▼ ★10-2
牙の預言者
10.罰の夜 2
十一月の終わりに、クィディッチの試合があった。レイブンクローとハッフルパフの試合で、結果はレイブンクローが勝った。負けたハッフルパフは、なんともかわいそうなくらいぺしゃんこに負かされていた。その結果を受けて、ハリーは、その顔の上に嬉し気な明るい色を浮かべていた。
グリフィンドールはもう一試合も落とせる状態ではなかった。しかし、まだ優勝争いから脱落したわけでもない。そのことが、グリフィンドール・チームの主将ウッドをも鼓舞していた。ウッドは再び、あの熱に浮かされたようなエネルギーを取り戻していた。ハリーもウッドも、練習がある時こそが生きがいなのだと、改めて思い出しているようだった。
十二月にはいると、煙るような雨の日が続いた。珍しく太陽が顔を出したある日のこと、アルノーたちいつもの四人は、昼食が終わった後に中庭に出た。少ない休憩時間の合間だったが、少ない晴れの日なのだから、日向ぼっこしようと決めていた。ジメジメしていたのは体だけではなく、心もだった。
太陽のあたたかな日差しを受けて、ぼんやりとしていた。昼食で、腹が満たされたのも理由のひとつだったのだろうが……優しい日差しを受けていると、うとうと、つい目を閉じてしまう。
このままずっと日向でぽかぽかしていられれば幸せなのに――とアルノーが思っていた時だった。静かながらも、しっかりした足音が、アルノーたちのいる方向に近づいてくるのが聞こえた。凛とした気配にはっとして目を開けて、アルノーはその人物を見た。マクゴナガル先生が、こちらに向かって歩いてくるのを見つけた。
「ミスター・ヘイデン、罰則です」
「えっ、僕、今、何もしていません!」
アルノーは、咄嗟にそう言い返していた。いきなりまどろみから醒まされ、ハリーもロンも、ハーマイオニーもぎょっとしていた。日向ぼっこをしていただけなのに、罰則だなんていきなり言い出すなんて、あまりにもひどい話だ。マクゴナガル先生も、長い雨に打たれすぎて、とうとうジメジメのジトジトになってしまったとでも言うのだろうか?
いつもきびきびとした、まだボケるには早い彼女だろうに――と、アルノーはマクゴナガルのことがとても心配になったのだが――。
「十一月の中頃、魔法薬学の授業における罰則です」
言われて、アルノーはやっと思い出した。それは、マルフォイにワニの心臓を投げつけた際に言い渡された、スネイプの罰則の話だった。
けれど、それに関して、今までなにか沙汰を言い渡されるわけでもなかった。きっと、スネイプは忙しいに違いない――と、アルノーは思っていた。そして、何も連絡がないまま、そのうち、アルノーは自分に罰則が言い渡されたこと自体を忘れてしまっていた。
このまま忘れてくれればよかったのにと思って、アルノーは盛大に肩を落とした。マクゴナガルに向かって、「いま思い出しました」とアルノーが言えば、きびきびした「よろしい」という言葉が返される。
「本日の授業が終了したら、地下牢にある魔法薬学の教室へ行くように。スネイプ先生は幾らかの魔法薬の調合を頼まれています。その助手をするのです」
「分かりました」
アルノーはすぐさま、分かりましたと返事する。マクゴナガルがきびきびと立ち去った後、「しょっちゅうじゃないか」と、ロンがアルノーの顔をしげしげと眺めながら言った。
「アルノーはいつも魔法薬の調合を頼まれるよなぁ。僕なんか、前――アルノーが授業中に卒倒した時があったろ? スネイプがルーピンの授業を代理でやった時だ――その時、スネイプに口答えしたら、罰則で“おまる”磨きをさせられた」
「あー……そんなことあったんだ?」
「そうさ、医務室のを全部、しかも魔法なしで」
ロンはぷりぷり怒りながら、アルノーの罰則に対して文句がありそうだった。
「たしかに、魔法薬の調合の助手じゃ、アルノーにとっては罰則にならないよ」
ハリーもそう同意する。確かに、アルノーにとって『魔法薬学』の授業は、得意な分野に入る。薬を作るだけなら、ハーマイオニーにも引けを取らず、むしろよくやっていると自負してもいい。それに、スネイプとの関係も他のグリフィンドール生よりは良好だと思っていた。それはひとえに、自分の本当の母ポラリスがスネイプと同窓だったからに他ならない――と、アルノーはほとんど確信にも似た思いを抱いていた。しかし、それにしても、アルノーは自分でもスネイプには睨まれないことを多少は不思議に思っていたのだが……。
アルノーが、どうしてスネイプが自分には(多少なり)優しいのか、それを考えはじめようとしていると、ハーマイオニーは、「適材適所なんじゃないの?」と本の中から顔を出して言った。すぐに彼女の顔は本の中に埋められるのだが、ロンはハーマイオニーの言葉(適材適所)を聞くや否や、かんかんになった――「僕には“おまる”がお似合いだって? 失礼しちゃうよ!」、と。
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地下牢の一角にある教室は、雲の切れ間を吹き飛ばし顔を出した太陽でも乾かしきれなかったらしい。階段を下りて行くごとに、かび臭い、じめじめした空気が、体にねっとりとまとわりつくようだった。アルノーの鼻の奥を突くのは、まるで古くから煎じられ煮立たせられた魔法薬の織りなすような複雑なにおいを含んだ空気。地下牢中に滞留しているような、奇妙で不気味な独特の空気だ。それはアルノーの鼻だけではなく、アルノーの鋭い感覚――肌の上でも、ねっとりと感じられる。どこか、おどろおどろしい、複雑に入り混じった気配のようなものだ。
アルノーは地下牢の一角、教室と続いているスネイプの研究室(沢山の薬品の材料が仕舞われた棚がずらりとある部屋だ)の扉をノックする。ノックするかしないかのところで、くぐもった声で、「入りたまえ」と返事があった。まるでアルノーの来訪を予感していたかのように告げたのは、スネイプの声に他ならない。どこか威圧的で、低く唸るように響く彼の声に、アルノーは扉につけられている真鍮色をしたドアノブを、ゆっくりと、恐る恐る開ける。
「……失礼します」
アルノーが何かを告げる前に、机に座って何か書き物をしているスネイプが、「今日作らねばならない薬品のリストが、そこにある」と言った。彼の利き手は羽ペンをせっせと動かしているが、それとは別の手のひとさし指が、部屋の隅にある小さなティーテーブル(簡単な小さなテーブルだ)の上を指し示した。
「材料を全て用意し、隣室で待つように」
「はい」
アルノーは、羊皮紙の上に書かれた薬をざっと眺める。風邪の諸症状に効果的な薬が多く見られたのは、きっと季節柄なのだろう。そういえば、数日前にマダム・ポンフリーが「『元気爆発薬』の納入を増やさねば」とブツブツ呟きながら歩いているのを見かけた気がする。きっと、スネイプは風邪に効くが手に入りにくい魔法薬の調合を任された、ということなのだろう。
けれど、アルノーが思うに――スネイプは多忙なのだ。通常授業の準備に、リーマスの脱狼薬を作るだけではなく、このように十一月の末から風邪もはやり出しているのだから、確実に多忙なのだ。更には、年末の休暇に向けて、宿題を出す準備もあるのだろう。アルノーが罰則を言い渡されるどころか完全に放置されていたのも、それなら合点がいく。
そんなことを考えながらも、アルノーは薬の材料がごまんと詰め込まれた棚から材料を取り出していった。珍しいものが詰まったここは、さながら宝箱のようだ。アルノーからすれば、なのだが。
そうしてスネイプ専用の整理された棚を、つい、じっくりウットリ眺めていると……何者かの気配が、アルノーの背後にあった。アルノーがハッとして振り向くと、そこには自分を見下ろすスネイプがいた。
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2016/11/12
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