■ どうか殺して欲しい
夜が明けて、大混乱の中、ようやっと人心地つけたかと思っていた。
わたしは合流したエレンたちと一緒にいた先輩兵士にガスを補充させてもらい、先に壁の上へ行ったベルトルトを立体機動で追いかけて――その時、それが起こった。
あまりのことに言葉を失い、わたしは座り込む。他の皆のように剣を抜くことも何も出来ずにいた。
「ベルトルト……?」
わたしが呼んだ彼は目の前にいない。
いや、いるけれど――それはわたしがよく知る姿ではなかった。
「うそ……そんな……」
超大型巨人。
それが彼の正体だった。
ライナーは鎧の巨人で――何だかもう、わけがわからない。
もしかして、二人と同郷のアニも巨人だったりして。なんて、逃避のようにそんなことを考えてしまう。
なぜかユミルも巨人だったし、本当にどうなってるの104期って。
「…………」
信じられない。
でも、真実だ。
ベルトルトが、巨人。
その事実に対して、わたしの胸が占めるものは――。
『わたしはベルトルトが宇宙生命体でも悪の帝王でもかまわない! 彼が何だって、好きなの!』
嘘じゃないよ、ベルトルト。
あなたが人類を滅ぼす超大型巨人でも、それでも――好きなの。想いが止まらないの。
『あなたがいるのなら火の中だって、地の果てだって一緒に行くんだから!』
気持ちは、変わっていないの。
ずっと、ずっと、そして今だって。
でも――わたしは、行けない。
「ベルトルト……」
あなたのいる場所へ、とても追いつくことが出来ない。
あなたは巨人で、わたしはただの人間で――その境目を埋める術がわからない。
何もかも、遠すぎる。
「いやだよ……やだ……」
今だってそばにいるのに、こんなにも――遠いなんて。
もっと近くにいたいのに、どうしてそれが出来ないの?
「行かないで……」
自分でもやっと聞こえるような、か細い声。
ベルトルト。
好き。大好き。
誰よりも。何よりも。
でも――お別れなんだ。
これで、さよならなんだ。
どうしようも、ないことなんだ。
これまでのことが一気に思い出されて、これからはベルトルトのいない世界で生きなければならないことに愕然とする。
「う、あ……!」
途端に涙があふれた。止まらない。
涙を流しても、何も変わらないとわかっているのに。
わかっていても――ああ、無理だ。嫌だ。
彼のいない世界じゃ、わたしは死んでしまう。死んでしまいたい。
だって、こんなことになっても、まだ、ベルトルトのことが好きだから。
それが、わたしの、想いだから。
エレンに怒られるかもしれない。
アルミンは困った顔をするかな。
ミカサの反応はわからないけど。
マルコがいたら何て言うだろう。
ジャンが相談させてくれたらな。
ライナーは呆れ返るに違いない。
アニはわたしをどう思うだろう。
ユミルにまたからかわれるかな。
クリスタが悲しまないといいな。
サシャはどんな顔をするだろう。
コニーは馬鹿野郎って言うかな。
ぐちゃぐちゃに入り乱れる想いで、余計に涙が止まらない。
その中で、どうしようもなく揺らがない、想いがあって。
ねえ、ベルトルト、大好きだよ。
それが、わたしのすべてだから。
「全員、壁から跳べ!」
ハンジ分隊長の鋭い声。
見れば、拳を振り上げているベルトルトの姿。壁上を攻撃する気だとわかった。直撃すればひとたまりもないだろう。
ねえ――大好きだよ、ベルトルト。
でも、あなたはわたしのことを好きになってくれないから。
もう、あなたのそばにわたしのいられる場所がないから。
だからせめて、あなたに殺されることが、わたしは嬉しい。
この一撃で死ねたらいいなとぼんやりしていると、見知らぬ先輩兵士に投げ飛ばされる。
「ぼさっとするな新兵! 装備があるなら立体機動に移れ!」
「うっ……!」
そして身体が宙に浮く。わたしは離れてしまう。ベルトルトから。
ああ、わたしは殺されたかったのに。遠退いてしまう。これ以上、離れるのは嫌なのに。
ぼやける視界の中で、ついに拳を振り下ろすベルトルトが見えた。
「あ」
その大きな腕の軌道で気づいた。
いくら壁上を離れても、このままだとぶつかる。避けるためには壁の側面に向かってアンカーを発射するなりガスを噴かすなりしないと。
でも、わたしは――何もしなかった。
「ベ、ル……」
大きな大きな手が眼前に迫る。気が遠くなりそうな熱を感じた。
良かった。あなたをまた近くで感じられて。幸せだ。
同時に風が吹き、髪をふわりと舞い上がらせる。
この亜麻色の髪が、わたしは昔から好きじゃなかった。
なんて、どうでもいいことを考えてしまうのは、最期だからなのかな?
ああ、これで全部、終わりなんだ。――終わりにしよう。
「イリス! 立体機動に移れ!」
アルミンの叫ぶ声が聞こえる。
逃げられない。
逃げたくない。
わたしはぎゅっと目を閉じる。そして強く想った。
大好きだよ、ベルトルト。
本当に、好きなの。
どうせ巨人に殺されるか食べられるなら、それがベルトルトで良かった。本当に、良かった。
さよなら、わたしの王子様。
ずっとずっと、大好きでした。
(2013/12/01)
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