hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ★10-1


牙の預言者
10.罰の夜 1


 月曜日がくると、アルノーとハリーは退院した。学校のざわめきが、不思議と懐かしく感じられていた。
 しかし、平和な学校生活が戻るかというと、そうではなかった。朝食の食事を済ませる為に大広間に向かったとたん、マルフォイと出くわした。マルフォイは入り口の脇で、先日のクィディッチ戦でハリーが墜落したときの実況を振り返るように、大演説をしていた。彼は元気に腕を振り回していた。恐らく、もう傷を痛がるそぶり――つまりはヒッポグリフにやられた傷がシクシク痛むといった演技する必要はなくなったと思っているのだろう。

「ああいうのは無視するに限る」

 アルノーは毅然とハリーに言った。けれど、それはハリーもよく分かっているらしい。有頂天になっているマルフォイの大演説を楽しそうに聞いているのは、スリザリンの生徒しかいなかった。他の寮のエンブレムのついたローブをまとう生徒たちは、マルフォイには冷ややかな視線を投げていた。みんな、ハリーのほうに味方して、同情してくれている。

「なんだい、あの、腐れスリザリンのいかれポンチ」

 まるで追うようにやってきたロンは、開口一番にそう言った。その罵倒に、思わずアルノーはおかしくなってしまって、オートミールを噴き出しそうになってしまう。しかし、まさにマルフォイにはピッタリの言葉だと思った。
 席についたハーマイオニーは、朝採れのみずみずしいサラダを真っ白の皿によそいながら、「昨日の観戦では、あんなにお行儀よくはしていられなかったわ」と、きびきび言った。

「グラウンドに吸魂鬼が下りようとしていた時、誰もが体を震わせていたもの」
「そうさ、誰もあんなにご機嫌に腕を振るっちゃいられなかったよ……ああ、そうか、わかったぞ。マルフォイの奴、きっと昨日の恐怖で頭がどうかしちゃったのさ。だから、あの『腕の演技』のことも忘れてるんだ……あいつ、そうとう頭やられてるぜ」

 ハリーは苦笑していたが、「ほっとこう。腕がよくなったなら、ハグリッドも幾分か気持ちが軽くなるだろうし」と、自分よりもまず大の友人、ハグリッドを気遣っていた。ハリーが仄かながらもにこりとしていたのが、ロンとハーマイオニーの励みになったようで、彼らもにこりと笑った。

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 しかし、そう幸せも続きはしなかった。忘れていたのだが、その月曜日には「魔法薬学」の授業があったのだ。マルフォイは授業そっちのけで、ほとんどずっと、地下牢教室の向こうで吸魂鬼のまねをしていた。しかも、腕が病み上がりだからという理由で、同じく病み上がりのアルノーをスネイプに指名させて薬品作りを手伝わせた。いや、手伝わせたというのは違うかもしれない。なにしろ、マルフォイは吸魂鬼のものまねに熱心に取り組んでいたので、アルノーは自分の薬を作る作業もそっちのけで、ずっとマルフォイの鍋の中を木の杓(しゃく)で混ぜなければいけなかった。
 そんな作業を強いられていたものだから、アルノーはとうとうキレた。マルフォイの顔目掛けて大きなワニの心臓を投げつけた。その時、アルノーは自分がなんという罵声を浴びせたかも覚えていないくらい、ひどい罵声を浴びせた。マルフォイは目が点になって、今にも泣き出しそうな情けない顔をしていたのが見ものだった。だが、吐き出してすっきりしたのも束の間、アルノーは背後に迫るスネイプによって、すぐさま冷静の中に戻される――「グリフィンドール、十点減点。そして罰則を後日言い渡す」という、言葉をかけられて。

「『闇の魔術に対する防衛術』をスネイプが教えるのなら、僕、病欠する」
「右に同じく」
「更に同じく」

 昼食後、リーマスの教室に向かいながら、不機嫌顔のハリー、次いでアルノー、更にロンがそう言った。ハーマイオニーはいかにも、やれやれ、といった様子で、教室のドアを薄っすらあけた。そこから中を窺い見て、ハーマイオニーは溜息を吐きながら、振り返る――。

「大丈夫よ」

 男子三人は、ぱっと顔を明るくさせた。
 リーマスは復帰していた。ハリーは「毒じゃなかったんだ」と、ぽつりと呟いた。今の今まで、本当の本当にスネイプがリーマスへ毒を盛ったのだと思っていたらしい。しかしながら、毒にやられなかったとしても、リーマスの草臥れたローブは以前よりもだらりと垂れさがっていたし、彼の目の下にははっきり見えるくまが出来ている。もしかすると、満月を越す際の体調不良以外にも、本当に病気で寝込んでいたのかもしれない――と、アルノーは静かに心の中で思案した。
 授業が始まって皆が席につくと、リーマスはにこっと皆に微笑みかけた。すると、皆は安心したのかどうしたのか、一斉に口を開く。リーマスが病欠していた時のスネイプの態度に文句を言い始めた。傍若無人で高圧的な態度の、かの教授の悪逆非道の数々を暴露するがごとく、皆は不平不満をぶちまけた。

「フェアじゃないよ。代理だったのに、どうして宿題を出すんですか?」
「僕たち、狼人間についてなんにもしらないのに――」
「――羊皮紙二巻だなんて!」
「君たち、スネイプ先生に、まだそこは習っていないって、そう言わなかったのかい?」

 リーマスは少し困ったようにそう言った。クラス中は、またわあわあと騒ぎ始める。

「言いました、もちろん!」
「でも、スネイプ先生は、僕たちがとっても遅れてるっておっしゃって――」
「――耳を貸さないんです」
「――羊皮紙二巻なんです!」

 全員がぷりぷりと怒ったいるのを見ながら、リーマスは微笑んだ。

「よろしい。私からスネイプ先生にお話しておこう。レポートは書かなくてよろしい」
「そんなぁ」

 ハーマイオニーだけが、がっかりした顔をした。「もう書いちゃったのに」、と悲し気にしている彼女には、誰も同情出来なかった。
 その日の授業は、「おいでおいで妖精(ヒンキーパンク)」を眺めて、その生態について学んだ。かの妖精は、手に持ったカンテラの明かりを以って、旅人を沼地に誘いこむ。その後のことは、考えたくないものだが――。
 あっという間に楽しい授業が終わり、皆が席を立った。授業の静かな興奮の余韻に、まだ浸っていたときのこと。ハリーがリーマスに「ちょっと残ってくれないか」と声をかけられた。アルノーは何を話すのか、少し気になった。しかし、リーマスもきっと、ハリーを案じているのだろう。吸魂鬼に屈し、試合に負け、大事な友である箒を失ったハリーなのだ。落ち込んでいると思っているだろう。
 しかし、ハリーがリーマスから呼び留められたのは、ラッキーなのかもしれない。昨日、自分からハリーに「ルーピン先生は吸魂鬼の撃退方法を知っていると思う。きいてごらんよ」と提案していたから。ハリーを案じて、先生の方から声をかけてくれている今なら、きっと、撃退方法を教わるチャンスが巡ってくる可能性は高い――かもしれない。

 アルノーは、ハーマイオニーとロンが教室の入り口でハリーを待っている間、軽く吸魂鬼のことを考えていた。
 吸魂鬼という生き物は、地上を歩く生物の中でも最も忌まわしい生き物のひとつだと聞く。暗く穢れた場所を好みはびこって、平和や希望、幸福といった善なる空気を吸い取って栄える。吸魂鬼は餌となる相手の幸福という幸福なもの、感情のすべてを吸い尽くし貪り続け、しまいにはその餌である相手を自分自身と同じ状態にしてしまう――邪悪な魂の抜け殻に。
 きっと、ハリーは吸魂鬼に目を付けられてしまったのだ。ハリーが抱いている『幸せな感情』が魅力的に映っているのか、はたまた吸魂鬼が『仲間だ』と思うような暗い過去や思い出がハリーにあるせいなのか、それは分からない。けれど、ハリーの吸魂鬼への畏れの感情を、きっとリーマスならなんとかしてくれるんじゃないかとアルノーは思っていたし、願ってもいた。

 数分後、ハリーはじっくりとリーマスと話をしたようで、満足したように軽い足取りで歩いてくる。それだけで、待っていたアルノーは――きっといい収穫があったにちがいない――と思うのだ。
 ハリーは次の授業に向かう中で、リーマスとの会話を皆に教えてくれた。リーマスの憶測だが――長らく校内に入れず獲物に飢えていた吸魂鬼が、クィディッチの試合という人々の明るい熱気に我慢できなくなり、グラウンドまでやってきてしまったのだろうということ。その吸魂鬼が、ハリーの心に残っている最悪の記憶(恐らく、父母であるジェームズとリリーの悲惨な最期の記憶だろう)に惹かれて、襲ってきたのであろうこと。そして、来学期になって忙しさから解放されたなら、リーマスはハリーに、吸魂鬼の撃退方法を教える準備をすると約束したこと。

「よかったじゃないか、ハリー。あの人、見た目はぼろぼろだけど、吸魂鬼の撃退法を知ってるんだ――やっぱりすごい人だ。今までのあの授業の先生の中じゃ、バツグンにいい人だし――」

 ロンは興奮しながら、ハリーの肩を鷲掴みにして、ゆさゆさと乱暴に揺すった。

「でも、戦う方法は、とても難しいみたいだ」

 ハリーは少し俯いた。しかし、彼は俯いているだけではなかった。「――でも、やらないと」と、すぐに顔を上げた。ハリーは吸魂鬼と戦う決意を、心の中で固くしている。アルノーは、そんな彼の決意を受けて、全力で後押ししようと思わされるのだった。


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2016/11/05
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