▼ ……心配させんな、馬鹿
最後の記憶は頭への衝撃。壁外調査の際、巨人が粉砕した家の瓦礫がぶつかったらしい。
それから私はなんと一週間も意識不明だったという。
「もうずっと目覚めないかと思うくらいだったよ。リーベってばまるで眠り姫みたいだったんだから」
頭に巻かれた包帯に触れながら、私はハンジ分隊長の言葉を思い出す。
現在、自分の部屋へ戻る途中だった。掃除当番の兵士とすれ違いながら、つい言葉が漏れる。
「こんなドジなお姫様なんていないよね……」
しばらくは取れないと医者に言われた包帯にため息をついていると、向かいから歩いてくる人物に気づいた。兵長だ。
ああ、何か言われるのかな。
『またドジしやがって』
『もっと周りを見ろといつも言っているだろう』
そんな風に、きっと怒られる。
覚悟を決めかねていると――私は兵長と言葉もなくすれ違った。
あれ?
何事もなかったことに拍子抜けしてしまう。
「…………」
さすがにもう、呆れて物を言えないのだろうか。
『お前は抜けているから人一倍気をつけろ』――壁外調査へ出る前にだって、私は彼からそう言われていたのに。
だとすれば――とても寂しい。哀しみが徐々に広がっていく。
そんな苦しい感情に胸が支配されそうになった時、
「……心配させんな、馬鹿」
かすかな声が、耳に届いた。
「え」
信じられなくて、思わず振り返る。兵長の表情は見えない。背中が遠ざかっていく。
聞き間違いかと思ったが――いや、そうじゃない。
いつだって彼は私を心配してくれた。
何度もドジをする私に声をかけてくれた。
無視することだって出来るのに、私と関わってくれた。
「兵長……」
私は自由の翼を担う背中目がけて駆け出した。床が掃除したての水浸しで滑りやすくなっていることに気づかずに。
「ご心配おかけしてすみません、兵長! 私、これからは気をつけ――あだぁっ!」
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