「ある放課後」その後−3P

今もし目の前にある唇にキスをしたら、こいつはどんな反応をするだろうー

途切れた会話と不自然な距離に困り、ぎこちなく目を横に伏せる様が僕の心をざわざわと荒立てた

「あの……すいません。もういいですか」

竜崎が、集まり始めた周囲の奇異の目に視線を配りながら、ぼそぼそと呟いた

「ごめん」

手を放し、素直に出た言葉で許しを請う

「お待たせしました」

僕らの事情を知らないウェートレスが話を遮るようにして脇に立ち、微笑みかけてきた

狭いテーブルの上に手際よく熱い紅茶とデザートが並べられる

こいつは普通の食事をするということがないのだろうか?

竜崎はデザートを前にして、耳に届いた筈の僕の謝罪の言葉を忘れてしまったかのように見えた

食べたいと言っていたドーナツに無造作に手を伸ばす

「もう一度お願いします」
「え?」

紙ナプキンで包むようにして摘んだドーナツを口に含みながら、左手でつまんだ角砂糖をティーカップに落とす

それをスプーンでクルクルとかき回しながら竜崎は繰り返した

「"ごめん"と…もう一度」
「何故……」

僕は複雑な思いがした

「夜神君の自発的な謝罪なんて滅多に聞けませんから。もう一度、お願いします」

真面目な顔で話しながら、合間に口の中のドーナツを思い出したように食む

「…ごめん。殴ったりして悪かったよ」

僕が素直に謝ると、竜崎は紅茶をかき混ぜる手をピタリと止めた

「突然立ち去った理由は言わなくていいです。明日、スミっちと京子さんに謝りますか?」

竜崎が作る静かな表情は、まるで僕の秘匿を何もかも知っているかのようだった

「……わかった……謝る」

これはどういう状況だ?

今まで僕は自分の成し遂げたい目的の為に必要ならば、他人の機嫌を取ったりしたこともあった

だが竜崎に関してはその状況が当て嵌(ハマ)まらない

どうすればいつも曇ったこいつの顔がたった一度見たあの時のように笑んでくれるのかと、そればかり追考している

喜んで欲しい
笑って欲しい

僕にもっと、おまえの"特別"を見せてくれ

「それはよかった」

竜崎の一言に現実に戻される

「え?」

他所事(ヨソゴト)を考えていた僕は、それが何に対して返された言葉なのか理解に遅れた

「夜神君、私、嬉しいですよ」

竜崎の幾らか柔らかい声音で耳が満たされた

唐突に向けられた笑顔に僕の心は余りに無防備だった

心臓が最後の鼓動かと思うほど胸の内で大きく一度鳴り響いて、それを合図に頭の中のくだらない考え事は全て吹き消された

味わった

二度目の真っ白だ

経験不足な心が冷や汗をかく

竜崎…おまえの笑顔は……

「…嬉しいって…?」

僕は必死で動揺を押し殺した

「はい。あなたの口から素直な言葉が聞けて嬉しいです」
「…そうか」

竜崎はそう言って、自分の前に並んだデザートの皿を指で僕の方へ押しやった

「私の勝ちですね」
「勝ち?」
「はい。注文したのは二人分ですよ。夜神君が素直に謝って仲直りをしたら、一緒に食べるつもりでしたから」

その笑顔は僕の素直に対するおまえの気持ちなのか

それともただ、自分の胸の内で一人繰り広げていた賭けに勝った故なのか

「なるほどね…だけど竜崎。これは二人で食べるにしても多いよ」
「おや。挑む前から根を上げるなんて夜神君らしくありませんよ?さぁ、遠慮せずにお好きなものをどうぞ」
「何だよ、それ。支払いは僕持ちだろう」

竜崎は「ええ、勿論」と、向けた目を嬉しそうにパチパチさせた

こいつにはかなわない

僕は心の中でそう呟き、小さく笑った








20180714
「ある放課後・その後」加筆修正版
ー終ー
(2008年7月29日初公開作品)


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