hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ★10-3


牙の預言者
10.罰の夜 3


 スネイプ個人用の薬品棚から材料を集めているときだった。半ばうっとりしながら、珍しい品々の収められている棚を眺めていると、いつしか背後に気配があった。慌てて振り返ると、自分を見下ろすスネイプの姿があった。アルノーは一瞬で我に帰るのだが――。

「何か、気になる物があるかね?」

 スネイプは悠々と、静かに告げた。アルノーはスネイプの土気色の顔を見て、一瞬、しまった――と思った。準備もそっちのけで棚を眺めていては、集められるものも集められない。作業は進まない。だが、それに増してアルノーの胸にあったのは、沢山の好奇心。加えて、今ならスネイプも機嫌が悪くないのではという期待だ。
 眼を凛と開き、アルノーはスネイプを見上げた。

「見たことがないものが、沢山あります。全部が全部、気になるといえば、気になるんですけど」

 言った後で、アルノーはほんの少しだけ後悔した。スネイプは静かに肩を竦めた。アルノーの好奇心をどう思っているのか分からないが、快くないと思ったのかもしれない。

「その右上の棚の中には――」

 しかし、スネイプはアルノーの背後にある棚をゆっくりと指さした。

「『アクロマンチュラの毒』は、半リットルもあれば百ガリオンは下らぬ……それだけの価値がある」

 アルノーはパッと、その棚を見た。アルノーが記されたタグが、引き出しの前面に書いてある。確かに、そこには『アクロマンチュラの毒』と流れる様な綺麗な筆記体の文字が記されていたが、しかし、それよりもアルノーは「百ガリオンも?」と、目を大きくさせて驚きをつぶさに示していた。

「来るがいい」

 スネイプによって誘われるアルノーは、壁と一体型となっている棚の一角にやってきた。そこにはまた珍しそうなものの名が、棚の前面のタグに刻まれている。

「その棚、赤い札の掲げられた場所には、その色の指し示す通り、特別な保存法によって収められた材料が並ぶ。取引可能品目Bクラス以上――すなわち、厳重管理品目、危険物扱いの品だ。とりわけ、その大きな硝子壺の中にある物は、其れなりの魔法使いでは手を焼かされる――『アッシュワインダーの卵』である」
「それは、どんなものなのですか?」
「凍結の呪文をかけ、保存しなければならない。さもなければ、数分以内に爆発する。また、ホグワーツで使用が禁じられている『愛の妙薬』の材料のひとつでもあるが……」

 その薬品の名前には、アルノーも聞き覚えがあった。それは、アルノーが一年生の時、クリスマスの日に会ったスネイプから貰った参考書にも、『愛の妙薬』の紹介が数行書かれていた。その参考書は、本来ならば上級生が学ぶのであろう、難しい薬品の数々の制作過程が記された書籍だったのだが、その巻末に宣伝として続巻となる本の紹介があったのだ。続巻には、もっと希少な材料を使う、貴重な薬品が載っているらしい。それこそ、ホグワーツでも禁止されているようなものが、沢山。それを知って、アルノーはロンドンに行くたびに本屋でその参考書の続巻を探していたのだが――。

「あの参考書の中にも、その効用が書いてありました。先生から、一年生の時にクリスマスプレゼントで頂いた参考書です。その本の続きの本を探しているんですけど、どうしてか、なかなか見つからなくて」
「あの書籍の続巻は……公的扱い禁止の書物と指定されたと記憶している」
「えぇっ!?」

 思わず、ショッキングな事実に声を上げて驚いたアルノー。スネイプはアルノーの驚きの叫びにも動じることなく、粛々と告げる。

「公的扱い禁止となった書は、一般の本屋では閲覧も叶わん……だが、もしかすれば……古書店を探すか、あるいは……夜の闇横町(ノクターン横丁)か……」
「あぁー……夜の闇横町……確かに、あんな場所ですから……ありそうな気が、します」

 ロンドンのダイアゴン横町と繋がっている、『夜の闇横町』。そこは名前の通り、暗く陰湿な雰囲気を孕んだ怪しい横丁だった。道の其処此処を行き交う人達は、いかにも闇の世界に住んでいるといった怪しい風貌の人々だった。周囲の建物や店も、怪しい物品を扱っているらしかった。
 そこには、アルノーは一度だけ立ち入ったことがあった。それも一年生の時の、クリスマス休暇の時だった。ロンドンまで迎えに来てくれたリーマスと、クリスマス・セールを見て歩いているうちにはぐれて、迷いこんでしまったのだ。
 スネイプはアルノーが『夜の闇横町』を知っている素振りを見せたことで、その難しそうな表情を、更に難しそうな色に変えていた。

「ヘイデン、あの場所に立ち入ったことがあると?」
「迷いこんでしまったんです。一年生の時のクリスマス休暇が始まった時です。自発的ではなかったんです……けど、その時、助けてもらって、なんとか無事に」

 取り繕うように、アルノーはニコッと笑った。

「マルフォイの母上が、たまたまホグワーツのローブを着た僕を見付けて、それで、大通りまで案内してくれました」
「ナルシッサ・マルフォイ夫人が、か……?」
「名前までは知りませんが、綺麗な、ブロンドの髪をした女性でした。マルフォイが『母上』と呼んでいたので、きっとそうなんだと思います」
「それは……そうか。奇妙な巡り合わせがある……」
「奇妙、ですか?」

 スネイプは静かに、アルノーとマルフォイ夫人の出会いを奇妙だという。彼の言葉の意味は、アルノーにはまったく分からない……分からないのだが、スネイプのどこか憂えるような顔を見て、自分と彼女の間に何かの縁があるのかと、ふと、心の深い所で理解した。
 そんなアルノーに、スネイプは衝撃的な言葉を告げる。

「ナルシッサ・マルフォイは、ポラリス・ブラックの、血肉を分けた姉君である。して、婚姻を結ぶ前の姓は、詰る所――」
「……まさか、ブラック?」
「左様」

 顔が、思わず引きつった。冗談でしょう、とアルノーは訊き返したかった。けれど、スネイプが嘘を吐くだろうか?――と、冗談という言葉を微塵も感じさせない、落ち着いたかの教授を見て、アルノーは噛み付くように問いかけていた。

「どうして……まさか、僕は……マルフォイと親戚だって言うんですか!?」

 完全に、気分が動転していた。落ち着かないといけないとは理解していても、頭の中では鋭い拳で大きな一撃をくらったように、ぐわんぐわんと揺れている……そんな気分だった。ようするに、ポラリス・ブラックとベガ・ヘイデンの双子の姉妹の姉にあたる人物が、ナルシッサ・マルフォイで、彼女たちは肉親で……ドラコ・マルフォイは自分の『いとこ』にあたる人物だったのだ。それは、まぎれもない事実なのだと、アルノーは受け入れなければならなかったが――あまりにも衝撃的な事実がいきなり襲ってきたので、アルノーは眩暈を起こしそうだった。
 なにせ、あのスリザリン、悪の魔法使いをやまほど輩出している寮の中でも、その特性を顕著に示しているスリザリン代表のような存在が、ドラコ・マルフォイなのだ。眩暈のひとつでは済まされないくらい、アルノーにとっては大きなショックとなって胸を締め付ける。

「…………少し、話が過ぎた」

 スネイプも、アルノーの動揺を目の当たりにして、我に帰ったようだ。喋り過ぎたと感じているようだ。アルノーが動揺しきっているのを見て、ばつの悪いように眉間に皺を寄せ、視線を逸らす。
 そして、「すまないことを」と、一言だけ、そう告げた。本当に珍しく、スネイプらしくない、申し訳なさげな弱気な声だった。

「い、いえ」

 アルノーははっとして、背筋をしゃんと伸ばす。

「驚きました、けど……それが事実なら――すみません、僕こそ……気を使わせてしまって」

 事実は事実だ。アルノーはそう思うことにした。とりあえず、ここはひとつ、冷静になって、置いておこう――と、アルノーは深呼吸をした。スネイプにしては珍しく、口を滑らせてしまったのだろうと思えば――不思議と自分とスネイプの関係がより親密になったような気もしていた。

「調合の準備をします」

 アルノーは、すっかり放り出していた薬品の材料を持って、ばたばたと隣室(魔法薬学の教室)に向かおうと歩き出した。ここで、取り組まねばならないことを思い出したのはよかった。気分を切り替えることに成功した。しかし、スネイプは「ヘイデン」と、アルノーを一瞬だけ呼び留めた。

「君の育ての母君も、もとを糺(ただ)せば、ブラックの家であるが――……決して、あの色に染められてはいない」
「……はい」

 分かっています、と、アルノーは小さく、けれど強く呟いた。


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2016/11/16
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