Novel
なぜならそこに愛があるから
「リーベがいい!」
「ぺトラだ!」
本日分の掃除を終えた旧本部での夕食後、言い争うグンタさんとオルオさん。彼らを前にしてエレンは戸惑っているし、エルドさんは苦笑して眺めている。我関せずは兵長だ。
彼らの論争の的になっているのは『今、誰が淹れたお茶を飲みたいか』ということだった。
私とぺトラがそれぞれ使用する茶葉の問題かと思えば、大事なのは『誰が淹れたか』らしい。
「うーん、どうすればいいかな……」
私の淹れたお茶が飲みたいと言ってくれているグンタさんには申し訳ないけれど、私でもぺトラでも正直どちらでもいい話だった。
ぺトラも私と同意見らしく、ため息をついた。
「どっちでもいいわよ。もう兵長に決めてもらいましょ」
するとオルオさんがぎろりとぺトラを睨んだ。
「待てぺトラ、こんなくだらないことに兵長を巻き込むな」
「くだらないって自覚はあるんだ……。そうだ、良いこと思いついたわ」
そこで何か閃いたようにぺトラが手を打つ。
「じゃ、お茶淹れて来るわね。行きましょリーベ」
「え、ぺトラ?」
わけがわからないまま、私は給湯室へ連れて行かれた。
そこで秘かにぺトラの『作戦』を実行し、私たちは人数分のお茶を持って元いた部屋へ戻る。
「そこまで言うんだったら、このお茶を誰が淹れたか当てることが出来ると考えるわ。さあ、私とリーベ、どちらが淹れたものかわかる?」
ぺトラの言葉に「おーし、いいだろう!」とオルオさん。「俺にはわかるぞ!」と意気込むグンタさん。
カップを全員へ配り終えると、それぞれが味わうように口を付けた。
「ええと、おいしいので誰が淹れたとかオレはわからないです」とエレン。
「俺もわからん。うまい」とエルドさん。
そして元々言い争っていた二人は、
「いつもの味だ。ぺトラだな。俺の舌をなめんな」と得意満面のオルオさん。
「ぺトラ……だな。うまいが俺はリーベの茶が飲みたい気分だったんだ」とグンタさん。
「リーベ」と即答する兵長。
兵長も参加していたのかと驚いて、私たち全員の視線が兵長へ集中する。
「なんで……どうしてですか兵長! これはいつもぺトラが淹れる茶の味です。俺が間違うはずありません!」
オルオさんが懸命に訴えるけれど、兵長は顔色を変えることなくまたカップを傾けた。
「茶葉はそうだ。だが当てるのは『誰が淹れたか』だろう。茶葉はぺトラのもの。そして淹れたのはリーベだ」
視線が今度は私とぺトラに集まる。どうやら答え合わせの時間らしい。
「正解です。さすが兵長」
ぱちぱちと笑顔で拍手するぺトラ。それからオルオさんとグンタさんにひんやりと冷たい視線を向けた。
「他の人は今後、誰が淹れたかどうかもわからないのにお茶くらいで騒がないように」
正解を外して落ち込む二人に、エルドさんが場の雰囲気を変えるように口を開く。
「我々への待機命令はあと数日は続くだろうが――」
30日後には今期卒業の新兵を交えて壁外遠征が計画されている、とのこと。
随分と急な話だと思えば、グンタさんが同じように言った。
カップへ目を伏せて、兵長が口を開く。
「ヤツのことだ……俺達より多くのことを考えてるだろう」
その言葉に、団長への信頼の強さを改めて感じた。
それからエレンが巨人化するために必要なことは自傷行為だと話していると、扉が開かれる。
「こんばんはー、リヴァイ班の皆さん、それからリーベ」
ハンジ分隊長がやって来た。そしてエレンの言葉をきっかけに巨人談義が始まるとわかった瞬間に、この日のお茶の時間は終わった。
「兵長」
旧本部で使用することになった自室へそれぞれが戻る途中――今日一日で掃除がすべて終わるはずはなく、特別作戦班ではない私もしばらく滞在することになったので部屋がある――私は兵長の隣を歩き、気になっていたことを訊ねることにした。
「どうして私の淹れたお茶がわかったんですか?」
「何言ってんだ。お前……そりゃあ」
兵長は何か物言いたげな目つきで私を見下ろした。
「当たり前だろうが」
(2013/10/04)