんのだから勝手に飲むと怒られるネ」
「お茶、淹れられるのかィ?」
「もちろんセルフサービスアル」
「仕方ねーな、淹れてやるから用意しな」

急須と葉っぱを出してやるとお湯を沸かして私の分までお茶を淹れてくれた。まぁ普段からやっているのだろう、見かけによらずマメな奴。
ソファに移動して二人でお茶をすする。ただこうしていると今が夜中なんてことは忘れてしまいそうだけど時計の針はしっかりと十二時を指していた。

「いくらアレでもな茶くらいは淹れられねーと駄目だぜィ」
「私だって出来るネ。面倒だからやらないだけアル」
「…」
「…」

沈黙が訪れ時計の秒を刻む音だけが部屋に響く。別にずっと話続けていたい訳でもないので気にはならなかった。それにこういうのも嫌いじゃない。
だけど。
いつもの家にいつも居る奴が居なくて、居ない奴が居る。たったそれだけの事だけど私にとってはものすごく大きな事で全然落ちつくことが出来ないでいた。

「こんな時間に目が覚めたら暫く眠れないアル。どうしてくれるヨ」
「だから寝かしてやろうと思ったのに」
「そういう意味じゃない、馬鹿」
「旦那は朝まで帰って来やしねーから大丈夫だろ」
「…だから違うって言ってるネ、馬鹿」
「こんなチャンス滅多とないのに」
「…死ね」
「ひっでぇ女」
「うっさい」
「あーなんか本格的に目が冴えてきちまったなァ。…ちょっと寒いけど散歩する?」

*****
「やっぱり寒いアル」
「マフラーしっかり巻いとけ」

そうして夜の散歩をすることになった。この時間でもメインの通りは明るくてさすがかぶき町といったところ。銀ちゃんや新八と通る時は何とも思わないけど今は変な感じ。
そんな中しっかりと繋がれた手がくすっぐったかった。

「大人の街アルなー」
「気を付けねーとしょっぴかれるぜィ」
「お前もネ」
「俺は警察だからいーんだよ」
「マジでか。ズルいアル、職権濫用ネ」

そしていかがわしい通りを抜けると公園に辿り着いた。人影は疎らでしんと静まり返っているそこはほんの数時間前まで居た場所。なのにその時とは全然違う雰囲気でドキドキしてしまう。

「お〜誰も居ないネ。独り占めアル!」
「子供っつーか小動物…。おいてくぞ」
「えーもう少し居ようヨ」
「じゃーお前一人で居ろ、俺は先に行く」
「けちッ」

いつもの散歩コースの公園も今は目的地じゃないらしい。どこに行くかも全く告げずに先を歩く沖田。小走りで追いついて更に歩くといよいよ外灯も少なくなってくる。
そして真っ暗な道の先はちょっとした丘になっていて階段で整備され上まで登れるようになっていた。
公園は自分の庭だと思っていたのにこんな場所があったなんて知らなかった。…奥が深いなあ。

「って、ここ?」
「そう」
「登るの?」
「もちろん」

下から見上げるだけじゃその終着点は見えなかった。ちょっとした丘だなんて嘘嘘!ちょっとした山だ。

「マジかヨ!結構長くネ?」
「長いからいーんだよ。温かくなるし良く寝れるだろ」
「そうかもしれないけど…」
「嫌ならそこで待ってろ」
「…行く!登ってやるネ!」

そして真っ暗な中階段を一段一段登り始めた。はぁっと息を吐けば白い息が。そんな中ふと空を見上げると無数の星が輝きを放っていた。ネオンがなければこんなにも綺麗な夜空、見ているだけで吸い込まれてしまいそうになる。

「寒いアルな」
「もうちょいでさ」

そして最後の一段を踏みしめた先には綺麗に整備された広場と手すりがあった。その先のものを早くみたいという興奮を抑えきれずに、階段を登った疲れも何処かに吹っ飛んでいって手すりまで駆けていく。

「あんまり乗り出して落ちるなよ」

そういわれても乗り出さずにはいられない。だってそこには。

「ふぉぉ〜っ!!」

いつも見ているかぶき町のネオンが小さく輝きその先のターミナルもはっきりと見える絶好の夜景がそこに広がっていた。

「凄い綺麗ネ。こんな場所があるの知らなかったヨ」
「だろィ?昼間でも人少ないんだぜ」

ということはちょくちょく来ていると言うことなのか。

「マジでか。勿体無いネ」
「こう見るとちっせぇよなァ」
「うん、」

いつもいる街があんなに小さくて、キツいなんて思っていたネオンもキラキラ輝いて。星空も綺麗だったけど人工的なそれも綺麗なんだなぁ、なんて思いながらぼーっと眺めていると後ろから覆い被さるように抱きしめられた。マフラーに埋めるようにしてくるその仕草に冷たい頬同士が擦れ合う。

「あったけー」

ゴシゴシと擦り付けられる肌、吹きかかる息がくすぐったい。

「…お前の顔冷たいヨ」
「んー、そう?」
「うん」
「じゃ、あっためないと」

ぎゅと腕に力が入るとそれに反比例するように私の力はゆるゆると抜けていく。体の中心がぞわっとするけどそれは決して嫌な感覚ではない。むしろ心地よくてずっとこのままでも良いかな、なんて。
今なら何でも出来てしまえそう。

「あのネ。銀ちゃんに…ちゃんと話そうかと思う」
「ああ、それがいいかもな」
「あと…今日ありがと。すごく嬉しかったアル」

そう言って腕の中で体をくるりと回して沖田と向き合った。耳まで真っ赤になった顔、それを両手で包むように触れるとやっぱり冷たい。
そのまま少し背伸びして唇を重ねてみるとはやりそこもひんやりしていた。

「…俺も嬉しいかも」

そして少し角度をつけて、深く口づけられた。交わるその部分だけが熱く。それが全身に行渡る程、寒さを忘れてしまいそうな程長く。
幸せかも、なんて曖昧な感情に浸りながらその時は過ぎていく。
名残惜しく離れたその隙間に冷たい風が入り込み現実に引き戻されてその温度差に身震いした。

「冷えてる」
「お前のがうつったアルヨ」
「いやお前の方が冷たかったろ」
「そんなことない」
「風邪引く前に…戻るか」
「うん」
「エロいなァ」
「…なんでそうなる」
「あれ、違うの?」
「違う!」
「ってわかってんじゃん」

ニヤついて言うお前の方がえろいだろ、って言ってもまた揚げ足取られるに決まってるのだ。だけどいつまでもからかうようなその態度にはムカっとする。軽く抵抗してみようと繋いだ手を解こうとしたけどそれ以上に強く握り返されてしまったので大人しく諦めた。

「…っさい馬鹿ッ、違うって言ってるアル!」
「あー、はいはい」
「返事は一回でヨロシ」

もう一度その手を強く握り締めて。

【夕暮れ時は恋色に/終】

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