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05 夏の恋は二割り増し


「全く酷い目にあったもんだぜぃ」

顔をさするとちょっとズキズキする。

雨が上がり公園を後にした俺とチャイナ。
すっかり晴れ渡っているものの道端に出来た水たまりは先程の雨の凄さを物語っている。

「素直に甘味処にしておけばよかったアルな。でも今からでも遅くはないアル雨も上がったしー」
「無理だろィ」

そう、あの短時間では服も乾くはずもない。俺たちの服はずぶ濡れのままなのだ。
そのせいで暑いはずなのに少し風が吹けばひんやり肌寒い。このままでは二人とも風邪引き確定だ。
あ、馬鹿は風邪引かないっていうから風邪引くのは自分だけか。なんにせよ、濡れた服を着続けるのはなんとも気持ちが悪い。

「無理じゃないアル!今日はカキ氷と酢昆布の為にここまで耐えてきたアルよ!今更何を言うネ!」
「何を耐えたんだよ、耐えたのは俺の方だろうが。痛ェよ、マジで」
「それは自業自得アルな、自分の胸に手を当ててよぉーく考えるヨロシ」
「…わからねぇなァ」

胸に手を当てても何も答えはない。ただ心臓がドクドクしてるだけだ。いつもよりちょっと速いような気もするが、気のせいだ。絶対気のせいだ。

「私のズタボロの心を癒すには酢昆…っくしゅっ!!」
「ほら見なせェよ、さっさと家帰って風呂入った方がいいぜ」

あれ?馬鹿でも風邪ひくんだろうか。ちょっと興味はある。
あ、そういえばコイツは天人だった。それでも風邪引くのかな、それも興味ある。

「いやアル。帰りたくないネ」
「くしゃみしてるじゃねーかよ」
「今のは誰かが噂してるア……ブェックショォォィ!!」

おいおい、おっさんかよ。と思うほどの豪快なくしゃみ。それはそうといよいよやばいんじゃないだろうか。そう思うが先に俺は奴の腕をつかみ歩きだしていた。

「イタイイタイ…なにするアルか!」

抵抗をするチャイナを無視してそのまま突き進む。

「何処にいくアルか」

暫くして駄菓子屋の方面ではないのに気付いたチャイナが尋ねてきた。
今更遅いっつの。

「どこって万事屋、おまえんちに決まってんだろ」

振り返ることなくそう告げるとチャイナは足を止めた。風邪引きそうなガキは保護者のもとに返すのが手っ取り早い。

「やだ!」

珍しく語尾にアルが付いていない言葉に強い拒否の意を感じ少し驚いてしまう。旦那と喧嘩でもしたんだろうか。気付けば、掴んでいた腕が手を繋ぐ形になっていて少し焦った。
その手を振りほどくかの勢いで力を込められる。

「テメエが言うこと聞かないのが悪いんでぃ。そのままだとマジ風邪引くぜ」
「うっさいアル!私が風邪ひこうがオマエには関係ないダロ」
「てめえに何かあったら旦那に何言われるか分かったもんじゃねーや」
「銀ちゃんは関係ないアル!」

旦那の名前をを口にした途端チャイナは更に不機嫌になった気がする。いつも銀ちゃん銀ちゃん言う彼女からは考えられないことだった。
っていうことは。

「なんでぃ、喧嘩でもしたのかよ」
「…」

答えがない。図星ということか。だから今日は元気がなく、俺に素直に着いてきたんだと納得できた。でもそれが分かったところでなにも状況は変わっていない、どうにかして連れ戻さないと後々面倒だ。

「じゃぁ家出少女ということで補導させてもらいまさァ。この辺は最近物騒だからガキ一人じゃ危ないぜィ」

わざとらしくにやりと笑い、言ってやる。物騒というのはあながち嘘でもないがヤツに限っては大丈夫だろう。むしろ輩の方を心配してしまうくらいだ。

「こういうときダケ仕事するのかヨ」
「俺はいつだって仕事熱心でさァ。さ、早く付いてきな」
「イヤアルーーなんで前科持ちにならないといけないアルか!」
「つうか不法入国の時点で犯罪だぜィ。あと器物破損とかー数えたらキリねぇし。そんなのからすれば補導なんてぬるいじゃねぇか。旦那に迎えに来てもらうだけだし、大人しくしなせぇよ」

嫌がるチャイナを無理矢理ひっぱるが、これがなかなか動かない。まぁ想定内だけど。とりあえず、あそこまで辿り着けば。ずるずるという正に言葉のとおり全力を込めて家出少女を引きずって歩き始める。
なんでこんなことしなくてはいけないんだ。

「…てめえッ…マジで…力入れてんじゃねーぞ、疲れんだろィ!!」
「あたりまえヨ、捕まるのなんてくそくらえアル」
「だったら大人しく家に帰りなせェ」
「それもいやアル。帰りたくないアル」

ぷいっと横を向きふてくされたようにヤツは言う。なにこの我が侭娘。俺がここまでしてやってんだから少しは素直になりやがれ。
そういう態度ならこっちにだって考えがある

「…」
「…大体テメーは分かってんのかィ?」

手をぱっと離すとチャイナは前のめりに転びそうになるがなんとか持ちこたえる。そして俺に対して少し身構えるような態勢になった。

「なにがアルか?」

よし食いついてきた。俺は少し声のトーンを落として話始める。

「忘れてるかもしれなけど、てめーは全身びしょびしょなんでさァ」
「それはオマエもネ」
「さっきは下着まで丸見えだったし、きわどいところまで透けてたんだぜィ」
「…それは忘れろヨ」
「それで今度は帰りたくない、と言われたらどうするかィ?」
「職権乱用してほどぅ………っ!?」

チャイナが言い終わる前に俺は腕を伸ばし、ふわっとその中に小さな体を閉じ込めた。
そして耳元に唇をを近づけわざと囁くように言う。押してダメなら違う角度から押してみろ、だ。

「…俺が善良なドS警官で良かったな。ロリコン警官だったらヤられてるぜィ」

腕の中のチャイナが少し震えた気がした。
そのまま少し身を屈め目に入る彼女の白いうなじに顔をうずめる。雨に濡れたはずなのにそこから香るのは仄かな甘い匂い。
チャイナを嵌めようとしたことなのになぜかくらくらと目眩がする。

「…っわっ…っちょっ!!なにするアルっ」

やっと状況が飲み込めたのか、ヤツは慌てて俺を押し退けようとするが全然力が入っていなかった。ていうか耳朶真っ赤なんだけど。そのままそこに噛み付いてしまいたい衝動に駆られるが、さすがにそれはやりすぎだろう。

「てめえが言うこと聞かないからおしおきでさぁ」

ふうっと神楽の耳に息を吹きかけて、ポンポンと背中を叩いて身を離した。
チャイナはというと、そのままヘナヘナとその場に座り込んでしまい耳を必死に押さえ込んでいる。

「チャイナーだいじょ―…」
「オマエっ〜〜!いい加減にしろヨ!!!」

座り込んだままのチャイナが微かに潤んだ目で俺を睨み付ける。すぐ殴りかかってくるかと思ったのに、この反応は…ちょっと想定外。
その姿に再び抱き締めたい衝動が駆け抜けるがそれではドS失格だ。そう自分に言い聞かせて理性を保つ。
え。理性ってどういうこと。理性もなにも最初から俺には何もない。
相手はチャイナだ、チャイナ。
しっかりしろ俺。

「ガキでも自分の言動には責任もってくだせェ、警察からのお願いでさァ」
「ふざけんなぁぁっ!オマエが一番危ないダロ、そうダロ!!!ドSだし、ろりこんだしサイテーアルッッ」
「口で言っても聞かないんで、体で教えてあげやした。わかってくれやしたか?」
「わかるわけねーダロ!!このクソサドが!!」
「それよりもお嬢さん、目的地に着いてますぜ」

そうそう、目的を忘れてはいけない。
家に帰らない風邪引き小娘には全く困ったものだ。
俺は再びわざとらしく笑って未だ立てないチャイナに手を差し伸べた。

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