■ まどろみの終わりに
夜。
現在わたしたちがいるのはウトガルド城跡という場所らしい。まあ、場所はどうでもいい。問題はこの状況だ。
あれからずっと壊滅した村を回ったり、壁に沿ってひたすら移動したけれど、結局事態は不明のまま。壁に穴などなく、巨人がどこから現れて来ているのかわからないままだ。
本当に何もかもわけがわからない。だから考えることを放棄している。
みんな憔悴しているけれど、わたしだって疲れた。疲れたと言うのも疲れるくらいに疲れた。こんなに気を張って立体機動を使用し続けたことはない。トロスト区襲撃の時だって大変だったけれど、あの時が目に見える脅威だったら今相手にしているのは見えない脅威だ。体力的にも精神的にも限界だった。
ああ、ちゃんとベッドへ横になって休みたい。
「大丈夫、イリス?」
壁にもたれて座っている、やさしいクリスタの声にうなずいて、わたしは言葉を返した。
「クリスタだって疲れてるんだから、休んで」
「……ありがとう」
自分だってつらいはずなのに、この子はいつも誰かを気遣っているなあと思いながらわたしは目蓋を下ろす。
少し目を閉じただけでどっと睡魔が押し寄せてくる。
椅子に座ってうつらうつらと船を漕いでいると、ごつんと頭が隣にいる誰かとぶつかった。
「あ、ごめ……」
「いいよ、別に」
見れば相手はベルトルトだった。無意識に隣に陣取っていたらしい。
「…………」
「…………」
「あの……」
「何?」
わたしは意を決して、頼むことにした。
「肩、貸してもらってもいい?」
「……どうぞ」
やった! 言ってみて良かった!
内心歓喜しながらも、表面上ではおずおずと身体を少し傾ける。ついでにそっと寄り添った。
抱きついたりする度に意外に思うのだけれど、彼は体温が高い。その熱に触れる度にどきどきする。
今だって、そうだ。
そもそもこの距離感って、今までじゃ考えられなかった。
ああ、幸せだ。報われない想いだけれど――ちゃんとベルトルトに伝わっていたし、ちゃんと私たちの関係は育まれていたんだ。
そのことが胸にじんわりとあたたかく広がって、思わず頬が緩んだ。
眠ってしまうことがもったいなくて、薄く目を開ければ、仲間の姿があった。
やれやれと苦笑するコニー。
ユミルがにやにや笑っている。
クリスタは綺麗に微笑んでいた。
ライナーは気難しい顔をしながらも何も言わずにいてくれて。
そのことが無性に、途方もないくらいに幸せだなあと思えて。
わたしはつかの間の、穏やかなまどろみに身を任せた。
「ねえ、ベルトルト」
「何?」
「こんな時だけど、言わせて」
「……うん」
わたしが何を言いたいのかわかっていても、彼はいつも頷いてくれる。
そんなところが、わたしは――
「好き」
大好き。
「――ありがとう」
私はばっと顔を上げる。眠気なんてどうでもよくなった。
初めてだ。こんなことを言われるのは。
いつだって彼は謝罪をするだけだったのに。
もちろん、この「ありがとう」が私の想いを受け入れる意味ではないとわかっている。
でも、私は――嬉しかった。
思わずベルトルトに飛びつこうとすれば、
「全員起きろ! 屋上に来てくれ! 全員すぐにだ!」
先輩兵士の悲鳴にも似た声に飛び上がる。別の意味で眠気なんて吹き飛んだ。
何事だと全員で慌てて上へ向かえば、あまりの光景に絶句してしまう。
「月明かりが出てきて……気付いたら……」
「何でだよ!?」
城跡の周りに巨人がひしめいていたのだ。
「何でまだ動いてんだ!?」
「日没からかなり時間が経ってるのに!?」
そして城への攻撃と侵入を始める巨人たちがいた。
立体機動の出番だと、巨人へ向かって行く先輩兵士たち。
わたしも戦闘服を着ているのだけれど……。
「イリス、お前の立体機動装置を貸せ! お前じゃ死ぬが俺だったら――」
「……ガス切れでいいのなら」
ライナーの言葉にわたしは答える。
昼間に飛び回った結果だった。わたしは先輩方のようにガスの消費を抑えて動くことが出来なかったのだ。
どうしよう。どうしよう。
巨人が、こんなに。
ああ、でも、それだけなのだろうか。
どうしてこの夜の闇が落ち着かないのだろう。
「う…………」
嫌な、予感がした。
夜明けが怖い。太陽は希望のはずなのに。
今のわたしには、この闇に潜む何かが暴かれてしまうような、そんな気がして。
ついさっきまで熱いくらいにあたたかだった身体が、急速に冷えていくような心地だった。
(2013/11/24)
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