「Lとニアの会合」−1P

二月の下旬を迎えたウィンチェスターの町ではさほどの冷え込みもなく、比較的穏やかな気候が続いていた

中心地区を流れる川には水鳥が遊び、大聖堂の周りは朝露に濡れた赤や白のクリスマスローズやクロッカス、水仙などの花々で彩られている

小鳥の囀りと共に何処からともなくやってくる鐘の音が町中に優しく鳴り響き、ある規則に沿った音色を一定期間繰り返しては消え、5分後に再び鳴り始めたりした

その日、Lは郊外にある施設からウィンチェスターの街の中心部に位置するハイ・ストリートにニアを連れ出した

気温の変化や賑やかな通りを行き交う観光客から時折漂ってくる香水の匂いは、喘息を患うニアの発作の誘因ともなり得たし、Lがニアだけを連れて外へ繰り出したのはこれが初めてのことだった

ニアはまるで収監され、ワケがわからないまま異国の地に輸送された挙句に見世物小屋で解き放たれた野生動物のように目をまん丸にした

バター・クロスの前で路上演奏者が奏でるトランペットの音に迷惑そうに首をすくめ、飼い主に連れられて歩く犬を見るとLの陰に隠れ、行き違う大人たちの談笑や同じ年頃の子供が張り上げる声を聞いては神経質に驚き、珍しいものでも見るように視線を貼り付けたりした

「L……L、手を繋いでください」

すっかり外界の雰囲気に気押され、使い慣れない言葉を吐いてニアはLの手に縋(スガ)った

Lは他の何かに視線をとられて聞こえていない素振りだったが、右の人差し指をくわえたまま、掴まれた左手でニアの小さな手をぎゅ、と握り返した

その瞬間、ニアは盲点に気付いたように、はっとした

Lの目は、通りにあるカラフルなチョコレート屋のガラスケースの中の甘味に釘付けになっている

彼はこの店の菓子に目がないのだ

「大丈夫ですよ、ニア。あなたの空間認識能力なら、ウィンチェスターの町の何処で置き去りにされても問題なく一人で帰れます」

分析するような目でお菓子を見つめながら、淡々と告げる

ニアは見知らぬ子供たちの声が聞こえると、そわそわした様子で辺りを見回した

「無理です。私はバスにもタクシーにも乗ったことがありませんし、あんな狭い空間を得体も知れぬ人間と共有するなんて想像もしたくありません。どうして私を連れ出したんですか?」

「思い当たりませんか?」

Lは目を合わさず、訊ね返した

「ニア。誘いについてきたのは、問われる覚悟をしていて、その上であなたも私と二人になる時間が欲しかったからでは?」

「……質問に質問で返さないでください」

Lの言葉に、隣に並んで立つニアはガラスに映った陰湿な自分の顔を睨みつけるようにして低く呟いた

Lも、真正面を見たままパチパチと、大きな目で二度瞬きした

店の前で手を繋いで、ガラスの向こうのきらびやかなお菓子に羨望の眼差しを向ける、一見親子か兄弟のような二人の会話は深刻なものだった

「まあ、そうですね。外は冷えますし、とりあえず店に入りましょう。ここのホットチョコレートが美味しいんですよ。それに、いつもおまけに新作のチョコレートが付いてくるんです」


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