シークレット・エピソード〜口約〜-1P
朝の10時過ぎにウィンチェスター駅の1番ホームからレディングに向けて列車が発車するとすぐに何もない平地が拓けて、放牧されている牛や立ち並ぶ樹木や煉瓦造りの家が点在する様を、メロは車窓から退屈そうに眺めた
車窓の向こうに広がる空は、珍しくよく晴れている
途中、スナックとドリンクを積んだカートを押しながらやって来た車内販売員が何か入り用はないかと一行ににこやかに話しかけたが、目が合ったメロは不機嫌を極めた陰鬱な顔で彼を睨み返した
代わりに向かいに座るマットがポケットから小銭を取り出し、チョコレート菓子とジュースを買った
30分ほどメロの不機嫌な顔が続いたのち、乗り換えを行う為に降りたったレディング駅での移動中に、マットがメロに話しかけた
「好きだろ…これ」
そう言ってぶっきらぼうに手に握り込まされたチョコレート菓子を見て、メロはマットの顔を警戒するような目で見上げた
「あのさ…」マットが続ける
「そんなにナーバスになることはないと思うぜ。Lがお前のことを一番に思っているのは確かだし、お前を寄せつけないのは真剣に考えているからこそだと思う」
「真剣に…?」
メロは視線を地面に貼り付けて呟いた
「あいつが何を真剣に考えるんだ?自分が死んだ後の段取りか?僕がニアと争わずLの継承が穏便に済むように?そんなものいらない!!」
メロは癇癪を起こし、広いホームで叫んだ
「結局あいつは…」メロは肩を震わせた
「あいつにとって僕は、Lの代替えの為のただの器なんだ。優しくするのだって大事な後釜だからだ。そうだろう?もしも僕より優れた奴が目の前に現れたら、あいつの興味はそいつに移るんだ」
「何を騒いでいるんだ、メロ」
先導していたロジャーが道を引き返して来て、面倒は御免だ、と訝し気な表情でマットとメロの二人を交互に見た
「場所を考えないか」
「迎えになんか行かない。皆はロジャーと行けばいい。僕は帰る」
「お、おい、何を。待ちなさい」
爆弾のような発言に、狼狽えたロジャーは慌ててメロの腕を掴んだ
「放せよ!迎えに来させたいのだって、自分にどれほど忠実かを測るただのテストさ!」
憤慨するメロの若い声は、広い構内によく響いた
「ねぇねぇ、メロは一体どうしたの?」
「あのさ、あれを昇るんだもの。ロジャー、早くしないと電車が出ちゃうよ」
「10番ホーム、10番ホーム!」
天窓を備える青い天井の下に伸びる四基の大きなエスカレーターを指差しながらオスカーが言うと、同行していた子供たちがロジャーの脇で口々に言った
「メロ、落ち着けって……Lはそんなこと考えていないさ。ただ会いたいから、それに俺たちの気晴らしにもなると思って、ロンドンまで迎えに来させようとしてるんだよ」
マットがロジャーに加勢し彼を宥(ナダ)めたが、それは火に油を注ぐようなものだった
「いやだ!帰る!」
「皆で行動しなければ駄目だ。わがままを言わずに規律を守りなさい。お前をここに置いてはいけないだろう」
「子供扱いするなよ!電車くらい一人で乗れる!嫌だ、行かない!帰るんだ、帰るってば!!」
こういう時、気にせず喚(ワメ)くメロではなく、周囲の大人達の不審な目が向けられるのは引率者であるロジャーだった
「メ、メロ…ああ、これだから私は嫌だと言ったのに。まったく、どうすればいいんだ」
「Lに連絡してみたら?」
困惑して冷や汗をかくロジャーの横で、マットが冷静に告げた
「迎えには行けないって」
「しかし…」
「仕方ないよ。電話、繋がらないの?俺がメロと一緒にウィンチェスターに帰ってもいいけど、どうせ2人だけで電車に乗る許可は下りないんだろ?なら、皆で帰るしかない」
マットはメロの動向に目を配りながら淡々と言った
「えーっ、Lのお迎えに行かないの?」
「どうして?やだよ、行こうよ」
「ロジャー、あたし、トイレに行きたい」
「ずっと向こうまで行かなきゃならないじゃないか、乗り遅れちゃうだろ。我慢しろよ」
苦手な子供に板挟みにされ、ロジャーは途方にくれた
「マット、皆を見ておいてくれないか。ワタリに連絡を入れてみるから…」
「うん、わかった」
こういう時、救いは普段寡黙だがもっとも話のわかるマットだった
一旦奔放のスイッチが入ると、まるで話す言語が違って会話が通じていないかのような子供たちとのやり取りはロジャーを疲弊させたが、このマットという少年はニアに次ぐ独自の歩調を持っていて、周囲に対する関心が薄い分、他人の感情や状況の変化に流されることがないのが強みで、何かと心労を抱える施設長のロジャー・ラヴィーにとっては頼れる存在であった
やれやれと重い溜め息を吐き、携帯電話を手に少しだけ離れた場所に歩いていったロジャーを見送ったマットは、脇でそっぽを向いて立つメロに視線を戻した
「メロ…Lは待ってると思うけど、帰ろう。ロジャーがワタリと連絡をとって、Lに伝えてくれるよ」
メロは答えずに深くうつ向き、長い髪で顔を隠した
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