▼ お前、それ、わざとか?
「リーベです。立体機動の訓練で壊した本部の窓ガラスについて始末書を持ってきました」
「入れ」
返事のあとに扉を開け、私は兵長の部屋へ入る。紙を渡せば、ため息をつかれた。
「お前はもう少し周りを見て行動しろ。そうすれば洗濯の水をひっくり返すことも立体機動の事故も減るはずだ」
「善処します……」
すると始末書から顔を上げられて――兵長の視線が一点に集中する。それから睨むように眇められた。
「お前、それ、わざとか?」
「へ?」
兵長の視線の先を辿り、私は自分の身体を眺める。
見ればシャツの一番上で留まっているはずのボタンが――ない。首回りに余裕のあるスキッパーシャツが裏目に出て、おかげで必要以上に胸元が開かれていた。
上半身のベルトが頑張ってくれているおかげでどうにか下着は見えていないが、ギリギリだ。
「あわわ……」
私は慌てて手で前をかき合わせる。
ボタンー! 布と布を引き合わせる役割を果たせ! お前どこに行った!
思わず心の声で消えたボタンに呼びかけたが、当然返事はない。
一体いつ外れたのだろうと焦りながら考えていると、兵長の声がした。
「針と糸はあるか」
「は、はい」
「貸せ」
ポケットから小さなソーイングセットを取り出す。兵士とはいえ女の嗜みだ。
命じられるままそれを兵長に手渡して――疑問が浮かぶ。
なぜ兵長が針と糸を必要としているのだろうか。
兵長は針に糸を難なく通しながら言った。
「リーベ、屈め」
「へ?」
「お前が立ったままじゃ縫えねえだろ」
「……兵長が縫うんですか?」
自分の部屋に戻って着替えてから自分で縫います――なんて、兵長の目を見たら言えない。
どうやら私はドジなだけではなく気も弱いらしい。
「いや、でもボタンが行方不明なので……」
そう言った矢先、ぶちんと兵長が自分のシャツからボタンを千切った。
私が言葉を失っていると、ぐいっと身体を引き寄せられる。バランスが崩れて、思わず兵長の座る椅子に手をついた。そうしている間に胸元のベルトを外された。
「へ、兵長……!」
「動くな、危ねえだろうが」
呼び声に耳を貸すことなく、兵長は私のシャツにボタンを縫い始めた。その手は器用に動いて、まるで危なげがない。
近い。近い近い。
この距離感は、だめだ。針を操る兵長の指先が胸元の肌に直接触れて、まるで心臓そのものに触られているみたいで――。
遅まきながら、私は気づいた。
「ちょ、どこ触ってるんですかあああ!」
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