「嘲笑」−7P

「メロ……おい、メロ」
「ウ……ン」

しつこく声をかけると、雑音を払うように寝返る

「朝だぜ。起きろよ」
「一体何だ……まだ七時過ぎじゃないか。……。お前、いつ帰ったんだ…?」

翌朝になると、案の定メロは覚えていなかった

「作らせといて何だ。食うんだろ?スクランブル・エッグ」
「……あぁ?スクランブルが……何だって?」

うつ伏せたまま、脇に腰掛けた俺を煩わしそうに横目で見やる

「顔を洗えよ。相当ブサイクな顔してるぜ」

「ハ……何だと…!?」

からかい混じりの俺の言葉に憤慨してメロは
勢いよく上体を起こしたが、はたと何かに気付いたように静止して昨夜の始終を追考した

「……。マット、お前」

自らの昨夜の醜行を察してメロの表情は硬くなった

俺が知らない筈はないのにと、叱りを受けないことに不審感を露にする

「……」

素知らぬ顔で俺はカップに注いだ濃い目のコーヒーを口に運んだ

「薬はやるなって言ったろ」

メロを振り返らずに低く真剣な口ぶりで投げかける

背後からの返事はない

「わかってるよ。俺はアイツのようにお前の心を満たしてやれない。苦しむお前に何もしてやれない。愛する以外、何もしてやれない」
「マット…」
「俺と抱き合うことで虚しさが増すなら、もう抱かない。だかいい加減、薬はやめろ。そういうお前を見る度に、俺はお前やニアを本気で恨みそうになる。殺したくなるんだ、自分を」

コーヒーカップを掴む手に力が入り、硬く筋張る

「違う、俺は…」

途切れた言葉に振り返ると、メロはベッドの上に座り、自らの心情に困惑し曇った表情で俯いていた

「そんな複雑なことを考えていた訳じゃない。昨日は…ただ、お前が戻らないことに腹が立った」

「!…」

メロが探り当てるようにして発した答えは意外なものだった

「ニアのことを考えてそうなったわけじゃない。……俺は……おまえが女と寝るのは嫌だ」
「メロ…」

俺は自分の抱く感情に表情を苦くするメロの顔を見つめた

「…… 馬鹿みたいだな」

思い悩んで低くそう呟き、一層深く俯(ウツム)くと、幼い頃より暗色を増したブロンドの髪がその顔を覆い隠した

俺はカップをテーブルに置いて、動かなくなったメロの傍らに腰掛け、黙ってその肩を抱いた

メロは何かに打ちひしがれ、俺の首に手を回して抱擁を望んだ

「お前が嫉妬するなんて」

全身から伝わる不安を打ち消すように強く抱き寄せ、かすめた項(ウナジ)に唇を押し付ける

昨夜吐いた―俺に対する独占的感情を含んだ言葉は、薬がもたらす産物だと思っていたが違った

メロは俺が帰らないことに強い不安と孤独と、そして嫉妬を覚えたのだ

「もっと強く、マット」

激しいスキンシップでも満たされない心の傷を訴える

抱き合う最中、上下に割り開いた唇の間から突き出した舌を大胆に俺の口元に這(ハ)わせ、柔らかな調子で喉元に噛みついて甘えてくる

「挑発的だな…飯が冷めるぜ」
「いらない、こっちがいい」
「ッ、おい、メロ!」

無造作に股間を掴まれ反射的に声を上げると、メロはその姿を眺めて面白がり、性悪く笑んで俺の耳に口を軽く押し当てた

「朝からエロい奴」
「何だと…!?」

生真面目なメロがわざとらしい吐息と共に吹き込んだ言葉に俺は目を丸くした

「お前、誰のせいでこう…」
「さてと、冷めたスクランブルエッグを食べるか」

白々しく遮(サエギ)り弾むようにベッドから降りると、メロは俺を振り返った

微かな、優しい光を灰色の瞳に宿して







20180807
「嘲笑」加筆修正版
−終−
(2009年10月24日初公開作品)


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