▼ 見惚れてんじゃねえよ
自分で言いたくはないけれど、私はドジな人間だ。調査兵団の兵士のくせに、我ながらよく生き残っていると思う。
たった今もやらかしてしまった。洗濯をするために川から水を汲んで来た帰り道、つまずいて盛大に転んでしまったのだ。
桶の中の水は、当然ぶちまけられた。
「いたたた……」
また川に行かないと――そんな思考は顔を上げて停止した。
目の前に、全身ずぶ濡れの人間がいたからだ。どう考えても原因は私である。
「……やはりお前か、リーベ」
地を這うような低い声に私は絶句した。ぽたぽたと髪から水を垂らすのは、視線で人を射殺せそうな兵長だったから。
それを見て当然、私の全身から血の気が引いた。
「すみませんごめんなさい申し訳ありません……!」
ぺこぺこと頭を下げながら、私は思考を回転させ、状況を把握する。
不幸中の幸いは、兵長にかかった水がすすぎをするための綺麗なものであったことだろうか。
あとは兵長がジャケットを脱いでいて、立体機動装置も身につけていないこと。
「――あ」
そこで私はあることに気付く。そして息を呑んだ。
水を吸って、兵長のシャツが透けている。肌にぴったりと張り付いているのだ。
目に毒だった。ものすごく。これは不幸中の不幸、かもしれない。
それなのに、身体のラインや筋肉に視線が吸い寄せられてしまう。人類最強と呼ばれる彼の、鍛えられた肉体。
普段は絶対に見られない姿に――目が、離せない。
「おい、見惚れてんじゃねえよ」
兵長の言葉に私は慌てて顔を背けた。
「いや、あの……」
自分が見ていたものと、それを凝視していた自分を思い返し、顔に熱が集中する。間違いなく赤くなっているだろう。
さっきは目が離せなかったのに、今度は直視できなくなってしまった。
そんな私を見下ろす兵長が口を開いた。
「――さっさと部屋に行くぞ」
「え、私もですか」
「誰のせいでこうなった。着替えを手伝え」
間違いなく着替えは一人で出来るだろう。でも、そう言われてしまえば元凶である私は反論など出来るはずもなく。
こうして私は兵長の部屋でさらに視線のやり場に困る事態に遭遇するのだった。
「兵長! そんな男らしく躊躇なく脱がないで下さい!」
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