■ エピローグ

 ウォール・マリア内にある巨大樹の森に僕たちはいた。

「おい……ベルトルト」
「何、エレン」
「……何で、イリスがそこにいるんだよ」

 エレンの言う通りだった。

 僕のそばには、イリスがいる。
 僕なんかに恋をした女の子が。

 太い枝の上で幹にもたれ、彼女は気を失ったままだ。昨日の昼からろくに休息も取っていなかったし、まだしばらく目覚めないだろう。

「……彼女の立体機動装置を使ったんだ」
「ベルトルさんよお、立体機動をつけていた兵士なら誰でも良かったはずだろ? どうしてわざわざイリスだったかね……」

 ユミルの問いの答えを考える前に、エレンの声が割って入って来た。

「何やってんだよ、お前……! 今までずっと、騙していた上に利用したのか? ふざけるな、そいつはずっと、お前のことを……!」
「…………」

 あの時。
 ユミルの言葉通り、立体機動装置を身に付けていた兵士なら誰だって良かったはずだ。
 それなのに、僕の手は彼女へと伸びた。

 そして容易く殺すことだって出来たはずなのに――彼女は生きている。
 僕が殺すことをしなかったからだ。熱で火傷をしないようにと苦心までして。

 どういうつもりだとライナーに視線を向けられてうまく答えられなかったけれど。

 ただ、幻聴かと思うくらいの小さな声が、僕を呼んだから。

『ベルトルト』
『行かないで』

 そしてあの時、唐突に思い出したんだ。

 一生分、永遠分に聞いた愛の言葉とか。
 背中に飛びついてきたやわらかさとか。
 突然上から降って落ちてきた驚きとか。
 差し出した手に触れてきた小ささとか。
 隣から見つめてくる熱いまなざしとか。
 肩によりかかってきた微かな重みとか。

 たくさん、たくさん――思い出したんだ。

 自然と彼女へ手が伸びた。ついさっきと同じように、また。

「おい!」

 エレンの声が聞こえたけれど、無視して彼女の頬に触れる。泣きはらした痕をそっとなぞる。
 その場にいる全員の視線を感じたけれど、構わないと思った。

 イリス。

 君はまだ、僕をあのまなざしで見つめてくれるだろうか。
 僕はまた、君から紡がれる愛の言葉を聞けるだろうか。

 僕は今、自分が何を望んでいるのかわからないけれど――それを君は赦してくれるだろうか。
 僕は、あの子を想っている。それでも君に対して芽生えたこの感情を認めてくれるだろうか。

「なあ」

 ユミルがまた口を開いた。不敵な笑みを浮かべながら。

「起きたらイリスがどんな顔するかわかるか、ベルトルさん?」
「……さあ」

 絶望するのか、激怒するのか、慟哭するのか、或いは――笑ってくれるのか。
 それがわからない辺り、まだまだ僕は彼女のことを知らないのだろう。

 知りたい、と僕は思う。
 これはきっと、壁の外でも内側でも罪とされる感情だろうけれど。

 イリスの亜麻色の髪が風になびく。きらきらとした陽の光と相まって、とても綺麗だと思った。


END.
(2013/12/09)
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