シークレット・エピソード〜口約〜-2P

「何事です?」

その日の昼下がり、ウィンチェスター郊外にある施設の前に停まったバンデンプラに似た黒い車の後部座席から降りたったLは、ロジャーを見るなり開口一番に尋ねた

「久しぶりだな、ワタリ。それにL」

ロジャーが眼鏡の下から機嫌を伺うようにしてLを見た

「ロンドンに向かって来ていたのに、途中で引き返したんですか?」
「ああ、いや、それが、メロが……」

メロの名前を聞いたLの表情がにわかに曇った

「よく分からないんだ。レディングに着いた途端に突然怒り出して、迎えには行かないと言って聞かなくなってしまって。皆を連れて引き返す羽目になったよ。その前にマットと何かを話していたから、あの子に聞けば分かるかも知れないが…メロと一緒に部屋にいるはずだ」

みるみる怪訝な顔になってゆくLから逃れるように、ロジャーは目を伏せた

「……。わかりました。子供たちに挨拶をした後、部屋を覗いてみます。ワタリ、荷物を私の部屋に運び入れておいてください」
「わかりました、L」

事務的な言葉遣いでやり取りをすると、Lは施設の中に入っていった

「わぁ、Lだ!」
「Lが来た、Lが来た!」

玄関に入ると車の音を聞きつけて待ち侘びていた子供たちが、階段の踊り場から顔を覗かせて声を上げた

「お久しぶりです」

その光景にほんの僅か、目を優しくさせてLは応えた

「あのね、行かなかったんじゃないよ、途中まで迎えに行ったんだよ。だけどね、帰ってきたんだ」
「何だかメロの機嫌が悪くて、ロジャーとマットが相談して、それでね、帰るって言ったの!」
「そうらしいですね」

うんうんと頷きながら感情の伴い切らない顔で薄く笑み、Lは応じた

「それはそうと、日本から皆にお土産を持ってきましたよ。ワタリから受け取ってくださいね」

それを聞いて喜ぶ子供たちを見回してから二階へと続く階段の先に目をやると、出迎えに降りてきたマットと目が合って、Lの顔は真剣さを取り戻した

マットは踊り場で足を止め、黙ってその場に佇んだ

「マットと話してきます。その後メロと会うので、皆、ワタリのところへ行って挨拶をして来てください。喜びますよ」

促すと子供たちは相槌を打ってその場から去って行った

「おかえり、L」
「ただいま帰りました、マット」

静かに挨拶を交わした後にしばしの沈黙を経て、マットが切り出した

「機嫌悪くて…行かないって」
「ええ。何かありましたか?」

Lの問いかけにマットはお手上げだと、軽く首を横に振った

「怒ってるんだ。自分はただの器だって」
「器?」

不思議そうに尋ねたLにマットは頷いた

「Lが自分に優しくするのも、Lの後釜だからだって。……。一週間前に電話で話した時、あいつ、Lに一緒にいたいって言ったんだろ?それに対しての突き放し方がキツかったんじゃないの?電話の後からずっと様子がおかしかったし」

「……」

思い当たったようにLは黙った

一週間ほど前

電話をした時、メロがしつこく日本に来たがったので邪魔になると一喝したのだ

数ヶ月ぶりに耳にした電話から聴こえるメロの声は情緒不安定だった

「いつ帰ってくるの?」
《まだ分かりません》
「僕も日本に行く」
《何ですって?いえ、それはダメです》

返答を煽る彼に対し、Lの声は極めて淡々としていた

「あんたのすることには介入しないから…!」
《メロ。感情的になっている。落ち着きなさい》

Lの冷静さは、他の者では穴埋めの効かないメロの孤独に拍車をかけた

「そばに居たいんだよ!ねぇー」
《ダメです。捜査の邪魔をしないでいただきたい》
「!!ー…」

明確な拒絶に、電話の向こうのメロが凍り付いた

Lの声には磨かれた冷徹と不協和音に対する強い不快が滲んでいた

《今の発言はあまりに浅はかだし、こちらに来られても迷惑です。そうした短慮があなたの才能の足枷(アシカセ)になっていると話した筈です。電話で私に甘えを吐く暇があるなら、今こなすべき自身の課題に取り組むべきです》

息の根を止めるような応対に、しばらく呆然としたメロはそれから肩を落としてうなだれ、そうか、と気が抜けたように小さく呟いた

《他にご用件は?》
「…ない」
《そうですか。次にそちらへ伺う時には、こちらから連絡します》

メロは返事をせずに、黙って受話器を置いた

近くなり過ぎた関係が、本来互いに不可欠なはずの『L』という共通の要点を必要としなくなってきていることを、Lは薄々感じていた

Lの後継者候補として来たるべき時に備えて離れて過ごすより、それを投棄(なげすて)てでもただの少年として傍にいたいというメロの切実な願い出を血の通わぬ物言いで拒絶したのだ

メロを過剰に愛すことで負うリスク
彼に背中を向けることで負うリスク

深入りしすぎた自らのジレンマから来る苛立ちを、Lは自分を求めてきたメロに向けたのだ

「邪魔って…あいつに邪魔だって言ったの?」
「はい」
「怒るに決まってるよ…あいつにはLが全てなのに」
「それは私も同じです」

無に近い表情のLの口からあっさりと出た言葉に、マットは納得いかないように眉間を僅かに険しくさせた

「Lってさ…」
「はい」
「メロのこと好きなの?」
「はい、好きです」

考える時間など必要なかったように、低い無機質な調子の返事が即座に跳ね返ってくる

「それって…ただ、好きってこと?」
「どういう意味でしょう」
「あいつにキスをしたり抱きしめたりするのは違う国の社交辞令なのか、それともー」

その先の言葉を察し、Lはマットに打ち付けていた視線を脇に逸らした

「あいつさ…多分、Lのこと好きなんだと思うよ」

マットは気乗りしない様子で言い、その後のLの反応を注意深く伺ったが、彼は相変わらずのポーカーフェイスで、ただズボンのポケットに両手を突っ込むという動作一つを見せただけだった

外したままの視線に加えて行われた手を隠すその動作は、これ以上干渉するなという彼の心理を表す言葉なき警鐘で、理解したマットは少しだけ肩をすくめた

「メロ、部屋にいるし……俺、ワタリに挨拶してくるから」

後味が悪そうに言って階段を降りていったマットを、Lは無言で見送った


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