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06 夏の恋は二割り増し


*****
何が起こったのか分からなかった。

視界が真っ暗に閉ざされたかと思うと耳近くに吐息混じりの声が吹きかかり、そこから全身を弱い電流が駆け抜けていった。
背中がゾクゾクするのに身体は熱くて、地面からフワフワ飛んで行ってしまいそうになったところを間一髪で踏み止まる事が出来た。
どういうことこれは。

「さぁ、お嬢さん。目的地に着いたぜィ」
「…ちょっと待つヨロシ」
「どうした」

沖田はニタリとした顔で未だ立ち上がれない私を見下ろしていた。
絶対分かってる、コイツ絶対分かってる。
全てがコイツの思い通りになっているのかと思うと悔しい。そんな思い通りの反応しかできなかった自分にも腹が立つ。

「どうもしないアル」
「まさか感じちゃって力抜けちゃったとか?」
「死ねドS」
「ふーん。チャイナは耳が弱いんだ」

なに、感じるって。なに、耳が弱いって。こいつが何言ってるか意味わからないけどとりあえず馬鹿にされてるっぽいことだけはわかる。
あああ!今すぐ殴りたい!
なのに握りこぶしを作ってもさきから全然力が入らない。目の前の憎たらしいドSを殴りたいのに殴れない。
一体どうしてしまった私。

「仕方ねぇお嬢さんだなァ」

そう言うと沖田は手を目の前に差し出しててきた。
…これに掴まって立ち上がれと言う事なのだろう。でも生憎それに甘えるつもりは一切なかった。何もかもこいつの思い通りになるなんて絶対嫌だ。
私はパシッと手を払いのけて自力で立ち上がると沖田が私の手を掴んでぐいぐいと進んでいく。なにこれ結局手繋いじゃったじゃん。
…なんか変。

「だ、大体お前が悪いんだロ」
「なにが?」

お前があんなことしなきゃ。ってなにあんなことって!抱きしめられたとかそんなんじゃないし、こいつ絶対嫌がらせだし。慌てふためく私をみて楽しんでるだけだし!この手だって!

ぎゅっと掴まれている手。振りほどこうとしたけど、思いのほかしっかり握られていて面倒になってそのままにしておくことにした。普段の私なら全力で解くと思うのに、今日は変だ。
変っていうかだめだ。こんな奴と一緒に居たらおかしくなる。嫌だけど家に帰ろう。そっちのほうがまだマシだ。
手を振りほどくと今度はかんたんにするりと離れていった。あまりに呆気なくて調子が狂う。

「なんでもない。私もう帰るヨ」
「天邪鬼だなァオイ。目的地に着いたっつってんだろィ」
「さっきから目的地って。何アルか」
「ここ」

目の前の建物に掲げられる看板を指差しながら沖田はいうが、そこに書いてある漢字が読めなかった。

「ちょ、待てヨ。ここってなにアルか」
「銭湯だけど?」
「セントー?」
「そ、銭湯」

セントー?戦闘?はじめて聞く単語が頭のなかをグルグル回る。なんだろう、セントーって。だけどそんな私を置いていくように沖田は先に進んでいってしまう。
お嬢さんとかいう割に扱いが酷くない?初めてなんだからエスコートくらいしやがれ。そしてここがどういう場所か教えろ。知らない場所には入るなって銀ちゃんに言われているんだから。

その場から動かない私に怪訝な顔つきで沖田が戻ってきた。

「何?今日マジでアレの日なの?だったら止めるけど」
「…おい。銭湯って何アルか」
「風呂」

*******

などというやりとりがあったのが先程。
私は奴に言われるがまま大人しく湯船に浸かっていた。よっぽどさっきのクシャミが気になっているんだろうか。それだったらもう少し大人しめにすればよかったかな、なんて。

それにしてもこの銭湯。扉を開けた時、風呂が大きくて何種類かあるのに驚いた。そして間違えて水風呂に足を突っ込んでしまったことは内緒にしておきたい。その他にも泡がブクブク出ているのとか凄いし。万事屋もこのくらいあったらいいのに。

銭湯って楽しい。あいつにしてはまともなー。

いや、違うだろ。ここまでの経緯を忘れちゃダメだ。ぶくぶくと顔を半分うずめながら湯船に浸かっているとまた思い出してしまった。

っていうかアレの日ってほんと最低なやつ。思春期の乙女に向かって言わなくない?普通。まあアイツは普通じゃないし。ドSじゃなくてただのセクハラだし。

急に耳がぞわっとした。さっきあいつが息を吹きかけた方。
そして熱い。体温が再び上昇していくのが自分でも分かった。それがお風呂のせいでは無いことも。このままではのぼせてしまう。
妙に冷静な判断が出来た私はさっさと風呂を後にした。

*******
…これは結構やばい。
サボりがてら暑いからカキ氷が喰いたいなーなんて思ってた所、たまたま目の前に居たのがたまたまチャイナで。
途中で運悪く雨に振られて雨宿り出来たはいいもののずぶ濡れのチャイナがチャイナの癖にエロくて…。いや、エロいわけがない、奴はチャイナだ。ガキみてえなパンツとかいろいろ丸見えだし、なんも考えてないただのアホだアホ。

でもからかえばからかうほど面白い反応で…ちょっと可愛かったかもしれ…。いや、奴はチャイナだ、ゴリラだ。
さらに我が侭ばかり言いやがるからちょっと痛い目みせてやろうと思ったら耳まで赤くなって。そんな反応見せるんだなんて思うと可愛くて…。いや、チャイナの癖に生意気だ。

絶対に可愛くない。
俺はなにしてるんだろう。風邪ひいたのはチャイナじゃなくて俺で。熱で頭がやられてしまったのだろうか。
広い湯船につかり冷えた体が温まるのを感じながら、今日の出来事を思い出す。

家に帰らないと言い張るチャイナだったが、あの雨に濡れてそのままだとさすがのバカも風邪をひくだろう。馬鹿は風邪引くのかどうかそれはそれで興味はあったのだけど、俺にも一応良心というものはある。

なにより彼女の保護者は何かとうるさい。自分と一緒にいて風邪引いたとでも知れれば何を言われるやら分からない。とりあえず治療代とかいって請求されるのは間違いないだろう。

「どんだけ過保護なんだよ」

「お前んとこのゴリマヨといい勝負だろ。俺はおたくみたいに甘くないからね?厳しいよ言うときは言うから銀さんは」

独り言のように呟いたつもりだったが背後から聞こえてきた声。チャイナを家に返さなくてもここに保護者達は居た。ていうかゴリマヨってなんだ、一緒にすんじゃねえ。

「お〜きた〜く〜ん…湯加減はどうよ?」
「あっ!奇遇ですね沖田さんも銭湯ですか?たまにはいいですよねアハハハ」

笑っているようにも見えるが、目は笑っていない銀髪天パとしらじらしい演技丸出しのメガネが自分と同じ湯船に浸かっていた。いつから尾けてたんだろうこいつらは。
無意識に尾けてきたと思ってしまったけど、多分間違いない。おおかた家に帰らないチャイナを心配してきたんだろう。
俺は俺でチャイナに構いすぎて全然気付かなかった。

「あ〜旦那に新八くん奇遇だなァ。いい湯っスね、ほーんとたまには銭湯もいいもんですねィ」
「え、何?おたくも風呂壊れちゃったの?偶然だねぇ?うちもなんだよな。でもおたくは大所帯だから壊れちゃうと大変でしょー?男ばっかりだしぃー?」

なんなら銀さんが修理するよ万事屋だし、と言いながら肩に腕を回しポンポンと叩く。まず修理するなら自分とこのを直せ。

「いや、壊れてませんから、つーか旦那のところも壊れてないんでしょう?」

ピキ、となにか聞こえたのは気のせいだろうか。

「じゃぁ、なんで沖田君はこんな昼間から銭湯に来てるわけー?勤務中に風呂とか贅沢じゃない?あ、銀さんたちはただ風呂に入りたかっただけだから、道歩いていたら急に、ものすごく急に!」

さっきと言ってること違うんですが。なんかこのやりとりすごく面倒くさい。ジンワリ嫌味言うのやめてもらえませんか。
これだからSは…ってあれ。

もう銀さん大人げないですよ、と銀髪天パの脇ではメガネが必死になだめているのを見ているとメガネも大変だなと思う。
あ、なんか違和感があると思ったらメガネはメガネをかけていなかった。

というかここまで心配されているのなら自分の出る幕ではない。さっさとチャイナを引き渡して帰ろう。そう思い風呂から出ようとすると、旦那に腕を掴まれその先に進むことはできなかった。

「ちょっと、ちょっと。銀さんの話はまだ終わって―…」
「あー旦那、チャイナちゃんと連れて帰ってくだせェよ。喧嘩したんだか、へそ曲げてるんだか知らないですけど、家帰りたくないって大変だったんでさァ」
「…。でもよ沖田君、ああいうのは良くないんじゃね?神楽はまだガキなんだから刺激強すぎじゃない?そこんとこどうなの?」

やっぱり見られてた。
とは言っても別に公衆の面前で隠れていなかったのだから仕方がない。

「チャイナも嫌がってなかったみたいだからいいんじゃねーですかね。それにね、あのくらいの年頃は子供扱いされたくないもんなんでさァ。過保護にしすぎて非行に走ったら元も子もないですぜィ」
「ウチはそんなに過保護じゃーねえよ?つーか。…弄って反応楽しむだけだったらマジそーゆーのやめてくんない?」

最後の一言を真面目な顔して言った。結局はそれが言いたかったんだろう。
やめてくんない、と言われても。自身でもどうしていいのかわからないのに。

「…少なくとも俺はチャイナのことガキだなんて思っていやせんから」

それだけ言って俺は風呂から出た。

*******
「…ったく…ガキが良く言うよ」
「…銀さん…僕の出る幕まったくないですね…っていうかそろそろのぼせそうです…」
「そんときはアレだ。水風呂にでも入っとけ」

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